『化物が人肌を求めるなんて、ひどく滑稽だねぇ』
誰ですか、あなた
『都合の悪い記憶は忘れるつもり?厚顔無恥も甚だしいなぁ!』
私にまとわりつく黒い影が、聴いたことがある声で嘲笑する。ああ、思い出せない。けらけら笑う影に、私は必死に反論しようとする。
忘れて、は……
『忘れてないって言い切れる?ほら、できないだろう。所詮、君は自分が好きな物ばかりしか食べない偏食家なんだよ』
自分だって、偏食家のくせに
『そうかな?俺は化物だけはなかなか喰えないんでね。過去を否定する…つまり、野菜全般を嫌う君とは違うんだよ』
それって貴方もじゃないですか?
『そうだっけ?』
とぼけたように言う影に、私は腹を立てていた。まるですべてお見通しだと言うような影に。
『はあ…とにかく俺は悲しいよ。1年近く過ごしてきた俺より“アイツ”を先に思い出すなんてさ』
……知らない!もう離して!静雄のところに行かせてよ…!
すると影は、私の首に絡み付き、ぼそりと地を這うような恐ろしい言葉を吐いた。
『帰さないよ』
「いやあああああ!!」
こわいこわいこわいかえしてごめんなさいもうやだこわいかえりたいこわいかえしてかえしてかえしてこわいこないでかえりたいやだやだしんじゃうもうかえりたいこわいしんじゃ、
「タマ!!」
「……しずお、しずお、しずお」
「…なんかあったのか?」
「わかんない……。もう思い出せないよ……!」
綺麗なかおをしたおとこは、悲しそうに笑っていた。
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