瀞霊廷に移り住んで一ヶ月が過ぎた頃、葵の総隊長との個人指導は机上の物ではなくなっていた。
この世界のことは粗方理解したので、次は自分の力を知る段階。



「ふむ、己の体への移動はつつがなく出来ておるが…刀への移動をしてみるとしよう」

「はい」



渡された木刀を習った通りに握り、目を閉じる。
身体中を巡っているものの流れを確認して、肩から腕、手から指へと移動させながら刀身へと注ぎ込む。

流れが通った箇所がわずかに熱を帯びるので注いでいることの実感は出来るが、その感覚だけに気を取られていると。





「っ!」





木刀が半分辺りから大きな音と共に弾け飛んだ。
同時に握っていた葵の右腕にも内側から裂けたような切り傷が走る。

ほれほれ、と総隊長があやすように傷口へ布を巻く姿が少しだけ可笑しなものな気がして、痛みよりもそちらに気持ちがいった。



「この世にある物には全て質量というものが存在する。内に入れられる大きさの限度が決まっておる。それを見誤れば今のように自分も、他のものも内側から壊してしまうじゃろう」



他のもの、それが耳に入った瞬間に見てしまった無残な木刀の姿を、本能的に目から引き離そうとしている自分に気付いた。
木刀と何を重ねたか、考えようとしたがらないことも知っていた。

そんな葵に気付いたのか総隊長がポンポンと頭を撫でる。




「痛みを、忘れるでない」




痛みを。



そう頭の中で繰り返していた瞬間、不意によぎる走馬灯のような思い出。

あの広い世界で生きていた時間は痛みだったのだろうか。
あの二人といたことは痛みだったのだろうか。
あの別れは痛みだったのだろうか。

忘れたいと思っているということは、やはりそれが痛みだったと、どこかで分かってしまっているからなんだろうか。
そこまで考えて。


ああ、自分は今、泣きたいんだと気がついた。









――――――…



「あの、」

「?」



隊長室から零番隊内にある自分の部屋へ戻る際、控え目に後ろから呼び止められた。
振り返った先にいたのが今までの隊員とはどこか違う、やわらかな笑顔を浮かべていた女性だったからか、自然に葵の足は止まった。


 

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