「何でも物は底のほうに溜まるようにできてる。形があったって無くたって、皆下のほうに溜まる。女のほうが受け皿は深いんだってね、だから私もあなたも女で次も女だと思う。それを探すのは私の役目じゃないけど」
「……隊、長?」
息継ぎもせず、言葉の端を乱しもせずに話し終えた隊長は、少しだけ首をうつむかせる。
そうして一言呟いた。
「あなたを見つけてあげなければよかった」
見つ、ける。
見つけるということは、探していたということ。
探していたということは、どこへ行ったかわからなくなっていたということ。
そう解釈した瞬間、葵は体の奥が急速に冷えていく感覚を味わった。
どこへ行ったかわからなくならないために。
八十番地区という檻が、あったとしたら?
心臓が釣鐘のように鳴り響いている。
ずっと今の今まで、自分は偶然に積み上げられた運命によって、この隊長に連れてこられたのだと思っていた。
偶然に則って自分は力があり、人と出会い、別れ、ここに来ることになって、大きな仕事を成し遂げることを受け入れて、でも―――。
(これは決まっていることなんだよ)
あの日、まだ乱菊やギンと平凡に暮らしていた頃。
何度となく自分へ死神の勧誘に来た男はそう言った。
(決まっていること。君がずっと八十番地区に楔を打たれていたのも強い零圧を持っていたのも決まっていること。ただ一つ…)
流れる冷や汗も気にせず、無意識に懐の中の手紙を強く握った。
(ただ一つ、あの二人と出会うことだけが決められていなかった)
「それ、は、どういう…」
記憶の中の声へ向けたのか、それとも身近にいる彼女へ向けたのかは自分でも分からなかったが、ようやく動揺が言葉になったとき。
すでに縁側に隊長の姿はなかった。
思わず小さく息が漏れる。
多少の安堵、多大な不安を抱えたまま再度うつむくと。
いつの間にか隊長が自分の布団にもぐりこみ、隣で寝息を立てていた。
「…ええと…」
この緊張感をどうすればいいのか、聞く相手もいなくなったのでとりあえず自分も布団へ潜る。
頭の中を回り続ける不吉な考えは落ち着く気配を見せないけれど、久しぶりに一つの布団で誰かと眠る感覚がそれを和らげてくれた。
(この方は、私に何を伝えたいのか…)
隣で眠るあらゆる感情が抜け落ちたその寝顔は、どこか美しいだけの亡骸のようで、葵は無意識に自分の体に温度があることを確かめた。
そうして思う。
人は誰かに触れなければ自分の命さえも分からないのだと。
→next
(触れるための手を、袖の中に隠し続けるこの人は)
[ 67/67 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]