突然のことに言葉が出なかった葵よりも早く、いつもの日常のように隣の四席が挨拶をした。
「お早うございます隊長。
「うん」
返事はしたものの、視線は葵のことを凝視している。
何とか自分も挨拶してみるも、その果てのない黒い瞳の注目は変わらない。
「嫌な天気ね」
「え?」
唐突にそんなことをいわれたのでふと横にある格子から外を見ると、雲一つない青空が広がっていた。
「いえ、今日は晴れているようで……」
悪い天気ではないことを告げながら顔を戻すと、すでに隊長の姿は無かった。
驚いて後ろを振り返ると、もう他の隊員に挨拶されながら部屋の隅の縁側についている所だった。
何をされたのか理解が追いついていない葵の肩に、四席が苦笑しながら手を置いた。
―――――……
(難しいっていうのはああいう意味なの、いつものことだから気にしないでね)
案内してもらった総隊長室で当の本人を待ちながら、葵は先刻四席から聞いた言葉を思い出していた。
やたらと細かく先ほどの隊長との遭遇を思い出すのはこれから瀞霊廷の長に対面する緊張感のせいかも知れないが、やはり彼女のインパクトも強かった。
そしてそれを上回る勢いで、自分がこの部屋で待機を始めてから一時間経っても現れない総隊長のインパクトが強くなってきた。
(…忘れてない、よね…)
時間も日付も場所も合っていて誰かが来なければ、間違っているのはその誰か。
そんな簡単な結果だとしてもさすがにそうは思えず、ただ葵は辛抱強く畳の上で待っていた。
ガラッ
「いやいやすまんの。昼寝をしておったら時間がわしを置いていきよった」
あり得ないことを理由にしながら入って来たのは予想通りに年を召した姿の総隊長だった。
別に待っているのが辛い訳では無かったので、生返事をして目の前に腰を下ろすその人を見据えた。
「自分で言うのも何じゃがの、わしはこういったおちゃめが多い。あまり怒らんでくれ」
「はい。怒ってなどいません」
「おおそうか、なかなか良い子じゃ。……お主が葵じゃな?」
目を伏せながら頷くと、元柳斉も目を細めて葵を見た。
少しの間そうしていたが、やがて全てを悟ったかのように顔を上げて。
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