「シーノッ」
「あんま厳しくすっと、一軍のジジイ共とかわらねーぞ」

乾いた風が頬を撫でる中、新兵訓練の真っ最中教官をしているシノに声をかけてきたのはユージンとイオナの二人だ。「シノが鬼教官なんて似合わないね」なんて軽口を叩きながら隣に立つイオナに「なんだと!」と笑い、彼女頭をワシャワシャと少し乱暴に撫でながらシノはこたえた。


「わかるけどよぉ、テキトーに甘くしてそれで死なれたら目覚め悪いしよぉ

それに、甘やかすのはお前らがやってくれてんだろ」
(シノなりの優しさなんだなぁ……)


仲間を失って泣いていたシノの姿を知っているイオナはおそらく本人たちには伝わらないであろうシノの優しさに少し寂しそうな顔になる。

「でも、シノはそれでいいの?嫌われ役なんて…」
「んな顔すんなよ。いーんだよそれで、お前らがわかってくれてるしな」
「シノ…」
「それに、"誰かさん"が新人に滅茶滅茶甘いからなぁ俺がしっかりシメるとこシメとかねーとな」

なんとも言えない表情のシノと目が合うと"誰かさん"に思いあたりがあるイオナがギクリと酸っぱい顔になる。同じく誰かさんの甘い新人指導に思いたりのあるユージンも呆れたように大きなため息をついた。

「い、言っておきまーす」
「アイツ昔っから年下に甘いからなぁ

…んで、そのネフリーは」


ユージンの言葉にこたえるように少し離れたところから"ドォン"と大きな音が響く。話題の主であるネフリーがタービンズの2人と共に絶賛モビルスーツの訓練に励んでいる……といえば聞こえはいいが、実際には一方的にしごかれているという表現の方がが正しいだろう。
"俺たちの不満ついでにコテンパンにやられちまえ"なんて感想が真っ先に脳裏に浮かんだユージンは思わず皮肉めいた笑い声をこぼした。


「あそこだな。
もう模擬戦やってんのか」
「おにーちゃん頑張れーっ」
「こっからじゃ聞こえねーだろ」
「こういうのは気持ちなの!」
「いや、アイツの事だから妹の声ならどんだけ離れてても聞き取るんじゃねえかなぁ」
「流石にねぇ……よな?」



(ーッ!今なんかイオナの声が聞こえた気がする!!)

『ネフリー集中!!!今反応遅かったよ!!』
「っと、すんません!!」
「ネフリーあんたいい度胸してんじゃん。余計な事考えるなんて、そんなんでアタシに勝てるとでも?」
「思ってないッすよぉ、だからー!」
「ッ!!うんうん発想は良かったんだけどね、まだまだそんなんじゃ勝てないよ!!」
「うおっ!?マジか……!」
『ネフリー!詰めが甘い!ちゃんと次の手まで考える!!』
「っは、きっつ……」
「こんなんで弱音吐かないの!!!」



「…なんか、コテンパンにされてねーか?」
「言わないであげて」

兄の乗る機体の動きが全て軽く受け流され組み伏せられている光景にイオナが渋い顔をする横で、あまりにも一方的な試合に他の2人も同情の目になる。確かにコテンパンに、とは思ったが

「うおおすっげーあれがモビルスーツかぁ!」


三人がネフリーの話をしていると、下で走らされていた新人たちが模擬戦の様子に驚いて声をあげているのが聞こえた。まあ普段普通に生活していてはモビルスーツを生で見ることなんてないだろうしまして鉄華団に入団を志願するような人間ならはしゃぐのも当然の反応であろう。

「はーすっげーなああれ初めて乗ってんだろ?」
「うん」
「あれが阿頼耶識の力か」
「おお、成る程。だよなぁじゃなきゃあんな風に動けるはず…」


勘違いしたまま話をすすめるザックとハッシュにデインが"違う"と訂正をいれる前にいつの間に下に降りたのか後ろにいたシノが「獅電に阿頼耶識は付いてねーよ」と訂正をいれた


「えっそうなんスか?」
「あれは厄祭戦時代のシステムで今じゃよくわかんねーことが多すぎてテイワズの新しいシステムには乗せられねーんだと」
「でもそれ、モビルスーツ以外でも使えるんでしょ」
「あぁ?」
「モビルワーカーだって、宇宙で働く時だって」
「確かに!」
「ちょっと手術するだけでそんな力が手に入るんだもんなあ」
「団長はなんで俺らにはしてくれねーんだろ」
「だよなあ」
「ずりぃよ」

ハッシュの一言をきっかけに新人たちが小さな不満を溢し始めるとイオナは顔色を曇らせて俯いた。

(知らないって怖いな)

今阿頼耶識を付けている皆がどんな思いでそれをつけたのか、どんなリスクを背負って手術を受けたのか知らないで「ちょっと手術するだけで」なんて言い方ができるのは人々の記憶から阿頼耶識の知識がなくなっているから。それは平和になっているから…ともとれるのかもしれないが、この子たちにはオルガの優しさも鉄華団が如何に過酷な環境下にあったかも伝わらないんだと思うとイオナには色々思うところがあった。


「お前ら……」表情を歪めたシノが何か言おうとする前にユージンが先に口を開いた
「俺らはなあ、何も好き好んで手術を受けた訳じゃねえ

こんな博打みてえな手術に頼んなくていい、そういう世界をこれからお前らとつくっていくんだよ」
「…はあ」
「さてと、お前らもう充分休んだろ追加は10周位でいいかぁ?」
「ええっ!!?」
「んだよ」
「マジか……」
「おら走れ走れェ!!」


不満を溢しながら走り込みを再開した新人たちが走って行くのを見送って三人だけになると、三人はまた話を続けた

「流石、良いこと言うねえ副団長」
「オルガがよぉ

団長が似合わねえ真似やってんだ、俺もちっとは役にたたねえと」
「…だな」
「今日は珍しくかっこよかったよ。副団長って感じ」
「珍しくは余計だバーカ」
「ほら、そういうところで台無しなんだよ、ユージンは」
「んだよそれ」


からかうような言い方をしているイオナだが、言ったことは全て本音だった。今日のユージンは副団長が板についてきた感じがして、鉄華団ができてもう二年になる。新しい人も入ってきて、地球支部までできて、取り巻く環境も皆も少しずつ変わっている。
それでも、二人の関係は変わらない。兄と妹のような、血は繋がってはいないがお互いに気の置けない関係で。それはシノや、他の皆に対してもそうだった。いつか、オルガの目指した場所にたどり着いた時、ユージンの言ったような世界が出来たとき…その時も、こんな関係のままで皆と笑いあえたらいいのに

なんてイオナは今日も小さな夢を見るのだ



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