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“2番隊3機戻って来るぞ”

その声と共にハンガー内が慌ただしさに包まれる。間もなくしてグシオンと獅電2機がハンガーに戻って来た。

「お兄ちゃん!」
「イオナ」
「お帰り、これ飲み物はい!早く飲んで、それからお腹すいてる?サンドイッチ持ってきてるけど食べれそう?」

コックピットが開くや否やすぐ飛び込んできた妹の顔を見てネフリーは安堵の表情を浮かべた。ホッとしている自分とは反対に忙しなく話し出すイオナから飲み物を受け取ると、すぐに次を出せるようにと、イオナは補給物資を入れた鞄に手を入れながら聞いてきた。

「うーんどっちかっていうと糖分とりたいかも、甘いものある?」
「チョコレートでいい?」
「ありがとう」

そう言って妹から受け取ったチョコレートを口に放り込んで飲み物で流し込むと、その様子を見たイオナは心配そうに眉をひそめた

「喉、詰めないでね」
「平気平気」
「もう…忙しないんだから!もし出ていってから何かあったりしたら困るんだから…焦る気持ちは分かるけどもっと落ち着いてよ」
「ごもっともだけど、今は少しでも戦力が必要なんだ。終わったら好きなだけゆっくりするからさ」

平気だと聞き流そうとすると黙って悲しげな目をするイオナにネフリーは"我が妹ながら恐ろしいな"と溜め息を着いた。
お兄ちゃんは女性に悲しい顔をされて無視できる程冷血漢でも無ければましてや相手は可愛い可愛い妹だ。妹の悲しむ姿には胸の柔らかいところがズキズキと痛んで無視が出来ない…そんな兄心を逆手にとるとは本当に恐ろしい策士だよまったく。

「わかったわかった、落ち着くよ
お兄ちゃんだってね本当は可愛い妹となるだけゆっくりしたいのさ!その気持ちを殺して頑張ってるのをイオナはわかって…」
「それを話す時間を食べるのに回せばいいでしょ」
「…………」

さっきまでお兄ちゃんの心配をしてくれていたんじゃないのか?
思ったよりも淡白な返しをしテキパキとチョコレートのゴミを回収し新しいチョコレートを取り出す妹を前にネフリーはなんとなく虚しい気持ちになった。せめてこっちを見てくれよ、君の話をしてるんだよお兄ちゃんは…
そんな兄の切な思いに気付かぬ妹は淡々と仕事をこなし「お兄ちゃんが急いで食べたところで補修は早くなるわけじゃないんだから」と正論を述べる。
そりゃあそうだけどこの状況下で気が急ってしまうのもわかってほしい

「それより怪我、してない?痛むところは?」
「ん、それは平気だよ」
「本当に?」
「本当」

"大丈夫だよ"そう告げるとイオナはホッとした表情で"そっか"と小さく零した。その声音が優しくて、嬉しそうでネフリーもつられて口角が上がってしまう

「それじゃあ、早く出たいお兄ちゃんのために私も補修の方手伝ってくるね」
「ん、ええ…もうちょっと居てよ」
「ダメだよ皆仕事してるの」

"我儘言っちゃだめだよ"悪戯っぽく笑いながら飲み物の空を回収するとイオナは獅電から離れて行ってしまう

「お兄ちゃん、気をつけてね。…頑張って」
「…ありがとう」

さっきまで楽しそうに笑っていたイオナが最後に少し寂しそうな顔をするものだからネフリーは一瞬言葉を詰まらせてしまった。
ネフリーは戦場よりも戦場に出る前のこの瞬間が1番プレッシャーを感じる。妹の顔を見ると自分一人の命では無いのだと再認識するから、まだ死ねない理由が自分にはあるのだと見送るイオナの顔を見ると改めて強く思う、同時にこんな戦いを早く終わらせてもうあんな顔をしなくてもすむようにしてやりたいとも

その気持ちがネフリーを勝利と生への執着心を駆り立たせる原動力になるのも事実なのだが

「…」
「ネフリーさん」
「お、どうした」

妹の居なくなってしまった虚空を見つめて物思いにふけっていると入れ替わりるようにハッシュが顔を見せた。下から来たあたり恐らくネフリーの機体の整備か補填をしてくれていたのだろう。

「整備班から伝言で整備時間がかかるそうです。」
「マジかあ…まあグシオンの方に人割いてるぽいし俺らも残弾ギリまで前線にいたもんなあ…」

一刻も早く戦場に出て戦力に加わりたいのに、逸る気持ちをグッと堪えて周りの状況を確認するとどこも人員フル稼働で頑張っている様子が目に入りネフリーはため息をついた。ガンダムフレームでもなければ隊長でもない自分の機体整備の時間を他の人員を削ってでも短縮して欲しいなんて口が裂けても言えやしないし、胸を張ってそんなことをいえる力量も自信ももあいにく持ち合わせてはいなかったからだ。
こんなことならもう少しイオナが居てくれたら良かったのに…なんて思ってしまう所もあるが彼女も自分の仕事や雑務をこなして整備を手伝ってくれているのだからわがままは言えないし、じゃあこの戦場に対する抑えきれない気持ちをどこへ向けたらいいんだよ!なんてネフリーは自問しながらため息をついた

「…あの、時間あるしつかれてるなら少し休みますか?俺起こしに来ますよ」
「んー?疲れは平気。ただちょっと気が急ってたから何もしないでいいと逆にね」
「…そうっスか」

そう返すハッシュは内心少し驚いていた。
自分を含めた新人の知っているネフリーは普段新人に対してよく言えば優しい悪くいえば甘やかす、そんな人だったいつ見ても物腰柔らかくおおらかで実際に戦場での彼を注視するような機会のない自分からすれば本当にこんな人がモビルスーツを操って戦っているのかと言いたくなるほど虫も殺さなそうな絵に描いたような爽やか好青年だったのだ。
そんな人が戦場に対して気が急くなんてことがあるのか、そして声をかける前に一瞬見えた思い詰めるような顔も気が急っていたからなのかと一瞬声をかけることを躊躇してしまった程の雰囲気を醸し出していたあの時この人は何を思っていたのだろう。そんなに強い想いを抱いていつも戦場に出ていたのだろうかと

「あ、そういやハッシュさモビルスーツ乗りたいんだって?」
「えっああ、まあ……」
「余計なお節介かもしれないけど暫定目標がモビルスーツに乗ることだとしてもそれをゴールにしちゃいけないよ。
乗ったあとどうするか、どうなりたいか…それか生きる理由とかね。それが見えてるやつは強くなるよ」

"まあ俺の独断だし個人的な意見だけどね"とつぜん真面目な顔で話しだしたと思ったらパッと表情を変えてまたいつもの緩い先輩に戻ってしまった。
この人の本質は一体どこにあるのだろうか。少し話しただけでいくつも顔があるように思えてきた…いや、今まで自分が知らなすぎただけで本当は色んなことを抱えている人なのかもしれない

「…ネフリーさんにもあるんですか」
「俺?俺はまあイオナがいるから死ねないが一番かな」

"他にもあるけどやっぱりね"と笑う彼を見てそう言えばこの人は妹主体だった、これが本質かもしれないとハッシュは一度でも彼を怖いと思ってしまった自分が馬鹿らしくなった。

「ふざけてるって思うかもしれないけど死ねない理由があるだけで気持ちが引き締まるってもんさ」
「…そう、ですか」
「ハハッその顔はあんまり納得してないな?…まあいいや悪かったね引き止めて君も仕事があるだろうに暇つぶしに付き合わせちゃったね、おかげで俺も気持ちが落ち着いたよ。ありがとう持ち場に戻っていいよ」
「ウス」

(……死ねない理由、なんて言われてもそんなもん誰にでもあるもんじゃないだろ)





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