出会いと別れ 6



結局憤ったまま敵討ちに騎馬隊は飛び出して行ってしまった。ババ様はまだ体力も回復しきっていない重体の体を押して止めに行くと言い張るのでリシュリとアラジンは二人でババ様を支え、ターバンに乗せ騎馬隊の元まで送り届けた

ババ様の喝と交渉で村は煌帝国の傘下に入ることが決まった。一時は落胆する声も上がったが元々戦争反対派だった若い衆が「誇りを忘れなければ」と声をあげると皆次々に覚悟を決めたようだ。
寝込むババ様の姿にリシュリは村のことを心配していたがこれならきっと大丈夫だろうと思えた。

「難しいことは考えずに、やりたいと思ったことをやればいい…か」

前にババ様に言われたことを思い出す。今のリシュリが本当にやりたいことは何なのだろう





ババ様のお葬式の日。ババ様の家にあるベッドの上安らかな表情で眠りについたババ様の元に花を持った村人たちが長蛇の列をつくって別れの挨拶に来るのを少し離れてリシュリは見ていた

終始泣きっぱなしの人、泣きながら一生懸命笑顔をつくる人、まだ理解できていない小さな子。色んな人たちがババ様に声をかけ別れを惜しみながら出ていく、また次の何人かが入ってくる、それが繰り返されるのをボーッと見ていた

「リシュリは行かないのかい」
「うん。だっておばあちゃん向こうじゃない、こっちにいる」

そう視線を移すリシュリの隣にはババ様の姿が。ベッドの上に横たわるババ様が偽者な訳ではない。ベッドの上にいるババ様も隣にいるババ様も紛れもない本物。だけど隣にいるババ様は普通の人には見えないし、すぐそばにいるのに手を伸ばしても触れることもできないアラジンとリシュリだけがそこにいるのを知っている

そんなわけで、おばあちゃんが目を開かなくなってからもリシュリは全然泣く気配がなくて他の人に不審がられたりもしたが「リシュリはいっつもおばあちゃんと一緒だったから急にもういないっていわれても実感がわかないのよね」とトーヤがフォローをいれてくれて、その時は本当の事を言えるはずもなくリシュリも口裏をあわせた。おかげで気を遣ってボーッとしているリシュリのところには誰も来ない。きっと気持ちを整理する時間を与えてくれているのだろう

…とはいえ気持ちを整理する以前にすぐそばでニコニコしているのが見えている人のことをもういないと言われても整理する気持ちすら生まれないという話なのだが。


「ほっほっほっリシュリも、昔からルフが見える子じゃったからのぅ」

「…ルフが見える人は大切な人とさよならせずに済むの?」

「いいや、普通は皆ルフになって大いなるルフの流れに還るワシが今ここにいるのはそれを少し先伸ばしにしているだけ、じきにさよならしなくてはいけなくなるよ」

“さよなら”その一言で感情の見えなかったリシュリの顔にふと陰が落ちた。こうして姿も見えるし、普通に会話もできるし全く実感なんてわかない。それでもやはり目の前にいる人はいなくなってしまう。本当ならもう会えないはずの人でリシュリは他の人よりさよならまでの時間が本の少しだけ長く用意されただけなのだと思い出してしまった

「…心配?皆のこと」

「どうしてそんなことを?」

「ババ様がまだ還らないの心配だからかなって、村のこと、皆のこと」

「いいや、違うよ。リシュリに言いたいことがあったんじゃよ」

「リシュリに?何?」

「リシュリは、まだ悩んでいるんじゃろう?」

「……うん」


何を、なんて言わずともババ様の表情をみればリシュリの気持ちが見透かされていることは明らかでリシュリはただ静かに頷いた

「でも、ワシにはどうしてリシュリがそんなに悩むのかわからないねえ」

「なんでも知ってる、じゃなかったんだ」

「ほっほっほっ知っているよ。でも知っているからこそわからない

リシュリは、本当は気づいているんだろう?自分がどうするべきか、どうしたいのか

なら後は悩む必要はないと思うんだけどね?」

そう言って見開かれた目を見返していると何もかもを見透かされているような気分になってリシュリは言葉をつまらせる。

アラジンをきっかけに自分が外の世界に、魔法というものに惹かれはじめていることは自分でわかっている。

何も覚えていないリシュリが唯一覚えていた、記憶に染み付いていたものそれが魔法。村で魔法が使えるものは誰一人としていなかったが、外の世界にはアラジンのようにすごい魔法が使えるものがいる。それを辿っていけばいつか何かが掴めるようなそんな気がしていた。

しかしその反面で荒野に一人投げ出されていた自分の過去が美しいものであるとも言いきれず、どちらかといえば不安要素の方が大きい。過去は気になる、けれど知ってから傷付いたら、知らなければよかったと思うくらいならいっそーーー

ババ様はそんな恐怖心に縛られて決断ができずにいるリシュリのこと、きっとそれをわかった上でここに留まる時間を得てリシュリの前に現れたのだろう。

「でも…」

「そうだね知らない世界に飛び込むことも、思い出す事が怖い気持ちもわかるよ。

でもリシュリは知らないまま後悔するのと知ってから後悔するのとどっちがいいと思う?」

「……わかんないよ、どっちも後悔してる」

「そうだね、まだリシュリには難しい話かもしれないね。でもねお婆ちゃんはどちらでもいいからリシュリには後悔のないように生きてほしい。

もし知るのが怖くてやめたとしてリシュリがお婆ちゃんくらいの年になったときにやっぱりあの時、なんて思わないようによーく考えてどうするか選ぶんだよ」

真剣な顔でそう告げるババ様に正直リシュリは難しい話でどう答えていいかわからなかった。

けれど自分を想ってくれているババ様の目を見ていると頷かずにはいられなかった

「…うん。わかった頑張ってみる」

そう、リシュリが告げるとババ様は安心したようにニコリと笑ってアラジンの方へ行ってしまい、アラジンとも少し話したあとで二人の前からも姿を消してしまった



そして、そのあと色々あってアラジンの力のすごさや人柄を目の当たりにする機会があって散々悩み抜いた結果リシュリは旅にでることにした。

このタイミングでアラジンと出会ったことはきっと偶然なんかじゃない。このチャンスを逃したら自分のことも広い世界も一生わからない。そんな気さえしてリシュリは心をきめ、今に至る


走り出したキャラバンの荷台からトーヤたちの姿が見えなくなるまで手を振り続ける。

「元気でな!」「いつでも帰ってこいよ!」「また元気な顔見せに来てね!絶対!」見送る声が遠くなっていくにつれ目尻が暑くなるのを感じながらリシュリはけしてまばたきをしなかった。この景色を目に焼き付けて絶対にわすれないため、そして今目をとじたら次に開くとききっと涙が溢れて止まらなくなってしまうから笑顔で旅立つ、そうきめたから

みんなの姿が見えなくなってしばらくして、振りきれんばかりに振っていた腕をさすりながら未だまばたきひとつしないリシュリにアラジンが声をかけた

「目、渇いちゃってるよ。大丈夫?」
「うん。どうせとじたらすぐびしょびしょになる」
「そう…まだ怖い?自分のことを知るの」
「……うん。まだ怖いよちょっとだけ

でも、リシュリ一人じゃないし、おばあちゃんとの約束守れない、その方が嫌。」
「そっか」
「それに、アラジン教えてくれた…自分のこと知れてよかったって。」

あのあと、ババ様とアラジンが何を話したのか、それを聞くことはしなかったがただアラジンが
「自分のことをおばあちゃんに教えてもらったんだ。

ねえリシュリちゃん。僕もリシュリみたいに自分が何者なのかずっと知りたくて探して、リシュリちゃんと同じように不安になったりもしたよ。でもね

今はやっとわかってすっきりしてるんだ。怖くても不安でも探すのをやめなくてよかった、そう思ってるよ」

とだけ教えてくれた。それがリシュリの背中を押すきっかけになった。

「ちょっとだけ勇気でたよ、アラジンのおかげ」
「えへへなんだか照れるなぁ。…でも、きっと今のリシュリちゃんなら大丈夫だね」
「うん」


そう頷くリシュリの表情にはもう迷いなんて残ってはいなかった

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