時を越えてたった一度
まだまだ模索中の子とかも出ます
要は私的めも
*なおえとうえすぎ
「捕まえた」
不意に掴まれる手に振り返れば小さな主。暗闇に紛れてほとんど何も見えないが、誰であるかなど予め足音でわかっていた。
「米沢はまだ雪か? 父様は無理をなされていないか?」
「そうですね、まだまだ雪が多く残っています。殿のことは、父がついておりますから大丈夫ですよ」
「そうか」
「千徳様?」
「……よかった、平八が元気で」
小さな主の小さな手が震える。誰よりも自分を心配してくれる、たった一人の主。
ゆっくりと膝を折り目線を合わせ、出来るだけ柔らかく笑ってみせる。
「貴方様に、触れてもよろしいでしょうか?」
「う、む…?」
「夜ではこの眼がほとんど役に立たないので、触れることで"見たい"のです」
嘘を吐くつもりは無いけれど、本当は息苦しくて頭が酷く痛くてどうしようもないのだ。だがそれを隠して笑ってみせるのも決して下手ではない。なのに、
「構わない、平八はすぐ無理をするから」
「そうでしょうか」
「我が役に立つなら、それで」
勘の鋭いこの方にはやはりわかってしまうようだ。いつもそう、私を気遣い騙された振りをしているだけで本当に騙されてはくれない。
私としては、騙してしまいたいのに。
「では、」
白い肌にそっと指を滑らせる。嘘で固めたこのどす黒い感情は、きっとどんなことをしたって浄化されやしないだろう。でもそれでいい。私はこの感情を、墓場まで連れて三瀬川の向こうへ行くのだ。
「平八」
「何でしょう?」
月明かりに照らされ、微かに見えたのは音にはならず動いた口元。しかしはっきりと見えたわけではないのでそれが表す言葉まではわからなかった。
「……いや、何でもない」
首を傾げて聞き直そうかと思ったが、愛しい笑顔で先にそう言われてしまってはこれ以上問いただせない。だから仕方ないのだ、と勝手によくわからない理由をこじつけて主を抱きしめた。
『行かないで』
13/10/03(Thu) 10:18
*まえだとにわ
※学パロ
※通常といくらか設定が異なります
小学校も中学校もそれこそ高校も一緒で、しかも現在は同じクラスだなんて。これは正直幼馴染みというか、それよりはむしろ腐れ縁に近いのではないのだろうか。
一緒に居ることが多いから仲が良いのかといえば、特にそういうことでもない。何故かなんとなく、隣に居るのだ。それが一種の日常であり、当たり前の光景だった。
「長重は、昔からだな」
「……何が言いたいのや」
唐突に話を切り出した利長に対し長重はムスリと顔をしかめた。保健医は会議で席を外しているらしく、保健室には二人以外誰も居ない。開けられた窓から入り込む風だけが緩やかにカーテンを揺らしていた。
何故保健室に居るのかと言えば、先程部室棟に用があるということで長重がグラウンドの端を歩いていたら後頭部にサッカーボールが直撃した。そうしたら次はその反動で前へと転び、腕と膝を擦りむいたのでその処置を行っていたのだ。今日はついてない、と言いたい所ではあるが、不運属性な長重にはいつものことだった。付き合いの長い利長もそれはよく理解している。
「あぶなっかしいな、って」
「はっ、心配あらしゃいまへんわ」
「大体、利長やてうちがどれくらい心配してはるのか知らへんやろ」
利長は長重と違う意味であぶなっかしい。長重のあぶなっかしさが多少の怪我による外傷として表れるのだとすれば、利長のあぶなっかしさは目に見えないものばかりだった。
決してお人好しな性格ではないのだが、いつも何かと面倒事に巻き込まれてしまう。クラスメイト同士の些細な喧嘩だったり、はたまた生徒会が関わるような学校レベルの問題だったり、はっきり言って本人には大迷惑だった。
「知るつもりもないね」
「お前らしい」
会話の切れたその刹那。何故かなんとなく、雰囲気で距離を縮め触れそうなくらい接近した。呼吸すらも鮮明にわかる、そんな距離。
でも、そこでおしまい。風に揺れるカーテンだけが、小さな音を立ててはためいていた。
キスまであと3cm。
13/05/13(Mon) 09:05
*なおえとうえすぎ
「貴方さえいれば、私の世界にはもう何も要らない」
重い、言葉だと思う。
言葉の鎖で雁字搦めに縛り付け、自由を奪い思考を着実に狂わせていく。
「喜平次様、」
「貴方の世界にあんなものは要らない」
あんなもの、とは誰のことを指すのか名指ししなくともわかっている。現徳川家当主、三代将軍徳川家光のことだ。景明は徳川を酷く嫌っている。中でも定勝に近付く家光は特に嫌いだった。
景明にぎちりと掴まれた右腕には跡が残り、定勝は痛みに唇を噛みしめる。
「……平、八、」
「心配しなくても、大丈夫だ」
主への好意が依存、そして独占欲へと変化した。そして当人たち以外からすると歪んで見える景明の異常なまでの感情。しかしそれをものともせず、むしろそれが景明には当たり前だと言わんばかりに定勝は平然と受け入れる。
痛みを感じながらも定勝は笑って、空いた手を伸ばし景明の指に自身の指を絡めていく。
「この世界は、二人だけだから」
ゆっくりと絡めた白い指の先に、定勝は小さく小さく口付けを落とした。
13/05/05(Sun) 01:07
*おだとにわ
父は何でも出来た、でも同時に何も出来ないことも事実だった。母もそれはよくわかっていて、何も言わなかった。
本当は有能な人間なのに、上からの指示が無いと動くことが出来ない。考えることの出来ない人形なのだと誰かが言っていた。
それでも父が好きだった。皆このことを知っているはずなのに家中の誰もが父のことを慕っていて、出来うる限りで父もそれに応えようとしていたから。
「いくら嫡子であろうとも鍋に五郎左はやらんぞ」
「父様はおやかたさまのものですか?」
「そうだ、一応娘婿だしな」
確かに母はれっきとした織田の血縁者で、更にはお屋形様の養女だと聞いた。その血の所為かなんなのか、母は綺麗で美しく自慢の存在だった。
父と母が並んで縁側に居る時なんかはそれがまるで一枚の絵のようで、なんとなく間に入ることさえも憚られた。
「あれは使える」
「つか、える…?」
「正確には俺がそういうようにしたんだが」
お屋形様の口が綺麗に弧を描き、どちらへともなく笑った。遠くを眺め何かを思い出しているらしかった瞳は、言葉とは裏腹に優しげだった。
「権六には特別に貸してやっているのだ」
「…しばたさま、に?」
「あいつらは息も合うから一緒の方が効率が良い」
柴田様の話は父からよく聞く。家中の憧れで、もちろん父もその一人だった。自分も一度会ってみたい、一体どんな人なのだろうか。
そんな話を聞いていたら父が用事を済ませて帰って来た。お屋形様の手を引いて自分はぱたぱたと足音を立て、二人で父を迎えに行った。
12/10/23(Tue) 19:01
*とくがわとあべ
「正武、口開けて」
「え、」
「いいから、あーん」
相変わらず唐突な主君である。そうぼんやり思いながらも大人しく言われた通りに口を開ければ途端に何か押し込まれる。一瞬何事かとも思ったが、どうやら饅頭だったらしく口の中が甘い。
「正武甘いの好きでしょ、あげる」
「…ありがとうございます」
口に入れられてしまったから後で食べるわけにもいかず、仕方ないのでこの場で食べてしまう。目の前に立つ綱吉様は実に楽しそうだ。
「あぁそうだ、阿部対馬は丹後宮津に移しちゃうから」
「左様ですか」
「次の岩槻にはそうだな…板倉内膳かな」
「何故、それを私に?」
甘いものは好きだ。父も好きだったから、もしかしたらその影響だろうか。
恐らく自分が貰った余りをくれたのだろうが、やはり献上品なだけあってすごく美味しかった。程無くしてそれが食べ終わり、作業を再開しようと口を開いたらまた同じものを押し込まれる。
「君は嫌いじゃないから」
「まるで餌付けされているみたいです」
「そうかもしれないね」
もう諦めて今度はゆっくりゆっくりと食べ進めていく。口の中が酷く甘い。
綱吉様に嫌われていない、ということは大きな利点だ。好き嫌いが極端な分、嫌いな人間はとことん切り捨てられ好きな人間は重用される。嫌われていないのならそれ相応には使ってもらえる。今はそれだけでいい。
「正武は私のために働いてくれるよね」
「貴方様以外、誰のために働けと?」
「そうだよ、賢くて使える子は嫌いじゃない」
「でも使えない子は大っ嫌い」
あぁやっぱり、今日の綱吉様は楽しそうだ。
12/10/14(Sun) 15:26
*おだとにわ
(…苦しい)
息が出来なくなりそうなほど首を絞められ壁際に追い詰められる。呼吸困難になってしまいそうなのは事実だが、それを「やめてください」と言って抗うつもりは毛頭無い。
気が済むまで傷付ければいい。壊した物は直らないが、付けた傷は時間と共に癒えるから。
「勝手なことをするな、貴様の全ては俺のものだ」
「…承知、して、は…ま、す…」
「両の眼に四肢五臓六腑、髪の一本に至るまで、全て」
手を離されると同時に噛み付くように口付けられる。断続的な息苦しさに死んでしまいそうだ。でも意味の無い死に方をするくらいなら、この人に殺されたい。だってこの命だって自分のものではないのだから。
「俺のものだ」
「…うちは、信、長はん…の、もの…」
「そうだ、忘れるな、絶対」
低い声がゆっくりとそう命令する。忘れたことなど一度も無い。あの日から、あの時から。
絶対神は唯一神だ。
12/09/28(Fri) 23:30
*なおえとうえすぎ
本当に怖いのは、この方を誰かに取られるとかそういったことではなく、忘れられることだ。他の誰でもない、この方に私という存在を忘れられること。それがただ、怖い。
「何があっても、忘れないでください」
「私のことを、ずっと」
例えそれがこの方を苦しめることになっても、それでも。一緒に居られない分、身体の代わりに心を支配させて欲しい。
「うむ、約束する」
「必ずですよ?」
「だから平八も、我のことを忘れないのだぞ!」
「はい、もちろんです」
小さく冷たい手を取り口付けた。
愛しい私の主、どうかその日が来たら悲しんで欲しい。一生のうちで一番悲しんだ日にして欲しい。欲張りな私は貴方の一番が全て欲しい。あぁでも、唯一手に入れられない一番は、嫌いになってもらうことだ。
「私はどこまで貪欲なのでしょう、手に入らないと知りながら貴方の全てが欲しくて仕方ない」
ドロドロドロドロ、黒くて汚いものが渦巻いて全部を飲み込んでいく。飲み込んで溢れ出して周りまでも黒く染めてしまう。
「…平八は、もう少しわがままになってもいいのだ」
「そんなこと言ったら、止まらなくなりますよ」
白い雪を黒く染める。父はそれを酷く恐れてひたすらに自分を抑えていたけれど、時間の無い私にはそんな悠長なこと言っていられない。
(貴方以外に欲しいものがあるとしたら、それは時間だ)
(貴方の傍に居られる、時間が欲しい)
12/09/26(Wed) 14:53
*さなだとうえすぎ
走り出したら、止まれなかった。
昨日の忙しさとは打って変わって今日は手が空いていた。だから何かすることはないだろうか、と城の中をぐるぐるとしていたら見覚えのある背中が視界に入る。一歩、また一歩と近付く度にそれは確証へと変わり、誰よりも逢いたかったあの人がそこに居た。
「景勝様っ!」
「…信繁?」
「お久しぶりです、相変わらず兼続殿も御一緒にこちらへ?」
「あぁ、兼続は太閤殿下の所に」
嬉しくて嬉しくて仕方ない気持ちを必死に抑え、昔と変わらずひやりと冷たい手を取った。
「背が、伸びたか…?」
「はいっ、まだまだ成長しています」
「良いことだな」
自分のほんの些細な、何気無い一言でこの人が小さく小さく笑ってくれる。それだけで私は嬉しかった。
昔の私ならそれだけで満足だったのに、今の私はその先を求めてしまう。
「景勝様、」
私を見て欲しい。私だけを見て欲しい。
「どうした?」
「いえ…何でもありません」
でも今はまだ振り向いてもらえないから。だからもっと強くなって、いつか。
12/09/19(Wed) 00:11
*みぞぐちとにわ
初めて見た瞬間、驚きのあまり声も出なかった。見間違えるはずもない。あれは、あれは父の。
「宣直はんは、その紐のこと何か聞いてはるん?」
緩く結った髪を指差して率直に問いかけた。
彼がそれを持っている、という事実がおかしいとは言わない。きっとあれは、父が秀勝殿へと最期にあげたものだ。
「詳しいことはわかりませんが、祖父も父も非常に大事にしていたものだと聞いています」
父が亡くなるその時まで首に巻いていたあの紐は、死後別の人間の手に渡った。貰い受けた人物は父と同じようにそれを首に巻き、大事にしてくれていたようだった。
父だけを主とし、他者を認めなかったあの人は、誰よりも父を慕っていた。
「私はこの紐について何も知りませんが、きっと大事にするだけの理由があったのでしょうね」
「知りたいとは思わへんの?」
「知りたくない、と言えば嘘になるでしょう。でも知らなくて良いことも世の中には溢れている」
秀勝殿ではなく宣勝殿が紐を使っている時も驚いた。だがその先代藩主であった宣勝殿が亡くなって、父のあの紐はどうなったのだろうかと実は気になっていた。
だから彼が使っているのを初めて見た時は驚くのと同時にただ嬉しかった。そして疑問は確証に変わる。溝口の家に、父は居るのだ。それを秀勝殿は望んでいたのかは、今はもうわからないけれど。
「だから私はただ、祖父や父と同じくこれを大事にしていればいいのです」
誰のものか、そんなこと伝わらなくたって構わない。あの紐を大事にさえしてくれていれば、それは父を大事にしてくれているのと同義だ。
少なくともうちは、そう思う。
「そうしたらいずれ、自ずと理由を知る日が来るでしょうから」
そう言ってにこりと笑った彼は、昔々見た秀勝殿の笑顔と似ていた。
12/09/14(Fri) 20:24
*とくがわとまつだいら
「正容って、叔父殿そっくりだね」
緩く癖のついている彼の髪がふわふわと風に吹かれ揺れる。容姿の点から言えば彼よりも彼の異母兄の方が叔父に似ていると思う。
「兄を慕って兄の為にと生きている、そうでしょ?」
でも内面というか、底辺にある根本的なものは隣に居る彼がそっくりだ。
彼の異母兄であり会津藩の先代藩主であった正経は叔父と別のものになろうと、別のものであり続けようと必死だった。
「それ以外に、何かありますでしょうか?」
だが目の前に居る彼は、叔父に近付こうとも別のものになろうとも思っていないらしい。ただ、自らが慕う今は亡き異母兄との約束の為だけに生きている。
「地位も名誉も要らない、でも兄上との約束だから私はここに在る」
「知ってるよ、辛うじて受け取ったのは"松平"の名だけだ」
「しかし父の方がずっと領民や家臣を想っていたでしょうね」
一見政には無関心そうではあるが、悪い噂を聞かない辺りおそらくそれなりには仕事をしているのだろう。
淡々と連ねられる言葉に感情の色は見られない。それは事実を並べているだけにすぎないからだ。
「だって会津を盤石にして万民から支持を得ていた方が、大猷院様の為になりますから」
極端な贔屓。叔父殿には我が父が、彼には異母兄が居ればそれだけで良かったのだ。
互いに兄を慕い続けるそれが総じて幕府に対して良い方向に働いているだけで、事実幕府のことなどほんの僅かすら思ってなどいない。
「正容と話をするのは嫌いじゃないよ。でもね、」
「君の話には波が無い」
しん、と静まり返った海のように揺れない感情。彼は生ける屍かあるいは傀儡か。
「会津に海はありませんので」
にこりと笑ったその顔はきっと作りものだ。
(やっぱり、君は私と同じ)
12/08/20(Mon) 14:45
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