始まりの トリップした。その自覚がある。 そしておそらくここは池袋。デカいハンズの看板と、音符の石像はいま一通り歩いてみて確認した。 なぜそれだけでトリップとわかるか。 実はここ、ただの池袋ではない。 なぜなら目の前で、金髪バーテンサングラスの男がドレッドヘアの男に見守られながら喧嘩をしているから。 あれは平和島静雄だ。いくらクオリティの高いコスプレでも、流石になんの装置もなく看板を引っこ抜き、投げるなんて芸当は無理だろう。 よってここはデュラララの世界の池袋というわけだ。 ヤバい。もしかしたら私、ここで喧嘩に巻き込まれて、怪我の手当のためにセルティ達と知り合って、戸籍がないからって臨也センサーに引っかかって、何故か色々知ってるからって面白がられてしまうのかもしれない。 しかしそんな期待は無に帰す。 「待てゴラァァァァッッッ!!」 なぜなら平和島静雄はどこかへと走り去っていったから。 それを見て頭がすーーーっと冷えていく。 あれ、私、これからどう生活すればいいんだ。 旅行に行くつもりだったからキャリーに着替えと清潔用具はあくつかある。金も念の為おろしたからいくらかは。あと財布に入れてある免許証やらなにやら。使えるかはわからないけど。 実家への電話は当然のように繋がらないし、ネカフェで調べた実家の住所には全く違う建物が立っていた。とりあえず今日は適当にどこかで休もう。仕事は明日から探す。 偽ではないが書いた履歴書はきちんと採用されコンビニに就職した。といってもバイトだが。 「らっしゃっせー」 なぜコンビニかというと一番雇ってもらえそうだったから。 なお相変わらず私の寝床はネカフェかカプセルホテルだ。家出少女か。 この先生きるためだけにこうして働いて時間を消費していくのかと思うと涙がでる。まだ出てない。 深く考えたら終わる、これ。 ぐっとこらえて乳製品だらけのカゴの中身を処理する。 レジの前にいるのは平和島静雄である。 この人はいつも同じような時間帯に同じような物を買って去っていく。初めて来た日はワンチャン!などとドキドキしたがそれも杞憂に終わったのでもう期待はしない。 私は今レジを処理するだけの機械だ。考えるな。 「…大丈夫っすか」 出会って数週間、初めて声をかけられ思わず手が止まる。 「…大丈夫っす」 「顔色悪いっすけど」 「大丈夫っす」 もう何も期待などできぬ。またがっかりするのも嫌だ。 フラグなんぞこちらから折ってやる。 「…そっすか」 「そうです。」 ありがとうございましたーと感情を無くした声で告げると、平和島静雄は牛乳プリンだけを袋からご丁寧に取り出して台に置いて帰ろうとした。 「あのお客様」 「美味いもの食えば気が紛れるかもしんねぇし」 ここまでの厚意を無下にできるほど私の人間性は落ちていなかったらしい 「…どうも……」 「鬼塚さんてネカフェに泊まってんの?」 客に聞かれた。確かにこの人は常連だったと思うし、私も仮名ではあるが名札を付けているので、それを呼ばれるのも不思議ではない。 問題は内容だ。なぜ知っている。 「泊まるとこないならうちおいでよ、部屋余ってるし」 何、急に。どういうこと?ストーカー?これ断ったら店のぐ○なび的なものにあることないこと書かれるの? 「えー、と」 「ストーカーか?」 焦りすぎて店に人が入ってきたときのベルにも気づかなかった。現れたのは平和島静雄。 「金髪、バーテン服、サングラス………」 男の顔が青くなっていく。会計済みの袋を持って逃げるように店を出ていった。 「アリガトウゴザイマシター」 もはや勝手に動くようになった口がお決まりの言葉を発する。そして、自分の状況を思い出して、涙腺がゆるゆるとほころびだす。 ヤバい、泣く。 追い払ってもらった。お礼を言わなきゃいけない。わかってるのに 「中途半端な助け方すんなよ」 「私に関わってくれるな」 理不尽な文句が止まらない。 勝手に期待して勝手に裏切られた気になってる。最悪だ。 そんな私を見て休憩室から出てきた店長が「上がっていいよ」と声をかけてくれる。迷惑をかけた。今度お詫びにお菓子でも用意しよう。 店を出ると平和島静雄が立っていた。 「あれ見て一人で帰す訳にもいかねぇなと思ってよ…」 紳士か。 「助けようとしてる奴にああいうことは…でも気に障るような真似しちまってたなら…」 「ごめんなさい。八つ当たりです。」 この人はこんなに善人だったろうか。おかげでこちらも素直に謝ることができるが。 そんな隙を見せられたら、甘えたくなっちゃうじゃないか。 「話、聞いてもらってもいいですか?」 近くの公園のベンチに腰掛けて、自販機で適当に買った飲み物を平和島静雄に渡す。一体何をどこまで話そうか。 「首無しライダーとかいるくらいだし、そんなこともあるんだな、くらいで良いんですけど、私ほんとはここにいるべき人間じゃなくて、あと、結構色々知ってて」 首を傾げる姿にまた絆されかける。ちょっと可愛い。 「いや、あんまり言うつもりはないんですけど…あ、平和島さんって今いくつで、ダラーズには入ってますか?」 私の言葉に警戒心を剥き出しにするのがわかった。少し空気がピリつく。そりゃそうだ。 誰かに話を聞いてもらえば楽になるかも、なんて思って話し始めてはみたけど、今話し相手になってもらうこと以上の何かを期待しているわけじゃない。自分が傷付かないように、くどいくらい予防線を張る。平和島静雄に踏み込ませないためにも。 「あはは、そういう感じになりますよね。あとは…弟さんの話…は知ってる人は知ってるか…初恋の人が年上のパン屋のお姉さんとか…。ま、うろ覚えのとこもありますし、占い師みたいなもんだと思ってもらえばいいですよ」 初恋の話になった途端、平和島静雄の顔が真っ赤になる。辺りは暗いのにわかるってどれだけ照れてるんだ。表情は引きつりまくってるが。そのちぐはぐ加減に思わず笑ってしまう。 「ふふ、気持ち悪いですよね」 「あ…いや…」 「話聞いてもらえて気が楽になりました。ありがとうございました。」 面白いものも見せてもらえたし、すっきりした気もする。不快な思いをこれ以上させるのはよそう。 帰るために立ち上がる。が、隣から聞こえてきた声に固まる。 「さっきのアンタの気持ちがわかったような気がする」 「え」 「しかも立場ってもんがあったから下手に動けねぇしな……。あ、今の状況も良くねぇのか。でもすぐに呼べる女の知り合いもいなかったし…悪ィな…」 「いや、そんな」 「まあ、情報通な奴もいるし…それを悪用するつもりがねぇなら、別に俺としては──」 こんなに優しくされる理由がわからない。私は前世でこの人の命を救ったのだろうか。 「だからその、今の生活がキツいんなら、俺の職場に来るか?……俺みたいのも雇ってくれるとこだし、鬼塚さん?も大丈夫だと思うけどよ…」 「───ぅ」 願ったり叶ったりな展開に、また涙腺が緩みだす。 「家賃だとかも多少は出るしよ、」 「はは、ありがとうございます。あと鬼塚は仮名です。本名は──」 これは、始まるかもしれない、物語。 [mokuji] [しおりを挟む] ×
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