- ナノ -


ツークツワンク(前編)




 高校を卒業して一年弱が経った頃、高校の友達と、久々に会うことになった。


 あと一週間もすればバレンタインデーということもあり、どの店もバレンタインデー色が強い。女の子たちは皆、幸せそうな顔をしながら買い物を楽しんでいる。結構なことだ。


 高校時代から付き合っていた彼と別れて、もうすぐ一年になろうとしている。そういえば、去年の今頃は受験の真っ只中で、バレンタインどころじゃ無かった。会う時間も取れず、申し訳程度にチョコレートを郵送した。その後、翌月のホワイトデーを待たずして、振られた。まぁ、元々仲は冷めきっていたし、時間の問題ではあったのだけど……。

 そこまで考えて、ブンブンと頭を振った。

 ……やめよう。これから久々に友人と会うというのに、こんな辛気臭いことを考えるのは。




「仁花!」
「あ! こっちこっち!」

 仁花が大きく手を振りながらピョンピョンと飛び跳ねている。背の低い仁花は人混みに埋もれていたが、すぐ隣に背の高い二人組が居たのですぐ分かった。特にそのうちの一人は頭ひとつ分飛び出ている。相変わらず背が高い。

「月島が居たからすぐ分かったよ。相変わらず背高いねぇ」
「……どうも」

 月島は、何を考えているのか分からないような顔をして言った。

「日向は?」
「ちょっと遅れるんだって。バタバタしてるみたい」
「そっか。二ヶ月後にはブラジルだもんね。ホント日向には驚かされるわぁ。あ、影山は来れそう?」

 山口が頷きながら頬を掻いた。

「いや……シーズン中だし、今こっちに居ないからやっぱり無理だって」
「そうだよね。久々に会いたかったけど仕方ないね。すごいなぁ、プロだもんね」

 はぁ、とため息をつきながらそう言うと、月島がつまらなさそうな声で言った。

「集まったなら移動しない? こんなところでタムロってても仕方ないデショ」
「そうだね。じゃあ行こうか」

 店を予約してくれた山口に続いて、仁花が慌てた様子で付いて行った。必然的に月島と私が並んで歩くことになる。

「なんか、珍しいよね。月島がこういうの来るって」
「……そう?」
「そうだよ。『僕、暇じゃないんで』とか言いそうなのに」
「……似てないけど」
「えー、似てるよ。よく聞いて。『僕、暇じゃないんで』」
「似てない」

 ケラケラと笑うと、ジロリと目を細めて睨まれる。だが、不思議と怖くない。月島とはいつもこんな感じだった。私がふざけた事を言い、月島が突っ込む。そしてケラケラと笑うと、彼も呆れたように、でも少しだけ楽しそうに笑う。その関係が心地よかった。

 
 通された席は座敷になっていて、なんとなく高校時代にコーチに連れて行ってもらった居酒屋を彷彿とさせた。

「なんかおすわりみたい。おすわりのご飯美味しかったよねぇ」
「おすわりでもよかったんだけどね。烏養さん達居そうだったから」
「居てもいいのにー! 久しぶりに会いたいなー。みんな元気かな」
 

 二人が奥の席に座ったので、私はそのまま月島の隣に座ることになる。

「……なんか変な並び」
「……ホント」
「そ、そうかな?」
「ほら、日向が来たら、真ん中座るかなって。だから残しといてあげなきゃ!」

 そう言って、仁花はポンポンと真ん中の、所謂『誕生日席』を叩いた。

 不自然な二人の様子に一瞬首を傾げるが、隣の月島は全く気にしていないようだったので、私も気にしない事にした。





「ナマエは、最近どうなの?」

 仁花が少し緊張した面持ちで言った。

「どうって?」
「その……こ、恋的な話とか!?」
「恋!? 無いよ、ナイナイ。なーんにもない」
「でも、この間映画誘われたって言ってたやつは!?」

 仁花がやや食い気味にそう言った。彼女が恋愛話にここまで熱心に食らいついてくるのは珍しい。

「映画は観に行ったけど……別に……」
「そ、そうなんだ……」
「仁花は? デザイン系の会社でバイトしてるんでしょ? いい感じの人とかいないの? 紹介してよ」

 その問いかけに、仁花は目をハッと見開いてブンブンと首を振った。

「いないよ! うちの会社は既婚者ばっかりだから! ナマエに紹介できる人はいません!」
「えー、つまんないの。月島は?」
「……何が?」
「カノジョ。いないの?」

 月島は一呼吸置いてから、ため息とともに「とくには」と吐き出した。チラリと山口を見ると、山口も同じように「……俺も、とくには」と答えた。

「うわ、色気無っ! みんなダメダメじゃん」
「君に言われたく無い」
「『君に言われたく無――』」
「似てない」


 再びケラケラと笑うと、ちょうど日向が遅れてやってきた。

「悪い! 遅くなった」
「お疲れー、はい、日向は誕生日席だってさー」

 ほら、座りな。そう言いながらポンポンと座布団を叩くと、日向は怪訝そうな顔をして、私と月島、仁花と山口を交互に見た。

「え、なにこの並び」
「えー? 月島がどうしても私の隣に座りたいって言うから?」
「言ってない」
「『言ってない』」
「だから似てないから。いい加減やめてくれる」
「え……その今まで盛り上がってましたみたいなノリやめて」


 日向が到着して、話題はブラジル行きのことに移っていった。向こうでの生活、仕事、バレーのこと。白鳥沢の鷲匠先生の元、念入りに準備したというが、単身地球の反対側へ行くなんて、なかなか出来ることじゃない。
 日向は凄いなぁ、などと呑気に思っているところに、日向が爆弾を落とした。

「あ、そういえばさ、ナマエって縁下さんとまだ付き合ってんの?」

 周りの空気が一瞬凍りつくのを感じる。ピシッという効果音も聞こえる気がする。まるで漫画みたいだ。

「あー……別れた。一年くらい前に」
「えっ、マジ!? ごめん!」
「別に謝らなくても……もうずっと会ってなかったし。終わったようなものだったから、仕方ないよ」

 ははは、と笑いながら答えるが、上手く笑えているのかは分からなかった。周りからはなんとも言えない視線を感じる。それが少し痛い。

「ひょっとしてナマエがこの間の集まり来なかったのってそれが原因――」
「ひ、日向! 影山君とは、連絡とってる!?」

 仁花が強引に話題を変えた。さすがにその話題の変え方は無いだろうと思ったが、正直助かった。

 卒業して少し経った頃、一つ上の先輩達と集まる機会があった。だが、その時はなんとなく気まずくて行けなかった。きっと、彼と別れた直後だからだと思った。別に今更彼のことが好きだとか、忘れられないとか、そういった気持ちはないけれど、なんとなく消化不良を起こしているような感じが続いている。

 その後もバレー部の先輩や後輩達の話で盛り上がり、会はお開きとなった。



***



「じゃあ、またね」

 帰る方向はみんなバラバラだ。私はここから電車に乗って帰る事になる。

「あ! 俺と日向は谷地さん送るから、ツッキーはミョウジを送って!」
「えー平気だよー。そんなに遅くないし……」
「ダメだよ! いいから! ツッキー、頼んだよ!」
「…………分かった」

 元主将らしくキビキビと指示を出す山口の説得力のある声に、月島もしぶしぶといった様子で頷いた。



「楽しかったね。やっぱり烏野バレー部が一番居心地いいなー」

 本当に、楽しかった。こんなに楽しかったのは久々だ。大学に入ってから、サークルだ何だとワイワイ騒ぐ機会はあった。が、気心の知れた仲間と一緒にいるのが一番楽しい。

「ねぇ、なんかアレかな。仁花と山口、なんかいい感じなのかな。今日結構二人で行動してたよね」
「ああ…………多分違うと思うけど」
「そう? だって二人で居ること多くなかった?」
「あれは……二人で居るっていうよりはむしろ……」

 そこまで言いかけて、月島は黙り込んだ。

「むしろ?」
「……何でもないよ。少なくとも、君が思ってるようなのじゃない」

 いまいち要領を得ない答えが返ってきて、頭の中に疑問符が浮かんだ。

「そうなんだ。……ちぇ、仁花と恋バナできると思ったのに」

 まぁでもバレー部内で色恋っていうのも想像できないか。友達っていうより、戦友って感じだしな。自分は縁下さんと付き合ってはいたが、先輩後輩だとまたちょっと違うし。

「……ねぇ」
「なに?」

 不意に声をかけられ振り返ると、月島が少しだけ真剣な顔をしてこちらを見ていた。

「なに……どうしたの……?」
「……少し、話さない?」
「話? いいよ。どこがいい? あ、うち来る? 近いよ、ここから。隣の駅だから」
「……実家?」
「ううん。一人暮らし。だから気兼ねなく話せるし」

 月島はキョトンとしたように目を丸くしてから、眉間にググッとシワを寄せた。

「……こんな時間に男を部屋に入れんなよ」
「男って……そんな大袈裟な。月島じゃん」

 ハハハ、と笑いながら言うが、月島は笑わなかった。

「あー……じゃあ、どっかお店行く? ファミレスとか、カフェとか? 公園は嫌。寒過ぎて死んじゃう」
「……じゃあファミレス」

 月島は不機嫌そうな顔でそう言うと、私から視線を逸らし、スタスタと歩き出した。とりあえず小走りで追いつくと、月島の顔を見上げた。

「なーに怒ってるんだい?」
「別に。君の馬鹿さに呆れただけ」
「なんで!」
「……君さぁ、一人暮らしなんでしょ? いつもこんな時間に付き合ってもいない男を一人暮らしの部屋に上げてるわけ?」
「んなわけないじゃん。月島だからだよ。私は、月島のこと信頼してんの! だからだよ」
「…………あっそ」

 そう、ため息混じりに呟く。その後も月島は、不機嫌なままだったのか、駅前のファミレスに着くまでほぼ無言のままだった。

 next

Back  Novel  Top