私の希望
ヒピオニアの街、騎士団総本部。首脳陣が一堂に会し、これからの世界について話し合っている。
――精霊、星喰み、デューク。
星喰みに対抗するために世界中の魔核を精霊に変える。
そうすれば魔導器も結界も無くなり世界は混乱に陥るだろう。しかし、それをしなくては世界は、デュークか星喰みの手によって終わりを迎える。
ひととおりの説明を終えたユーリらは、本部を出た。
最後まで立ち会わなくて良いのか、というフレンに、「ああいうのはオレらの仕事じゃねえだろ」とユーリ。
リタも頷いた。
「そうそう。お偉いさんがまとめれば良いんじゃない?」
「彼らが思うよりも人々は今の生活から離れられないと思うけれど。彼らはそれを整えるのが仕事。私たちの仕事は……」
呟くジュディスの言葉を、ユーリが引き継ぐ。
「星喰みをぶっ潰してデュークのヤツを止めること」
「……そうか」
「すまねえな。面倒なことは全部おまえらに回しちまって」
ユーリの言葉に、フレンはかぶりを振って答える。
「こっちの台詞だ。いつも一番辛いところを君たちに任せてしまってすまない」
そしてこの場に、ノアはいなかった。しかしノアとてユーリらと同じ気持ちだろう。
リタとウィチルが世界中の魔核にアクセスする方法について模索し始める中、ノアは、一人の男と会っていた。
……ヨーデルと共にヒピオニアにやって来た、アレクセイである。
「アレクセイ。体は良くなりましたか?」
「ああ。おかげさまでな」
「ヨーデル殿下はあなたを許したんですか?」
「いいや。贖罪の最中だ」
街の入り口近くで、まるで見張りをするように立つアレクセイ。その隣に立って、ノアは話しかけていた。
「世界の危機、星喰み。そしてデュークの動向。私の研究でも何かの役に立つかもしれないと持ってきたが、その甲斐があったようだな」
「ですねぇ」
走るリタと追いかけるウィチルを見つめ、アレクセイとノアは呟いた。
「私はかつて、魔導器間のネットワークを構築する研究をしていた。あのウィチルという少年に研究資料は預けてある。そこに天才魔導士が加わるとなれば、何かの光になるだろう」
「うわピンポイント。私たち、世界中の魔導器を精霊にするために、世界中の魔導器にコンタクトしなくちゃならないんですよ。それを星喰みにぶつける寸法です」
「大層な計画だな……。だが興味深い」
顎に手を当てながら、アレクセイはふむと頷く。
「ノア、君から聞いた話を首脳陣の皆も聞かされているのだろう」
「おそらく」
「だとしたら私にも、何かできることはあるかもしれないな」
「もちろん」
魔導器に精通した人物がいれば心強い。かつては命を奪い合う死闘を繰り広げた仲だというのに、世界の危機を前に今は話し合える余地がある。
アレクセイの待遇からして、ヨーデルが情け深い決断を下したのは想像に難くない。
ノアがそれを想像し微笑ましく思っていると、ユーリとフレンが街の外へ出て行った。ユーリはいささか驚いた様子でこちらを見ていったがノアがひらひらと手を振ると、苦笑して向き直り歩いて行った。
「二人して何しに行ったのかな」
「野暮というものだよ」
アレクセイの口ぶりからして、彼は、二人が何をしに行ったのか分かっているようだった。二人の背中を見ていたアレクセイの眼差しが優しかったので、ノアはそれ以上何も言わなかった。
……しばらくしてボロボロの二人が戻ってきたのを見て、ノアも何があったのかすぐに察した。が、やはり何も言わず、彼らと共に街中へと戻る。アレクセイを引っ張って。
すると、ちょうどリタたちがユーリのもとへ駆け寄ってきた。
「いけるわ! 精霊たちと魔核を直結して励起させるの! その力を四精霊を介して明星壱号に収束する。それを星喰みにぶつけるの」
「僕が見つけたんですよ」とウィチルが口を挟む。なおも興奮した様子のリタは続けた。
「この装置と各地の結界魔導器を同期させて、結界魔導器を中継して周囲の魔導器に干渉するのよ」
やや難解な話に、カロルとパティが首を傾げる。
要するに、とユーリが口を開いた。
「魔核を精霊に変えることができるんだな?」
「だからそう言ってるじゃない」
「さすがです、リタ!」
称賛するエステルに、リタは難しい顔をして返した。
「問題は時間がないことね。魔核のネットワーク作るのと、収束する用意は同時にやらないと」
「ネットワークの構築には私も助力しよう」
アレクセイの発言に――というかアレクセイがいることに、リタは多少驚いたようだが、「まあ、いいか」といった様子で頷く。
「僕も構築に参加します。アスピオからの避難者もいるし」とウィチルも頼もしい。
しかし不安そうにレイヴンが言った。
「学者たちだけじゃ護衛が必要だろ。魔物も星喰みも結構やばいぜ」
「そこは騎士団がやりましょう」
フレンが言った。命に代えても守り抜きます、とソディアも頷いた。そこにカウフマンがやってくる。
「足りない分はギルドが援護するわ。技術者だっていない訳じゃないし」
「なんとかなりそうだね!」
カロルが笑うも、まだレイヴンの心配はある。
「けど……肝心の明星壱号は直ってんの?」
レイヴンが心配性になるのも無理はない。ノアだって心配だ。明星壱号の話になると、リタは少し表情を曇らせた。
「それはまだよ。筐体に使える部品がそろってないの。必要な計算は済ませてあるから、あとはそれに適合した部品を見つけるだけなんだけど……」
「それならいっそ、新たに作ってしまってはどうでしょう?」
ヨーデルがそう言って話に加わる。
「今ならここには人も資材も豊富にあるはずです」
「あらいい案ね。ネットワーク構築の前哨戦ってとこかしら、どう?」
カウフマンに問われ、リタは頷く。
「確かに……それができるならその方が早いかも」
「決まりね。あとで人を集めるから詳しい説明をしてちょうだい」
カウフマンの言葉に、感慨深そうにカロルが呟いた。
「星喰みに挑む武器を、みんなで作るんだね」
「この街を作ったようにじゃな」
「そう考えると不思議な感じね」
パティ、ジュディスがカロルの呟きに続く。
リタが再度口を開いた。
「あとは精霊の力が確実に星喰みに届くようにできるだけ近づいて、明星壱号を起動させるだけよ」
「つまり、あそこだな」
ユーリがそう言って空――タルカロンの塔を見上げた。皆も同じようにタルカロンを見上げる。
デュークの根城。今も星喰みを滅さんとするために、周囲の人々からマナを吸い上げている古代の塔。
「戦うことになるんでしょうか」エステルの不安げな声。
ユーリは返す。「どうだろうな。けど、タルカロンをぶっ放させる訳にもいかない」
カロルは意を決するように「避けて通れないんだね。あそこに行くのは」言ってユーリを見た。
「そういうこと」
ユーリのその言葉を合図に、リタはひらりと手を上げる。
「それじゃ、あたしは明星壱号の修理に取り掛かるわね」
「頼むぜ。できれば明日には出発したいからな」
この間、ひたすら影を薄く保つようなノアの姿に、とある一匹が疑問を抱いていた……。
――その夜。
ラピードは珍しく、自分からノアに声を掛けた。ノアは街の中をうろついていた。彼女曰く「見張りの一環」と言っていたが、明日を思って落ち着かない・寝付けないのだというのは明白だった。ラピードはクンと鼻を鳴らす。
「街の外に出ないか、ですか? 分かりました」
街の外は、中以上にひっそりとしていた。この辺りは夜行性の魔物もいないのか、そういった気配もない。
それでも念のため、と魔物除けを焚くノア。
「あまり離れないでくださいね、ラピードさん」
「ワンッ」
「そうですね、私こそ気をつけろ、ですね」
ノアは相変わらず口数が少なかった。今まではふたりになると何かと話をしていたのに。
まるで自分の印象を極力なくそうとしているような、不自然なほどの静けさだった。
「ワンワンッ」
ラピードは尋ねた。
――何か思いつめているだろう。自分で良ければ話してみてくれないか?
すると、ノアは穏やかだった表情から一転、何か思い当たる節があるらしく顔を張りつめさせた。
「ラピードさんには敵わないですね……」
ふう、とノアは大きく息を吐いた。そして、弱々しい笑顔を見せると、
「みんなには内緒でお願いします」
そう言って、語り始めた……。
「私の体、最近、すごく調子が良いんです。変身するのも、何かを察知するのも探知するのも、とっても。でもそれを繰り返すたびに、私、思うんですよ。ああ、少しずつ私、また人間から外れてきちゃってるんだな、って」
夜空を見上げながら、ノアは言った。ゆっくりと彼女が草原に腰を下ろしたので、その隣にラピードも腰を下ろす。
「私が最初に人間でなくなったのは、この義眼を与えられて、家族を奪われて、全てを燃やしたとき。それから私は記憶のないがらんどうなお人形みたいなものでした。……ラピードさんに見つけてもらうまでは」
「ワンッ」
「ふふ、そうです。ハルルの樹の根っこに絡まっちゃってた時です。ラピードさんが私を引っ張り出してくれた時、ユーリやエステルと出会った時、あの時から私は少しずつ人間になっていったんです」
ノアは今までの旅を思い返していた。
ラピードに出会って覚えた胸の高鳴り。迷った時はいつでも彼がノアの言葉を聞いてくれた。ノアにとって彼は大切な恩人ならぬ恩犬だ。
この人になら背中を預けられると思ったユーリ。腕っぷしだけではない。その心根が、意志を宿す瞳が、旅の最中、仲間たちを導いた。
守らねば、護らねばとエステルの力になりたかった。相容れぬ力だと揶揄されても、それでも自分なりに形をなして彼女を想った。
最初は気まずかったリタと打ち解けた時は嬉しかった。てっきり嫌われているのかと思ったが、リタは素直ではないだけだった。
今ではジュディスのことは親友だと思っている。もちろんバウルのことも。美しい彼女の振るう槍もまた、頼もしかった。
カロルとパティには、亡くした弟妹のことを重ねることもあった。失礼なことかもしれないが、そのおかげで自分を奮い立たせることもできた。カロルの成長は目ざましい。パティの決意は誇らしい。
レイヴンとは、かつての確執も無くなった。寧ろ今では過去を知る者同士、独特かつ心地よい繋がりを感じているほどだ。
守ることに関して共通の頑なな意思を持つフレン。ユーリの親友と聞いた当初はそうは思わなかったが、今ではユーリとよく似たもの同士だと思う。
……思いがけないほどの仲間と出会いに、恵まれた。
「記憶を取り戻して、私の変わった姿を見ても変わらないでくれるみんなを見て、私は思ったんです。この力を存分に使って、皆の役に立ちたいって。みんなのお陰で私は人間でいられたから。……最近、どこか外れた場所から俯瞰しているみたいな自分がいるんです。デュークさんのこととか考えちゃうんです。私、こんな大事な時に上の空で情けないですよね。魔物の声とか分かるんです、人間っぽくないですよね」
「クゥーン」
「そうですか? 今でも私、ちゃんと人間してますか? そうですか……。ありがとう、嬉しいです」
ノアはそっとラピードの前足に触れた。人が人の手に触れるような感覚で。
「ラピードさん」
優しい呼び声。
「――私は、みんなが大好きです。みんなの為なら何も怖くない」
ノアは、ラピードにそう言って笑ってみせた。今までとは違う笑顔だった。とても晴れやかで、鮮やかな笑み。その姿をラピードに焼き付かせたいと願うような……いつか自分が彼女を思い返すことがあれば、この笑み、この時のことであって欲しい。そう祈っているようだった。
この時、彼女は既に大きな決意を固めていた。
それがラピードには伝わっていた。彼女がどんな決断を下したのか、聞くのは野暮というものだ。それが彼女の生きる道。決めた道。ならば自分は、見守るしかない。ノアを信じて。
「私は最後の最後までこの力を振るいます。それしか私には無い。みんな全力を出して明日の決戦に挑むのに、私だけ違うってわけにはいかない。全力です。全力で行きます」
「ワンッ」
「だから、どうか、最後まで、星喰みを打ち滅ぼす瞬間まで、ご一緒させてくださいね」
ラピードは頷いた。ノアもまた頷いた。
そして、ヒピオニアの美しい星空を、共に見上げたのだった。
*****
夜が明けた。
初めて訪れた時から比べて、随分とこの街は出来上がっていた。
もう立派な街になったのだからと一行が集まった際に話題になり、名づけ係エステルにより“雪解けの光”を意味する「オルニオン」という名前が提案された。
そこに現れたヨーデルも、その名前を気に入ったようだった。フレン、ソディア、ウィチルも一緒である。
そして、いよいよ新しくなった明星壱号のお披露目となった。
リタが青い刀身の剣をユーリに差し出した。どうやらこれが新しい明星一号らしい。
それを見てエステルが目を丸める。
「これ、ヨーデルの剣、ですね」
「ええ!? そんなの使っちゃっていいの?」と驚くカロル。
ノアも「豪勢だねえ……」とぼんやり呟いた。
リタが解説する。
「構造といい、大きさといい、ちょうど良かったのよ。これレアメタル製だしね」
「レアメタル……。確か、非常に高い高度が特徴の希少金属、ですね」
エステルの言葉を受け、ヨーデルが頷く。
「みなさんが議論しているのを聞いて、この剣のことを思い出したんです。どうせ私は剣はからきしですし、お役に立つなら本望ですよ」
青く美しい刀身に、ノアはひっそりと見惚れる。持ち手の部分などに明星壱号の名残がしっかり残っているが、剣としても申し分なさそうに見える。実際にユーリは軽く剣を振り、「悪くないな」と感触を確かめていた。
すっかり見違えた明星壱号に、カロルより「明星弐号」の名が与えられると、一行はいよいよと空を見上げた。
フレンがユーリを見た。
「いよいよだね」
「ああ。今度こそ本当の本当に最後の決戦だ」
「魔導器のネットワークの構築は我々に任せてくれ」
フレンがそういうと、いえ、とソディアが歩み出た。
「隊長も彼らと共に行ってください」
「ソディア!?」
「何があるか分かりません。彼らには隊長の助けがいるはずです」
ソディアの意思は頑ななようだった。
「騎士団は魔導器のことで人々を説得する任務もあるんだぞ」フレンが念を押す。
それでもソディアは、凛とした表情でフレンを見ている。
「分かっています。人々の協力なくして成功しない。肝に銘じています」
「大丈夫です。僕だっているんですから」
ひょっこりと顔を出してウィチルも頷いた。ソディアと揃ってフレンを見つめている。
フレンはヨーデルを見た。ヨーデルは穏やかな笑みをたたえたまま、頷いてフレンに返す。そこまで背中を押されて、フレンも決心したようだった。
「分かった。ただしソディア、ウィチル。たとえ別々に行動していても僕たちは仲間だ。それだけは忘れないでくれ」
「……はい!」
「はい!」
ユーリとフレンがそのあとお互いを見て頷いたのを見て、ノアは何だか微笑ましくなった。
ついに肩を並べた親友同士を見て、ヨーデルはユーリに言う。
「魔導器と精霊の件は、私たち指導者は納得し、その後の方策を話し合いましたが、全ての人々がこの変化を受け入れるには時間がかかると思います。ですが、受け入れなければ新しい世界を生きていくことはできません」
「ああ。その通りだ」
「まずはここにいる人たちから話してみます。ただの野原から、このオルニオンという素晴らしい街を生み出した彼らなら……」
「ええ。きっと受け入れてくれるでしょう」
フレンが頷くと、ヨーデルは微笑んだ。その笑みはただ穏やかなものではなく、これから民を説得する決意に満ち、引き締まり、輝いていた。
それを見てユーリが返す。
「頼むぜ。オレが言ったって誰も聞きゃしないからな」
「そんなことないです」
「そんなことないよ」
思わずエステルとノアは同時にそう言った。まさか重なるとは思わず、互いに顔を合わせ、苦笑する。
「エステリーゼ、それにみなさんも気をつけて」
ヨーデルたちに見送られて、ユーリたちはオルニオンを出た。
少し歩いてから、心配そうにジュディスが街を振り返る。
「大丈夫かしら」
「あいつらはオレたちを信じて送り出した。オレたちも信じようぜ」
出口の側で立ち止まった一行は、決意新たに空を見る。
「さぁ。オレたちはオレたちの仕事をこなさなきゃな。カロル、締めろ」
「うん。みんな! 絶対成功させるよ! 〈凛々の明星〉、出発!」
カロルの号令に、みんな、思い思いの返事をした。
うん、とノアも、皆に続いて、力強く頷いた。
遂に目指すは古代の塔、タルカロン。デュークの待ち受ける場所。
恐らく戦いは避けて通れないだろう。彼と自分たちでは目的が同じでも手段が違い過ぎる。
塔にどんな仕掛けがあるのかも分からない。素直に最上階まで、星喰みの目前まで行かせてくれるとは限らない。その可能性はむしろ限りなく低い。
それでもノアは思った。
この仲間たちとならば、どんな困難も乗り越えていける、と。