その@
「こーんにちは〜!」

「あっ、主様のお姉さんだ!」

「やっほー皆。元気してた?」

「はい!この通り元気いっぱいです!」


ゲートを潜り、本丸の敷地内に足を踏み入れればいつものように一目散に短刀の子達が私に飛びつくように集まってきた。
その熱烈な歓迎ぶりに思わず頬がへにゃへにゃと緩むのを感じながら近くにいた五虎退の頭を撫でれば頬をピンクに染めて嬉しそうに目を細める。可愛い、可愛すぎるぞこの短刀…!
僕も僕もと私を取り囲む粟田口ブラザーズを両手で纏めるように抱きしめわしゃわしゃと髪を一通り撫でまくっている、なにやら遠目に大きな照る照る坊主が物陰からちらちらと姿を見え隠れさせていた。
どうやら彼も私の気配を感じて出迎えに来てくれたらしい。


「やっほーまんばちゃん!元気だった?」

「…変わりない。アンタの方は相変わらずのようだな」

「短刀ちゃんセラピーのお蔭で元気出ちゃったよ〜。最近仕事が忙しくってここに来るまでは屍のようになってたんだけどね」

「しばらく姿を見せないと思っていたが多忙だったのか…」

「お、なになに?まんばちゃんってばしばらく私が来ないから寂しがっちゃってた?」

「そっ…そんなわけないだろ…!!」

「んも〜〜可愛いなぁ山姥切りは〜!ほれほれ撫で撫でしちゃる!」

「触るな!お、おい!どさぐさまぎれに布を取ろうとするな!!」

「あーこのツンデレっぷりも久しぶり!癒されるわ〜」

「姉君、山姥切りさんばかり構ってずるいです!」

「そうだよ!僕たちの事ももっと構ってよ〜!」

「えーーもうなにこの天使ちゃん達……やっぱりここは私の楽園やで…」


見目麗しい美少年に金髪碧眼イケメンに囲まれる、これを楽園と言わずなんと言おう。
何故私のようなただの変態が世の中の全ての女性から妬まれかねない楽園のような場所に居るのか、それはひとえに私の弟の職業がとても特殊だからである。
我が愚弟は今から数年前、まだ高校生の身でありながら時の政府に審神者としての力を見出され、半ば強制的に時間遡行軍との戦いという物騒な世界へと身を投じる事となったのだ。
とは言っても時の政府と時間遡行軍との戦いが始まったばかりの昔に比べて現在は審神者やその家族を支援するサポートは充実しているようで弟は高校生せいでありながらも彼らのような刀の付喪神を呼び覚まし、なんやかんやとありながらもこうして共に生活できている。
私はと言うと高校生の弟だけでは心配だからと言う両親の圧力に押し負けてこの本丸が始動し始めた頃は毎日のようにここに通い弟や刀剣達の生活のサポートをしていたというわけだ。
現在では弟も高校を卒業して審神者としての生活も軌道に乗り、私の手助けも必要なくなったので以前ほどこの本丸に顔を出す事は無くなったのだけれどやっぱりこの場所は居心地がいいのだ。
なにより付喪神である彼らが主の姉である私の事を姉君やらお姉さんと私を本当の家族のように慕ってくれるのが嬉しくてたまらないのである。


「お、来てたんだ姉ちゃん。表が騒がしいから何事かと思ったわ」

「おっす。久しぶりに丸一日暇な日ができたから来ちゃった。はいこれお土産」


勝手知る本丸に足を踏み入れ、稽古があるという短刀ちゃん達と別れて弟の部屋へと足を運ぶ。
久しぶりに会ったせいか心なしかもじもじと照れくさそうにしているまんばちゃんは「茶を入れてくると…」と足早に台所の方へと行ってしまった。いじらしくて可愛い奴め…。
審神者用の部屋に入るなり畳に大の字で寝転がっている我が弟の姿にげんなりしつつもお土産であるビニール袋を差し出した。


「どれどれ…うおーーっ!俺の好きな駄菓子じゃん!これ審神者用の通販でも売ってねえんだよ!」

「はっはは、弟の好みを覚えていたお姉様に感謝しな」

「やべー、あんがと姉ちゃん。次に現世に行く時箱買いするつもりだったけど手間が省けたわ。今年の夏は帰省しないかもってかーちゃんに言っておいて」

「いやちゃんと帰省しろよ。アンタただでさえ引きこもりなんだから盆暮れ正月くらいは実家に顔出してついでに現世をぶらぶらしてこい」

「でも今年の夏は親父もかーちゃんも旅行に行くって言うしわざわざ帰るのもな〜」

「え、何それ!?私聞いてないんですけど!?」

「二人で北海道旅行に行くとか言ってたけど…姉ちゃん聞いてねえの?」

「聞いとらんわ!!えーもう嘘でしょ〜!どうせいつも通り田舎に帰るんだと思って職場に盆休み申請しちゃったじゃん!」

「姉ちゃんも旅行にでも行ってくりゃいいじゃん。あ、でも一緒に行ってくれるような男が居ねえか〜ッハハハ」

「はーーいぶっ殺す」

「あだだだ!!いっでえ!!ごめん悪かったやめてくれよ姉ちゃーーん!!」

「わ、私はなぁ!!別に彼氏ができないんじゃなくて純粋にここに居る天使ちゃん達だけで心が満たされるだけなんだよぉ!!!」

「自分がモテないのをショタコンのせいにすんっ、いでででで!!!」

「モテないのはアンタも同じ……ん?」

「無事か!主っ!」

「「……え…」」


どどどど、とこちらへ向かってくる足音が聞こえたかと思えば目の前に会った襖が突然ぱっくりと切り倒された。
あまりに突然の事に弟へアイアンクローをかけたまま固まっていると、崩れた襖の向こうに見覚えのない黒い装束に身を包んだ男が刀を構えて鋭い視線で私を睨み下ろした。


「女…貴様、我が主を手に掛けるとは死ぬ覚悟はできているんだろうな」

「へ?」

「ちょっ、ちょっと待て膝丸!」

「君は下がっていてくれ」

「おわっ」

「主の部屋から何やら奇妙な気配を感じたかと思えば、これは女の姿に化けた妖者の類か?まぁ正体が何者だろうと容赦はせんぞ」


男の手で軽々と私から引き剥がされれた弟が畳の上に転がされたかと思うとさっきまで弟の頭をロックしていた腕を力強く握られる。
構えられた鋭くも美しい刀の姿にこれはまずいと声を上げようとした瞬間、視界の端から伸びてきた別の刀の刃が男の喉元へと突きつけられた。


「…落ち着け。確かにこいつは化け物染みた所はあるが列記とした主の血縁者だ」

「ま、まんばちゃ〜ん!」

「あ、主の血縁者、だと…!?」

「ナイス山姥切!助かった!」


私の腕を掴んでいた手からそっと力が抜け、彼の喉元に向けられた山姥切の刀が腰元の鞘へと納められる。
先程まで殺気に満ちていた男の表情が狼狽しているのが分かった途端、緊張の糸が解けた体は重力に従ってその場にへなへなと座り込んでしまった。


「大丈夫か姉ちゃん!?」

「し、死ぬかと思った…」

「怪我はないか?」

「うっ…まんばちゃん…マジ私の金髪碧眼プリンス結婚して…」

「頭を打ったのか」

「いや、いつもの姉ちゃんだ」

「あ、主…?」

「ああ、勘違いさせて悪かったな膝丸。お前は顕現したばかりでまだ会った事なかったもんな。ここに居るのは一応俺の血縁者…つまり俺の姉なんだ」

「あっ姉、だと…!?俺はあろう事か主の姉に手を挙げたというのか…!?」


黒い装束に薄い緑の髪の男はこの後見事なまでに私と弟へ深く頭を下げた挙句責任を取ると宣言して自らの刀で自害なんてしようとしたもんだからまたもや一波乱起こってしまった。
膝丸、と呼ばれた新しくこの本丸に来た刀はどうやらとてつもなく真面目な性格の持ち主のようだ。
姉の存在を伝えていなかったこちらに非があると言っても頑なに俺の気が済まんのだと下げた頭を上げてはくれず、そうしている内に騒ぎを察知した他の刀達が押し寄せて来た事により一先ずその場は収束された。


§ § §


「よし、こんなもんでいいだろ。少し赤くなってたから念のために湿布を貼っておいたが大した怪我でもなさそうだ。でももし異常があればすぐに俺っちに言ってくれよな、姉御」

「ありがと薬研。全然平気なのに腕が赤くなってるのを見せるなりここに担ぎ込まれた時はどうなることかと思ったわ。でも薬研のお墨付きなら皆も安心してくれそうだね」

「ここの連中は皆姉御の事を慕ってるからなぁ。特に古くから居る奴らは世話になった恩もあるし特別大事に思ってるんだ。初期刀である山姥切が狼狽しながらアンタを担いで飛び込んできたのも頷けるってもんだぜ」

「私ってばめちゃくちゃ愛されてるじゃん…もう一生ここで皆に愛されながら生きていきたい…働きたくない…」

「俺っちはいつでも大歓迎だぜ?姉御の一人くらい養える甲斐性はあるつもりだしなぁ」

「くぅう〜男前すぎるぞこの短刀ーー!!私にそんな事言ってくれるのは薬研だけだよぉ〜…薬研は良い子だねぇ…いっぱい撫でちゃう…」

「ははは、こりゃ光栄だ。だが落ち着いたらあっちの旦那にも顔を見せてやってくれないか?」

「え、あっちの旦那って…?」

「襖の向こうであんたを待ってる旦那だよ。なに、俺っちはのんびり茶でも入れてくるからゆっくりしてってくれ」

「……恩に着るぞ、薬研籐四郎」

「あ」


襖の向こう側から聞こえた声に、そっと背後の襖を開く。
ついさっきまで私を睨みつけていた黄金色の瞳が私を捕らえ、少し不安げに視線を下ろされた。
どうやら彼は私の治療が終わるのをずっとここで待っていてくれたらしい。
優しい神様だなぁ、と笑みを浮かべれば私に抱きしめられていた薬研が「頼んだぜ、姉御」と立ち去る間際に頭をポンポンと撫でて行った。
本当にこの本丸の神様達は優しい子らばかりだ。


「ほらほら入って。えーっと、膝丸さん?」

「…君さえ構わないのなら膝丸と呼んでもらえないだろうか。主の身内にそう呼ばれるのは本意ではないのでな」

「オッケー、じゃあ膝丸ね。まぁそこに座ってよ。ずっと廊下で待っててくれたのなら脚疲れちゃったでしょ。気づかなくてごめんね」

「…俺はこれしきの事で疲れるほど軟ではないぞ」

「あはは、そりゃ鍛え方が違うもんね。まぁ薬研もああ言ってくれたんだしさ」

「…分かった」


さっきまで薬研が座っていた座布団をポンポンと叩けば廊下で正座をしていた膝丸がゆっくりとその座布団に腰を降ろした。
背筋をピンと伸ばして私と向かい合った彼は真っ直ぐにこちらを見つめて深く頭を下げた。


「先程は本当にすまなかった。勘違いとは言え我が主の身内に怪我をさせしまうとは源氏の名折れ…どうかせめて償いをさせてもらいたいのだ」

「怪我って呼ぶほど大したことじゃないしさっきのはうちの弟が君に私の存在を伝えてなかったのが悪いんだってば。まぁ連絡も無しにいきなり来た私も悪いんだけどね。君は主の危機を察知して主を守るために当然のことをしただけなんだからむしろ誉だよ」

「しかし、それでは俺の気が済まんのだ…!俺はまだこの本丸に顕現されたばかりで練度も低く主の役に立つどころか他の者達の足を引っ張るばかり…これでは兄者に面目が立たん…!」

「兄者?膝丸にはお兄ちゃんが居るの?」

「あ、兄者は…俺の兄者はまだこの本丸にはおられないがそれは素晴らしい刀なのだ…。我等は源氏の世に二振り一具として作られた刀…我等を手にした者達を勝利の道に導き、ある時は妖を切りその度に名を変えながらも源氏に伝わる重宝としてその名を轟かせてきた。そんな二振り一具の片割れである弟の俺が今代の主の身内に怪我を負わせてしまうなど兄者の評判にも関わる一大事なのだ…」

「えっ源氏の刀って事は君とお兄さんは鎌倉時代から存在してるって事?」

「いや、我らが作られたのは平家の世…平安時代の生まれだ」

「平安〜!?三日月並みのお爺ちゃんじゃん!それにしては年寄りっぽくないというか若々しいと言うか可愛いと言うか…あ、でも今剣達もああ見えて平安生まれなのか。平安生まれって皆マイペースだよねぇ。やっぱり膝丸のお兄さんも似た感じなの?」

「ああ、兄者は源氏の総領として立派なお方ではあるのだが少し大雑把すぎる所があってな…。俺の名を忘れてしまってなかなか名を呼んでもらえんのだ…」

「げぇーっなにそれ緩すぎでしょお兄さん!いくら大雑把でも弟の名前は忘れないでしょ!?」

「ち、違うぞ!俺と兄者は何度も名を変えてきたので兄者も混乱されているんだ!兄者は与えられた名などに執着しない懐の大きなお方だからな…」

「それでもよっぽどのことがない限り片割れの弟の名前は忘れないと思うよ」

「うっ…兄者ぁ…」

「あっ嘘でしょ泣かせちゃった!?わーーごめんごめん!!」

「入るぜ〜姉御。燭台切の旦那が茶に合う菓子を……っておいおい姉御、いくらなんでも泣かせるのはやりすぎなんじゃないか?」

「誤解ーーっ!誤解だからね薬研くん!あ〜もうほらほら泣き止んで膝丸!膝丸のお兄ちゃんが良い刀ってことはよく分かったよ!意地悪な事言ってごめんね!」

「あっ、兄者は本当に素晴らしいお方なのだぞ…」

「そうだねー源氏の重宝なんて兄者は強くてかっこいい刀なんだね。勿論膝丸もかっこいいよ〜よしよし」

「なっ…!」


垂れ下がった膝丸の頭をポンポンと撫でれば驚いた表情でわなわなと震える。
泣き止んだ事にホッとしてすかさず薬研が持ってきてくれたお茶とお菓子をちゃぶ台に並べる。ついでに駄菓子を貪り食いながら様子を覗きに来た弟をとっ捕まえて座らせれば軽く修羅場だった私の心も落ち着き和やかな雰囲気へと一転した。
膝丸を泣かせてしまった時はかなり焦ったけどなんやかんやで膝丸とのわだかまりも有耶無耶になったので良かった良かった。
光忠お手製の美味しいクッキーに舌鼓を打っていると同じくクッキーの美味しさに感動したらしい膝丸が目を瞬かせていたので「これすっごく美味しいねぇ」と声を掛けると驚いたようにピャッっと肩を震わせた後にそっぽを向いて小さく「あぁ」と呟いた。
こりゃ彼と仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。



2019.7.31


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