居酒屋にて


「というわけでさぁ〜〜ほんっと最悪だよあの男!!自分が浮気したくせに離婚はしないって子供みたいに駄々こねて阿呆らしい!!挙句の上にヤンデレ化して一緒に死のうとか言って家に放火だよ!?知り合いの弁護士使って即離婚したったわ!!」

「おおお…泥沼だなそりゃ…。まさか都会に嫁に行ったお前がそんな昼ドラみたいな経験してるとは思わなかったぜ」


ダン、とジョッキをテーブルに叩きつければ呆れたような憐れむような表情の烏養が苦笑いを浮かべた。
ここまでうだうだと愚痴を言って来たが他人に聞いてもらったお蔭か随分気が晴れた。やたらビールが美味く感じる。


「まぁ私だって想像してなかったわ。まぁ慰謝料たんまりぶんだくって火災保険やらなんやらで焼け太りしたんだけどね。今貯金通帳の額すごい事なってる」

「やべーなそりゃ。今日お前の勘定持ちな」

「おう今日は幾らでも奢ったらぁ。しっかし出戻りとはなぁ〜。ご近所さんの目が痛いよ。この歳でバツイチ独身って…」

「ちゃんと説明すりゃ分かってもらえんだろ。まだ若いんだし望みは捨てんなって」

「まだ若いつってももう26だべ?現実を見ろ繋心。もう私達は二十代後半だ」

「傷口抉んのやめろ。ただでさえ家では結婚しろって煩く言われてるっつーのに」

「おばさんだって孫の顔見たいんだよ。いっその事私と結婚するか」

「死んでも嫌だ」

「気が合うな〜私もアンタとは嫌だ」


小中高と同じ学校に通っていた烏養とは所謂幼馴染というやつで、都会に嫁に行った私が離婚して戻ってきたと聞くなり飲みに行くかと誘ってくれるわりと良い奴だ。
都会の大学に進学してそこで出会った人と卒業と共に結婚、子どもはまだ居なかったけどそれなりに幸せな人生を歩んでいたはずだったんだけど……相手の浮気発覚からものの数ヶ月で実家に出戻りに至った。
まぁ幸い浮気が分かった瞬間に相手への気持ちも冷めてしまったので今更未練だの後悔なんてものは無いのが救いか。


「けどお前これからどーすんだ?」

「んー…まぁぼちぼち就職先みつけようかなぁとは思ってる。こんな田舎で簡単に見つからないだろうからしばらくはバイトして生活費稼ごうかな」

「たんまりある貯金は使わねえのかよ」

「この先一人で生きていく事になったらもっとお金かかるじゃん。使わずに取っとくの」

「へー…再婚する気はねえってか?」

「あんなバイオレンスな事があった後じゃ再婚なんて考えられんね」

「そりゃそうか。まぁ今日は飲め!!じゃんじゃん飲んで面倒な事は忘れるこった!!」

「おうよ!!お兄さーん!!ビールピッチャーで持ってきて!!あと霧島の黒ね!!ボトル入れちゃう!!」

「ええ〜大丈夫なんですか〜?坂ノ下のお兄さんとそこのお姉さん車で来てませんでした?」

「帰りは迎え寄越すからいいんだよ!!おらさっさと酒持って来ねえと酒豪の姐さんが暴れんぞ!!」

「今日は朝まで飲むぞぉおおおお!!」


まぁそれからは飲んだ。酒を浴びるように飲んだ。実際浴びていたのかもしれないけどそんなことも気にならないくらい酔っ払っていた。
そのうち眠気が襲ってきて酒瓶の転がる座敷に横になると一瞬で夢の世界へ旅立ってしまったのだ。
そして目が冷めたら私は知らない男の人の膝で寝ていた。


「って、えええぇえええ!?」

「うわっ、いきなり起きるとやばいんじゃ…」

「いだっ!!な、んこれ…あたま痛い…」

「やっぱりか…まぁそのまま寝てて良いから。今店員にあいつを車に運んでもらってるし」

「え…あの…えーっと…私どうなっちゃったんでしょうか……」

「あー…俺の聞いた話だと二人でピッチャーでビール5杯とボトル三本開けた所で暴れ始めたかと思ったら二人が突然倒れて眠ってしまったってとこだな」

「う、うわぁあああ…なんとお詫びを言ったら良いか…」

「まぁ気持ちは分かるけどそんなに落ち込まなくて良いって」


あまりの情けなさと恥ずかしさに両手で顔を覆った。
どうやらこの男性は烏養の知り合いの人らしく、この真夜中に寝ていたところを迎えに来いと彼から電話で呼び出されたらしい。なんとも菩薩のような人だ。
見たところ歳は私とあまり代わらなさそうだけど…見ず知らずの人に迷惑を掛けて膝枕までさせてしまうだなんて……!!


「嶋田さ〜ん烏養さん運び終わりました!」

「おお、わりーな!じゃあ俺らも行くか。立てそうか?」

「はい、だいじょ…うぷっ…」

「っと!やっぱ無理か〜。肩貸すから俺にもたれかかってて良いよ」

「ご、ごめんなさい…ほんっと重ね重ね…」

「良いって良いって!役得だしな!苗字さんの家は鵜飼の家の近くで大丈夫?」

「はい、そうです…」

「んじゃ近くになったら道案内頼むね。あ、もし吐きそうだったらこれ使ってくれて良いよ」

「へ、へい…」

「し、しま…俺にも袋くれ…」

「ゲッ!!間違ってもシートに吐くなよお前!?」


眼鏡の男性に体を預け助手席に座らせてもらう。ご丁寧に袋まで手渡されこれじゃあ介抱を通り越して介護だ。今なら恥ずかしすぎて死ねる。

ゆっくり動き出した車は見慣れた懐かしい街を走ってゆく。
ボリュームの下げられたラジオからは昔流行った曲が流れて、なんとも心地良い。
ゆっくりと落ちてくる瞼に寝ちゃダメだ寝ちゃダメだとどこかのアニメの台詞のように何度も心の中で繰り返したけどアルコールの入った体はそう簡単に言う事を聞かず、そのまま私は再び眠りについてしまったのだった。


2014.07.08
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