高1冬




「あら名前ちゃん!あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございまーす!」

「おめでとうございます」

「おめでとう名前ちゃん。こっちにきてお節でも食べないかい?」

「いただきまーす!あ、なんだ緒方さんも居たんだ」

「なんだとはなんだ。そんな口の効き方してるやつにはお年玉は無しだな」

「えっ!ちょっ、ごめんなさい緒方さーん!緒方さんもあけましておめでとうございます!」

「おめでとう。はいお年玉」

「やったー!」

「私からも」

「おじさんもいつもありがとうー!」

「はい、僕からも」

「わー…ってアキラ君も!?」

「うん。だって僕はもうプロとして働いてるわけだし…実は一度やってみたかったんだよね」

「うわー…同い年からお年玉を貰う日がこようとは…有難くいただきます…」


正月間にここに来ると門下生の皆さんがお年玉をくれるので貧乏高校生としてはとても有難いわけだけどまさかアキラ君からも貰う日がこようとはなぁ…。
三人から有難くお年玉を受け取り机の隅に置きテーブルの上の豪華なおせち料理に舌鼓を打つ。
おばさんの料理は最高だ!
おじさんと緒方さんはお互いにお酒を注ぎ合いながら和やかに話していて私達もジュースで癪をし合った。これも毎年の恒例。


「こんにちはー!あけましておめでとうございます!」

「葦原さん!おめでとうございます!」

「おっ名前ちゃんも来てたのか!しばらく会ってなかったけど益々可愛くなったね〜」

「おめでとう葦原」

「あ…お、緒方さんも来てたんですね…」

「きてちゃ悪いか?」

「い、いえ…あ、あーそうだ!名前ちゃんとアキラにお年玉やんないと!」

「え…僕はいいですよ葦原さん。もう働いてるんだし…

「ダメダメ〜!働いてるって言ったってアキラはまだ子供なんだからさ!はい二人とも」

「ありがとう葦原さん!」

「ありがとうございます」

「今度三人で寿司でも食べに行こうか。奢ってやるからさ!」

「やった!葦原さん大好き!」

「おいおい、俺が奢ってやってもそんな事言わないくせに…葦原の寿司なんてどうせ回ってるやつだぜ」

「ひ、酷いな緒方さん〜…回転寿司だって美味い店はありますよ!」

「本マグロの中落ちがあるお店にしてね」

「僕は美味しいウニが良いな」

「ちょっとは容赦してくれよ〜二人とも!」

「あらあら、大変ねえ葦原さん」

「はっはっは!」


葦原さんが焦る様子に皆が笑って、あのおじさんでさえも珍しく声をあげて笑った。
お正月からこんなに笑いに溢れてるなんてなんだか幸先良いなぁ。


「そうだ名前ちゃん、折角のお正月なんだしお着物でも着ない?」

「着物?」

「ええ。名前ちゃんも大きくなったし私が若い頃の着物もちょうどサイズが合うと思うの。ね?そうしましょうよ」

「え、ちょっおばさーん!?」

「少し強引ですね、母さん」

「ずっと昔から名前ちゃんが大きくなったら自分の振袖を着せたいと言っていたからなあ」

「名前ちゃんの振袖姿か〜…すっごく綺麗なんだろうなぁ…」

「鼻の下伸ばすんじゃない葦原」

「の、伸ばしてませんよ!」


やや強引におばさんに手を引かれ別室に連れていかれたかと思えばあれよあれよと慣れた手つきで振袖を着つけられていった。


「これっておばさんが若い頃に着てたものなの?」

「ええ。父から贈られた成人式の振袖よ」

「そんな大事なもの私が着ちゃってもいいの?」

「勿論よ。本当は娘が居たら良かったんだけどうちはアキラさんしかいないし…ずっと締まっておくより名前ちゃんに着てもらった方が着物も喜ぶわ」

「そっか…こんな綺麗な振袖、私に似合うのかな…」

「きっと似合うわ」


襟を帯を巻きつけて…どんどん形になって鮮やかな色と浮かび上がるような柄模様の振り袖に包まれてゆく。
神も結い上げてこっちは控えめな花飾りを差せばおばさんはじっと私を見つめて「綺麗よ」と笑った。


「ほ、ほんとに!?変じゃない?」

「とっても素敵よ!ほら、鏡をごらんなさいな」

「わ〜…!すごい!でも振袖が綺麗すぎて顔が負けてる!?」

「そうだったわね、お化粧もしましょうか。ふふふ、名前ちゃんがこんなに綺麗になっちゃって皆驚くわね」

「そうかな…綺麗って言ってくれるかな…」

「…名前ちゃん最近益々綺麗になったもの。恋をしたのね」

「こ、恋!?」

「見ていれば分かるわ。相手は…残念だけどアキラさんじゃなさそうね」

「アキラ君は友達だし…」

「じゃあ緒方さんね」

「えっ、なんで緒方さん!?」

「だって名前ちゃんは昔から緒方さんが大好きでしたもの。さっき居間で緒方さんを見ている名前ちゃんの目を見ていてわかったわ」

「緒方さんに恋……ま、まさかぁ〜!だって意地悪だしそっけないし全然私の好みじゃない!私の初恋はおじさんだよ?」

「うふふ、そうね」

「いつもデコピンしてくるし寒い癖にスカート短くするなとか分からん棒な事言うし髪型崩れるから頭ぐしゃぐしゃにしないでって言うのにいつも乱暴に撫でてくるしこの間も困ってるところを、助けてくれて……私に悩み事があるなら聞くぞって、時々優しくて……」

「……」

「…緒方さん、彼女居るんだって」

「そう…」

「それ聞いて私なんだか嫌な気分になっちゃって…緒方さんが知らない女の人の物になっちゃうのかなって思うともやもやとして…」

「名前ちゃん…」

「……私、緒方さんの事好きだったんだ…」

「そうね。とても素晴らしい事だわね」

「…うん」


でも…切ないね、おばさん。
初めて知った感情はそれ以上口から出ることは無く私の胸の奥へと広がって行った。



「じゃーん!どうかな?」

「うわっ!名前ちゃん!?見違えるようだな〜!」

「すっごく綺麗だよ名前ちゃん!母さんの振り袖もとっても鮮やかで綺麗ですね」

「うふふ、大事にしまっておいて良かったわ。ねえあなた」

「ああ。名前ちゃんの振り袖姿を見れるのはもう少し先かと思っていたがこんなに早く見られるとはね。これは正月から縁起が良い」

「おじさんそれは褒めすぎ!あ…緒方さん、どう?綺麗でしょ〜」


私をじっと見つめたままで何も言ってくれなかった緒方さんに少しぎこちなく袖を広げて見せる。
お猪口を持ったままだった右手がピクリと動けば、私の心臓もドクンと大きく音を立てた。


「ああ、綺麗だ…」


更に大きく跳ねる心臓に呼吸が短くなる。
一度緒方さんが好きだと自覚してしまえば妙に意識してしまって前の様に自然に笑えているのかさえ分からない。
お、落ち着け私…!自然に笑って、お礼を言って、


「あ、ありが、」

「ほんとに綺麗な振袖だな。絶対に汚したりするんじゃないぞ」

「……って振袖の事かい!!」

「ははは、まぁ馬子にも衣装ってところだな」

「キーッ!緒方さんの馬鹿!!」

「ほんとに綺麗だよ名前ちゃん!僕もいつかこんな綺麗な人を奥さんにしたいな〜なんつって」

「お父さんに勝てないと名前ちゃんは貰えませんよ葦原さん」

「そうだなぁ。私に勝てるくらいでないと名前ちゃんをやることはできないね」

「そんな〜!一生無理じゃないですか!」

「あはは」

「名前、こっちに座って酌しろ」

「はーい」


緒方さんに促され隣に座りお猪口にお酒を注ぐ。
それからも続々と門下の皆さんや囲碁関係の皆さんがおじさんに挨拶にいらして軽く賑わって行った。
一方緒方さんはと言うと挨拶もそこそこにぐいぐいとお酒を飲んでは私に注がせてを繰り返し、時間がたつにつれだんだん目が座ってきた…。


「緒方さん、もうやめた方が良いんじゃない?」

「あ?別に酔っちゃいないさ」

「いや完全に目座ってるし!あんまり飲むと明日辛いよ!」

「いいんだよどうせ明日は暇だし…お、そうだ…明日どこか連れてってやろうか?服でもなんでも買ってやるよ」

「ほんと!?やったー!緒方さん太っ腹!」

「…ははっ、やっぱりお前はそうやって笑ってる方が良いな…」

「どゆこと?」

「そんな綺麗な格好してたってお前は俺の可愛い名前ちゃんだって事さ…」

「あ、まーた子ども扱いしてるでしょ。私もう高校生なんですけど」

「してねえよ」


ふっと肩に何かが触れて、私の体を揺らした。
視線を隣に向ければ私にもたれ掛っている緒方さんの顔が至近距離にあり余りの衝撃に心臓がバクバクと音を立てる。


「お、緒方さん?」

「…ん…ああ」

「ああじゃなくて…」

「……ほんとに綺麗になったな…」

「うぇっ」

「あんまり急いで成長するなよ…」

「そ、そんな事言われても…」

「……どうしたもんかな…」

「え、ええ〜…」

「……」

「あ、寝ちゃった…」


私の肩に頭を置きスースーと眠ってしまった緒方さん…って、いったいなんだったんださっきの…。


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