19

「及川君…えっと、今日部活見に行ってもいい?」

「え……」

「あ、ダメだったらいいんだよ!!気が散るとかなら絶対行かないようにすr「ダメなんて言ってないっ!!絶対来て!!益々俺やる気出るからさ!!」…お、おおう…」

「絶対だからね!直前になってやっぱり無しとか禁止だよ!」

「そ、そんな事言うわけないってば。じゃあ今日の放課後覗かせてもらうね」



な〜なんて言ったのは自分なんだけどさ…。


「キャー!及川さ〜ん!!」

「今日も頑張ってくださーい!!」


は、入りづらい…!!
体育館まで来たのは良いけど部員の熱気と女の子達のすごさに圧倒されてしまった…。
知り合いでも居ればいいんだけどなぁ…。えーっと、見学はどこですればいいんだろう…。


「あれ、苗字じゃん」

「松川君んんん!!神が舞い降りた!!」

「突然どうしたのお前…」

「いやぁ、見学に来たんだけどなんか色々と圧倒されちゃって…すごいね、バレー部」

「まぁ全国目指してるしな」

「ごめんね、大事な時に…」

「大丈夫、ギャラリーには慣れてっし。それにお前が来たら及川のやる気も益々上がるだろうから俺らも万々歳だわ」

「お、お役に立てて嬉しいです…?」

「なんで疑問形?まぁとにかく上の観客席に上がってろよ〜。下は流れ玉とかあぶねえから」

「はーい」


松川君に会えてよかった〜!彼の指示通り体育館脇の階段を上りギャラリー席へと移動すれば見学をしている女の子達の姿があった。
どこから声がするんだろうと思ってたらこんな所に居たのか…。
それにしてもすごいなぁバレー部…。熱気というかメラメラした闘争心がこっちにまで伝わって来る。
私はバレーにあんまり詳しくないけど、青城は強豪校らしいし強い選手ばかり集まっているんだろう。
そういえば若利くんもバレーの強い学校に通ってるんだよね…中学から付属に入ってるし、そこそこ強いんだろうけどレギュラー入りとかできてるんだろうか…。
小学生の時お前の声が煩くて集中できないからバレーしてる時に近寄るなって言われてから自棄になっちゃって試合もあれ以来見てないんだよね…。
もしかしたら及川君と若利君が戦うようなこともあるのかもしれないな。


「あれぇ、苗字さんだ!」

「ほんとだ!苗字さーん!」

「あ…あの時の及川君ファンの…!」

「こんにちは〜!やっと見に来たんですね苗字さん!私らずっと待ってたんですよ!」

「ほんと!なかなか来なくてやきもきしてたんですから!」

「ええええ…」


突然名前を呼ばれたかと思えば先日の及川君ファンの子たちが駆け寄って来てびっくりした。
どうやら私がなかなか及川君の練習を見に来ないのでやきもきさせてしまったらしい…どこまでも及川君の事を大事に思ってる優しい子達だなぁ…。


「ご、ごめんね…なかなか勇気が無くて…邪魔になるといけないしなぁって思ってたり…」

「大丈夫ですよ〜、及川さんバレーしてる時は集中力凄いから。あ、でも苗字さんの声ならちゃんと届くかもしれないですね」

「でも練習が始まったら声かけ禁止ですよ!試合中は大丈夫ですけど!これ観客としてのマナーです!」

「お、おお…勉強になります…!」

「苗字さんはバレーしてる時の及川さん見た事あるんですか?」

「それが全く…だから楽しみにしてるんだ」

「かっこいいですよ、バレーしてる及川さん」


そう語る少女の瞳はとても澄んでいて、ああ…本当に大事に想われてるんだなぁ、及川君。
なんだか嬉しさと申し訳なさで胸が苦しくなった。

ピッ、と笛の音が鳴り、コートではバラバラだった部員たちが監督の周りに集まり始める。
どうやら試合形式の練習をするらしく、及川君は周りに指示を出しながらチームメイトへ声をかけている。
…なんか不思議だなぁ、及川君がちゃんと主将やってる…って、こは失礼か。
でも普段と違った姿になんとなく頬が緩む。
そんな私の視線を感じ取ったのか、ふと及川君がこちらを見上げて少し驚いたような顔をした。
本気で私が直前になって逃げ出すとでも思ってたのかな。失礼な!…まぁ帰りたいとは思ってたけども。
邪魔になるかな、と思いつつ恐る恐るちいさく手を振ればふっと力が抜けたような表情で笑みを返される。うん、あれはいつもの及川君だ。


「苗字さん、及川さんのサーブですよ。瞬きしないでちゃんと見ててくださいね」

「うん」


及川君がラインの外に立ち、ボールをくるくると回して目の前に持ち上げ目を閉じる。
そっと開いた瞳に思わず体が硬直した。その飢えるような闘争心に肌がびりびりと際立つのが分かった。
大きく腕を振り上げ撃たれたボールは高く弧を描き相手コートに勢いよく落ちていく。

目が、離せなかった。

落ちた瞬間にまるで子供のような笑顔で仲間と笑いあい、もう一本!とボールを手に取り走り出す。

あれが及川君のバレー…。


「苗字さん、どうですか〜?及川さんかっこいいでしょ」

「……え……なんていうか…綺麗…」

「ええ〜?かっこいいじゃなくて?」

「え、えっと…」

「あ!サーブレシーブ!及川さんのセッター技ちゃんと見てくださいよ苗字さん!」

「え?せ、セッター?え?」

「も〜!ほらあそこでスパイカーにトス上げるんですよ!」

「へ、へぇえ〜〜…」


決して初めて見るわけじゃないバレーの試合だけど、及川君がいるだけで全部違って見てくる。
バレーをしている時の彼は普段より表情も豊かで、全身の力をふりしぼってバレーに挑んでいるだという事が強く伝わって来た。

…きっと、数え切れないほどの努力をして今の彼があるんだろう。
及川君がすごいと言われる理由が今やっと分かった気がする。
及川君が本気でバレーをしているからこそ、皆彼に惹かれるんだ…。







「苗字さんっ!」

「あ、お疲れ様及川君…。ごめんね、疲れてるのに」

「ううん…折角最後まで見てくれたんだし…。お、俺も一緒に帰りたいと思ってたから…」

「じゃあ今日は自転車だから駅まで送るね」

「…なんか立場が逆な気がするんだけど…まぁしょうがないか」

「あ、鞄自転車の籠に入れてくれて良いよ」

「え…!?ダメ!これ重いから!!」

「いいから、乗せてください。ほらほら」

「……な、なんか今日の苗字さん強引だね…」


もうすっかり空には星が輝き、校門から見える学校も職員室と体育館に電気が灯っているだけで辺りは真っ暗だ。
及川君の鞄を自転車の籠に詰め、自分が自転車を押すからと言う及川君を半ば無理矢理拒否して並んで帰り道を歩く。
前に及川君とここに歩いた時とは違い、今日は雨も降っていないし星も綺麗だ。


「今日はいつもより気合入っちゃってさ、岩ちゃんにテンション高くてうぜぇって怒られちゃったよ」

「岩泉君は部活中でも相変わらずだったね。あと国見君も!相変わらず眠そうで笑っちゃったよ」

「国見ちゃんはだいたいいつもあんな感じだしね。あ、国見ちゃんと一緒に居た背の高い子見た?」

「背の高い……あのとんがり頭の子?」

「そ!らっきょヘアーの!金田一って言ってあいつも同じ中学の後輩なんだ〜」

「らっきょう!?た、確かに言われてみれば…私はベジータみたいな髪型だなって思ってた…」

「ぶはっ!ベジータって!!ちょっ、的確すぎっ!!お腹痛い!!」

「あ、ごっごめん……そんなに面白がられるとは思ってなくて…」


よっぽどツボに入ったのかお腹を抱えて立ち止まる及川君。
そ、そんなに面白かったですか…ちょっとその金田一君に申し訳なくなってきたよ…。
心の中でとんがり頭の彼に謝りつつ、息を整えた及川君と再び歩き始める。
心なしか、前より歩くペースが遅い気がする。


「ふぅ…それで、初めてバレー部の見学した感想はどう?」

「えっと…私語彙力がないから上手く言えないんだけど…こう…、もの凄かった…!」

「もの凄かった…?」

「当たり前なんだけど皆本気でバレーをしてるのがひしひし伝わってきて…ほんと上手く言葉に言い表せないんだけど…感動したって言うのかな…」

「へぇ〜……ねえ、俺の姿はどうだった?」

「……及川君は」

「……」

「えっと…ごめんね、私ほんとに語彙力ないから気のきいた言い方もできないんだけど…。最初に及川君のサーブ見た瞬間、体が硬直するくらい見入ちゃってね。バレーしてる時の及川君の目がいつもと違って驚いた。これまで沢山努力してきたのが伝わってきたよ。きっと勝つことだけを信じて突き進んできたんだなって」


すごくに綺麗で、それでいて、かっこよかった。


本当に単純に思ったままを口に出したはずなのに、言葉にするとどうしても感動を上手く言い表せないな。
しかも自分で言っておいて恥ずかしい…。
及川君からの反応もかえってこないし、もしかして気に障る事言っちゃったんだろうかと隣に視線を送ればそこに彼の姿は無かった。
慌てて振り返れば数メートル後ろで立ちすくんでいる及川君の姿に目を見開く。
夜の暗闇の中、街灯に薄ぼんやりと照らされた彼の顔は離れた場所でもはっきりと分かる程、真っ赤に染まっていた。


「お、及川君…」

「…うう…見ないで…」

「えっと…ちょっと待って」


その場に蹲ってしまった及川君に慌てて自転車を停めて駆け寄る。
どうしたらいいのか分からず同じようにしゃがんで彼の顔を覗きこめば真っ赤な顔で瞳にうっすら涙を浮かべた及川君が私を睨みつける。


「ほんっと苗字さんってズルいよね…。俺が好きな人にべた褒めされても平気な顔してると思った?」

「え、えっと…ごめん……思ってた…慣れてるのかなと…」

「苗字さんは別だよ。たぶん他の誰に言われるより嬉しい…」

「いや、でもほんとに感動したんだよ私…及川君がバレーしてる所もっと見たいって思ったし…」

「……ほんと俺爆発しちゃうからそれ以上はやめて…」

「は、はい…」


…及川君、ストレートに褒められると弱いんだね。
こうしてまた私の知らなかった及川君の事を少しずつ知っていく事が嬉しいと感じてしまう。
耳まで真っ赤に染まっている及川君が可愛くて頬が緩んでる私は今バカ丸出しの顔をしてるんだろな。


「……っはぁ〜…」

「あの、大丈夫ですか…」

「大丈夫じゃないよまったくもう!ほら帰るよ!遅くなるとお家の人心配するからさ!」

「うっ、うん!」




2015.1.24



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