重なる寝息と後片付け
 夜も更けた頃、打ち合わせが終わり疲労困憊で帰宅すると広間のソファで家主が転がっていた。あまりにも珍しい状況に出くわした僕は、彼の上に友人が乗せられていることに気付く。まあ、僕にとっては友人だけれど、彼にとっては恋人だ。
「どんな状況だ、これ」
 僕が思わず声を発しても、二人からの反応は当然ない。二人分の微かな寝息は、静まり返った広間に思いの外響いている。
 そう、どうやら二人とも爆睡しているらしいのだ。テーブルの上には空のグラスが二つとまだ微妙に中身が残っている酒瓶があり、晩酌をしていたのが手に取るようにわかる。この二人が宅飲みなんて意外だな、今まで彼らのそういう場面は見たことがなかった。
 起こさないようにできるだけ静かに近寄り、酒瓶を回収する。炭酸のリンゴ酒をこんな風に置いていたら、翌日には美味しさのかけらもない液体になってしまうだろう。これは勿体無いので僕が処理をしてやることにする。つまみは……んん、菓子しかないな。甘い酒に甘いつまみなんて、甘党の彼女らしいというかなんというか。アルハイゼンがそれに付き合っていることは、気取っていてなんだかムカつくけれど。
「んん……」
「!」
 くぐもった小さな声。起こしてしまったかと慌ててソファに視線を向ければ、アルハイゼンの上で熟睡している彼女が身じろぎしただけらしい。随分と幸せそうな彼女の寝顔が目に入り、僕は思わず笑ってしまった。
 なんだって、こんな微笑ましい絵面になっているんだか。未だに彼女の恋人の座にアルハイゼンが居座っていることには納得がいかないが、最近ではむしろ彼以外の男が彼女の恋人になる方があり得ないと思うようになっていた。というのも、この友人があまりにもアルハイゼンのことを好きすぎるからだ。
 交際を始める前の彼女は口を開けば自身の研究の話をするか、なにか悩みはないかと聞いてくるような生粋の心理学者だった。それなのに今じゃ、事あるごとにアルハイゼンの話を挟んでくる。それだけ彼女の中でアルハイゼンの存在は大きくなってしまったのだろう、だからこそ彼以外にはあり得ない。悔しいが、認めるしかないんだろうな。

 テーブルの上のグラスを片付け、それからアルハイゼンの部屋に勝手に入って淡い緑のブランケットを拝借する。これは確か彼女のために買っていたやつのはずだ。奴の衣類を洗濯してやった際にこれも頼まれて、珍しく惚気られた覚えがある。やっぱりなんかムカつくな。そんな彼女専用ブランケットを、二人が起きないよう気をつけながら掛けてやる。あのまま寝かせて彼女が風邪を引いたら困るだろうし、これは友人である彼女への気遣いだ。ついでに未開封の酒を一本くすねてしまおう、片付けてやった報酬代わりだから文句は言わせないぞ。
 
 いやあ、僕ってなんて優しいんだろうな! おやすみ!
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