なんでもない日に飲む話
「わあ」
 入って早々思わず間抜けな声が出るほどに、目の前に置かれたものに唖然としていた。ここは通い慣れたアルハイゼンさんのおうちの玄関で、眼前に見えるのは三段に積まれた木箱が四セット。私の身長でなんとか中が覗けるくらいかな。その木箱の中は、なんと大量の酒瓶だ。
「え、これ全部?」
「まとめ買いを定期的にする程度だ」
「まとめ買いで……これですかあ……」
 自宅かつ今日が休日だからなのか、普段と違ってずいぶんとラフな格好をしたアルハイゼンさんは、玄関で呆然としているわたしを見て少し笑っている。わたしの間抜けな顔、そんなに面白いかなあ?
 そういえばこの人も、わたしやカーヴェくんと同じように勤務後は酒場に寄るタイプの人だったなあ。今まであまり見たことはなかったけど、がっつり宅飲みもするのか。お付き合いを始めてからもうそれなりに長い時間が経っているけど、実はわたしたちはお酒を飲み交わしたことが今までに一度もない。お互いにアルコールは好きだというのに、なぜかその考えには至らなかったのだ。ふしぎ。

 木箱の中の酒瓶を覗き込むと、結構辛めのお酒が多い気がする。いや、果実系のリキュールや他国のお酒もあるから色々と取り寄せたりしているのかな。ということは、気分でなんでも飲むのかな。いい嗜み方だなあ。
「君も飲む方だったな」
「好きですよ! でも酔うほど飲むことはあまりないですね」
「そうなのか」
「ほら、よく飲む友人が悪酔いしやすいので……」
 酔っ払って絡み酒をしがちな友人の顔を浮かべれば、同じ顔を浮かべたであろうアルハイゼンさんは露骨に嫌そうな顔をしている。わたしの交友関係の都合上どうしても挙げやすい人なので申し訳ないけれど、彼がこうして拗ねるのを可愛いって思うのは許して欲しいな。

 わたしも普段はある程度の量は飲むけれど、あまり酔ったという感覚にはならない。自分の体質もあるかもしれないけれど、そこまで飲まない理由は大体カーヴェくんが酔いつぶれてしまうからだ。そういえばどうして彼とよく酒場で飲むようになったんだっけな、何年も前のことだからきっかけはあんまり覚えてないや。酔いが回って愚痴大会に発展する彼の悩みを聞いたり、酔い潰れた彼をランバドさんに報告して面倒を見てもらったり、まあそういった役目は大体いつもわたしだった。それを苦と思ったことは一切ないのだけれど、カーヴェくんが心配なのでセーブしているのは事実。時々酔い潰れるほどに飲むカーヴェくんを、羨ましいと思ったこともなくはない。
「何か開けるか」
「えっいいんですか?」
「たまにはいいだろう」
 真ん中一番上の木箱に手をかけながら、アルハイゼンさんに「どれがいい?」と聞かれ、もう一度木箱を覗き込む。せっかくだから飲んだことのないものを選んでみようかな。わたしはいつも炭酸の効いた辛めの麦酒ばかり選びがちだから、甘いお酒とか試してみたいな。甘いものはないかなあと酒瓶を眺め手に取ったりしていると、中々見慣れないものと目が合って思わず変な声が出そうになってしまった。酒瓶の中で、蛇が浸かっている!
「へびだ……!」
「ん? ああ、冷浸蛇酒か」
「現物を見たのは初めてです……え、これもきみが飲むんですか?」
 恐る恐る聞いてみると、アルハイゼンさんは返事の代わりに微笑んでいる。この冷浸蛇酒はスメールの地酒ではあるけれど、彼がこのお酒を飲むのはあまり想像できないなあ。とはいえわたしは割と、こいつが気になっている。
「興味があるなら開けてもいいが」
「めちゃくちゃありますけど今日は甘いお酒の気分です! おすすめあります?」
「ふむ。ならモンドのリンゴ酒はどうかな」
「りんご!」
 風の国モンドのリンゴ酒といえば、凍ることのないシードル湖の澄み渡った甘い水で作られたお酒だ。わたしは炭酸飲料が好きなので、そのチョイスは嬉しいかもしれない。アルハイゼンさんがリンゴ酒と他数本のお酒を木箱から取り出し、それから二人で広間のテーブルへ。ちょうど良さそうなおつまみも出してもらい、グラスをふたつ並べてわたしたちは乾杯をした。
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