柔らかな魅惑の
 呼吸のたびに上下するその様を眺め、自分の中にある強力な好奇心が沸々と湧き上がるのを感じていた。わたしがじっと見つめていたところで反応のない彼は当然まだ眠っている。いつもわたしの方が早く起きてしまうのだけれど、彼はそもそも眠るのが案外好きらしい。よく仮眠を取ってたりもするもんなあ。いつも何かを考えている人だから、脳を休ませる時間が必要なのかもしれない。
 で、何に対して好奇心が湧いているのかというと。
 
「おっきいなあ……」
 先程からゆっくりと上下している、彼の胸筋である。

 アルハイゼンさんはとても体格がいい。文弱を自称していたなんて噂があったけど絶対に嘘だ。いや、本人は本気でそう思ってる可能性が若干あるけど。鍛えていないと付かない筋肉がしっかりあるからやっぱりすごい。でもいつ運動なんかしてるんだろうな、あまり彼は努力している姿を見せてくれないのだ。
 そんなアルハイゼンさんの胸筋、睡眠時の脱力した状態ではなんというか、とても柔らかそうに見える。実際のところ筋肉だから力を込めなければ柔らかいのだけれど、それでまあ、この立派な大きさなのである。
「……」
 正直に言おう、ものすごく触りたい。今までに触れたことがないわけではないけれど、そういう意味ではない。乳腺と結合組織及び脂肪組織で出来たこの塊とは違うのだ、知的好奇心の一環でしっかりと触って感触を確かめてみたい。別に頼めば触らせてくれそうな気はするけれど、睡眠状態により完全に脱力している今がチャンスだと思う。
「……失礼しま〜す」
 己の上体を起こし、彼の胸元にそっと手を添える。起きる気配はなさそう。少し力を込めて指をめり込ませてみると、想像してた通りに柔らかい。ううん、思ったよりもだ。女性のそれに比べればやはり筋肉らしい弾力感はあるけれど、この状態で触れている分にはかなり柔らかさを感じる。
「わあ〜」
 なんだか面白くなってしまったわたしは、つい調子に乗ってその柔らかさと弾力感をを確かめるようにむにむにと彼の胸筋を揉んでみる。うーん、いい感触だ。先日カーヴェくんたちが言ってた胸派というご意見、なんとなくわかるかもしれない。いやこれはちがうかも?
 
「……楽しいか?」
「わあ!」
 こんなことをしていたら彼が起きてしまうのは当たり前のこと。目が覚めたばかりで重そうな瞼を無理矢理持ち上げたアルハイゼンさんと目が合う。意識もちゃんと覚醒してなさそうだけれど、枕の上に頭が乗ったままの彼は不思議そうに首を傾げていた。
「柔らかそうだったので……つい……」
「まあ、筋肉だからな……」
「あっ! 力入れてみて下さい!」
「……?」
 わたしに言われるがままに胸筋に力を込めてくれるアルハイゼンさん。いくら寝起きだからってそんなに素直すぎると危ないですよ。わたしみたいな好奇心丸出しの怪しい研究者に、身体中のありとあらゆるところをいじられても知りませんからね! というか今いじってますけど!
 ぐっと力が入った胸の筋肉は、先程とは打って変わってとても硬い。結構しっかりと揉んでたはずなのに今は全然そんな感じではないかも。なんというか、こう、弾かれてしまう感じだ。
「かたーい!」
「……君は」
「はい?」
「時々子供のように見えるな」
「お、お姉さんになんてこと言うんですかねこの子は!」
 痛いところを突かれて思わず反発してしまう。わたしはどうしても好奇心に逆らえない性格なんだから仕方ないじゃないか。ついでに胸筋もっと揉んでやろ!
 気付けばまた脱力している彼の胸筋はまた柔らかさを取り戻していた。これ、なんかクセになりそう。
「言っておくがタダじゃないぞ」
「えっ」
「等価交換だ」
「えっ!」
 やけに大人しく触られてくれると思ったら!

 その後はわたしが触り倒した分だけ仕返しをされ……るだけではなく、段々エスカレートしたアルハイゼンさんのせいで朝から無駄に疲労してしまった。毎度のことだけど、好奇心で行動に起こしたらいつも反撃されてる気がする。嫌じゃないからいいけど!
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