さっきから誰かの視線を感じる。どこか物陰に隠れているのか、わたしからは確認できないけれど。たぶん、数人いるのかな。じっと見られている感覚がなんだか落ち着かない。わたしはいつも通り、知恵の殿堂の隅っこで山のようにある本を漁り調べ物をしてるだけなんだけどなあ。
「ここにいたのか」
「あら、アルハイゼンさん」
声をかけられ振り向けば、アルハイゼンさんがこちらに向かって歩いてきた。どうやら彼はそろそろ定時だからと晩ごはんのお誘いに来たらしい。もうそんな時間だったのか、知恵の殿堂の中にいると時間を忘れちゃうなあ。今日はわたしも切り上げて、この後は彼とゆっくりしよう。
そう思い本を閉じ立ち上がったところで、不意にわたしたちの背後から大きな声がした。
「やっと見つけましたよ書記官!」
「わっなに!?」
「……ちっ」
わたし、というよりはアルハイゼンさんの方にぞろぞろと数人の学者たちが集まってきた。先程からずっと感じていた視線の正体は、物陰に隠れていた彼らだったらしい。
みんなはなんだか随分と疲れた顔をしていて、その手には束になった書類が握られていた。
「彼女を見張っていれば会えるという噂は本当だったんですね…!」
「……えっ、あ、そういう?」
学者のひとりの発言に、なぜわたしが監視されていたのかようやく気付く。もしかしてわたし、居場所が分からないことで有名なアルハイゼンさんをおびき出す餌みたいに思われてるんですか?
「早速ですが確認して頂きたい書類が」
「……ふむ、悪いが定時だ。俺たちは上がるからまた後日」
「そ、そんなこと言わずに!」
突き付けられた書類の束を一瞥し、溜息を吐いたアルハイゼンさんは書類ではなくわたしの手を取り歩き出してしまう。行方をくらましていたのにわたしのせいで学者たちに見つかっちゃったのかな。なんだか申し訳ないことをしたような、面倒事から逃げるアルハイゼンさんも悪いような……?
でもしばらくは、知恵の殿堂に入り浸るのはやめてあげようかな。こんなことがしょっちゅうあったらわたしの研究も捗らないや。