男の人って大きい方が好きなんですか?
「……会話、気になっちゃうね!」
「わはは……」
 ランバド酒場の二階は、座った席の位置によっては他の席の死角になるようなレイアウトを取られている。わたしの向かいの席にはニィロウちゃんが座っていた。今日は元々女子会がてら晩ご飯を一緒に食べようとふたりで予定を立てていたのだけれど。
 わたしたちは今、お互いに声を抑えてこそこそ会話しながら、壁の向こうから聞こえる会話にそっと聞き耳を立てている。

「カーヴェ、飲み過ぎだよ」
「いいだろ別に、今夜は僕の奢りなんだから」
「どうしてお前は貯金するという思考に至らないんだ」
「至っていたら破産してないだろう」
「うるさいぞアルハイゼン!」
 
 壁を貫通する勢いで聞こえてくるカーヴェくんの大声と、聞き慣れた他三人の声がわたしたちのところにまで届いてくる。どうらや階段付近の席にいる彼らもここで飲み会をしているらしい。なんかあの中にアルハイゼンさんもいるの、微笑ましくていいなあ。やっばり仲がいいんじゃないか。
「賑やかだね」
「ふふ、そうですね」
 顔を見合わせ、ニィロウちゃんはくすくすと笑った。あの一件のあと、わたしはニィロウちゃんと何度か会う機会があり、今ではこうして二人でご飯を食べる仲にまで進展した。というのも、ニィロウちゃんがわたしとお友達になりたいと素直に言ってくれたからだ。相手が街でも有名な踊り子さんだったから、最初の頃はわたしも少し遠慮がちな態度を取ってしまったのだけれど、気付けばわたしたちはあっという間に仲良くなれた。きっと彼女が素朴で優しい子だったからだろう、彼女はとてもいい子なのだ。
 向こうのみんなにバレたらなんだか気まずいからと、わたしたちはできるだけ静かに食事を楽しんだ。時々変な会話が向こうから聞こえてきては、ニィロウちゃんと目を合わせ、笑いを堪える。なんだかたのしいな、こういうのも。
 そんなふうに気楽に思えていたのも、ここまでだった。

「君たちだってでかいのが好きだろ!?」
 
 突然カーヴェくんの嬉々とした声が聞こえてきた。でかいの、とは。いったい何の話が始まったのだろうと静かに聞き耳を立てていると、次はセノくんが語気を強めて何らかの主張を言い始めた。
 
「そもそも俺は胸より尻派だ」
「は〜わかってないなセノは」
「二人とも飲み過ぎだよ」
「そういうティナリもおっぱいの方が好きだろ? 僕にはわかるぞ、君は絶対こっち側の人間だ」
 
 聞こえてくる単語にわたしは頭を抱える。ちらりと向かいのニィロウちゃんの様子を伺えば、彼女は慌てたような様子で頬を赤らめていた。可愛い反応してるなあ。
 それにしても、なんて愉快でくだらない話をしているんだろう。いくらそれぞれが出来た大人たちでも、お酒の席ともなればああやって紳士たちの会話は怪しくなっていくものなんだろうか。彼らの言う胸と尻、この議題は要するに女体の好みに関してだろう。カーヴェくんは胸の豊かな女性が好ましく、セノくんはどちらかというと尻を重視しているらしい。多分彼のことだから体幹というか、足腰の強さと直結しているような気がする。ティナリくんは返事がないけどどっちなんだろうな。カーヴェくんが言うように大きい方が好きなんだろうか。じゃあ、先程から声が聞こえてこないアルハイゼンさんは。
 
「否定はしないよ? 大は小を兼ねるとも思ってるしね」
「ティナリもそろそろ飲み過ぎだと思うが」
「あ、一人だけ話題から逃げようとしてたのかと思った! ならアルハイゼンは?」
「俺にその手の話題を振るな」
「だめだめ、こいつは彼女がいるんだ、聞いたって面白くもない。どうせ「彼女の身体なら何でもいい」とかスカしたこと言い出すだろ? 惚気話を聞かされるこっちの身にもなってみろ!」
「あ〜ね」
「言えてる」
「君達は俺を何だと思っているんだ」
「「「恋人にしか興味がない男」」」
「……間違ってはいないな」
「でもあの人は極端に小柄だろう、大きさ以前の話じゃないか?」
「俺の恋人を侮辱しているのか?」
「あっはっは、怒ってる」
「まあ確かにあの子はこう……小動物感あるしな……」
「……」
「彼女がゆったりした服装を好み無意識に体型を隠している事に君達は気付いていないのか、憐れだな」
「……へえ?」
「彼女の名誉の為に教えてやるが……君達の想像する以上に、彼女は魅力的な体つきをしている。それに俺は大きさより形を重視しているし、それ以上に大事なのは感度だ。故に俺はどちらかと聞かれれば胸の方だと答える。勿論、彼女に限定した話だが」
「……聞きたくなくなってきたぞ!」
「振ったのは君達だろうが」

 ここまでノンストップで喋り続けている男性陣に、わたしは頭を抱えてしまう。壁の向こうにいるから、彼がどんな表情でこんな話をしているかを確認できないのがもどかしい。そもそもなにを公共の場で話してるんだ!
「……まとめてひっぱたいてきていい?」
「お、抑えて……!」
 羞恥心が爆発しそうなわたしが思わず立ちあがろうとするのをニィロウちゃんが止めてくる。でもこんな、本人がいないはずのところで、わたしの体型の話なんてしなくてもいいじゃないか。ただでさえ自分の身長やスタイルは気にしているのに、アルハイゼンさんはどこをどう見てそんな評価を出しているんだ。一緒に聞いていたニィロウちゃんが、先程からずっとそわそわしているのもなんだか申し訳ない。やっぱりあの人たちの会話を止めに行った方がいいんじゃないだろうか。

「僕は聞いてみたいけどなあ、君の惚気」
「やめとけ、長くなるぞ」
「え、なに、セノは聞いたことあるの?」
「僕は聞きたくないね! 人の友達を誑かしやがって、僕はまだちゃんと許してないぞ!」
「何故君の許可が必要になる?」

 いつの間にか女体の話からわたしの話に変わっている男性陣は止まることを知らないらしい。以前もここで、しかもわたしの目の前でひたすら惚気話を繰り広げたアルハイゼンさんを思い出す。彼はどうしてこう、思ったことをあんなふうに語れてしまうんだろう。言う必要のないことはあまり口に出さない人だと思うんだけどな。彼にとっては言葉にする必要があるってことなのかな、やっぱり照れくさいや。
 向かいの席で微笑んでいるニィロウちゃんに苦笑を向けたところで、次はティナリくんの方からとんでもない爆弾が投下された。
 
「まあそこはどうでもいいから。実際どうなの? あの人が面白い女性なのは昔からよく知ってるけど」
「彼女と知り合ってからの年月でマウントを取らないでくれないか、不愉快だ」
「別に取ってないだろ! 時間換算なら君が一番長いから安心しなよ!」
「どうと言われてもな……何が聞きたい」
「そりゃあ、ねえ」
「この話の流れなら夜の話だろう」
「僕は聞きたくなーい!」
「「カーヴェは黙って」」
「嫌だ……僕の友達がこんな男に誑かされてる話なんて聞きたくない……」
「話せるエピソードは何もないが」
「いや山ほどあるだろ」
「訂正しよう、彼女の可愛さを君達に教えるわけにはいかない。だがまあ、そうだな……彼女の可愛さは男を狂わせる。あそこまでこちらの加虐心を煽る女性はいないと断言しよう」
「だから聞きたくないっていってんだよ!」
「あっはっはっは!」

 ……なんなんだこの会話は。なんなんだこの会話は!
 もしかしてわたしがいないところではいつもこうだったりするんだろうか。それともみんなお酒が入ってるせい? アルハイゼンさんの声色はいつも通りだけど、途中から言ってることが滅茶苦茶だ。
「もう……わたし耐えられない……!」
「あわわわわ」
「ニィロウちゃん、帰りましょう」
「で、でもみんなの前を通るんだよ!?」
「ふふふ、構いませんよ」
 そっと立ち上がったわたしに、ニィロウちゃんも慌てて席を立つ。ここから階段に向かえば間違いなく彼らはわたしたちに気づくだろう。正直なところ怒らない自信がないけれど、彼らはどんな反応をするかな。
 壁の先に目を向けながら歩き出せば、越えたところで四人のうちのひとりとばっちり目が合った。奥の席に座る彼は口を開きかけたところでわたしに気付き、そのまま口を噤んでしまう。珍しくバツの悪そうな表情を浮かべるアルハイゼンさんに、こんな状況でもかわいいと思ってしまうわたしは思ったより彼に絆されているのかもしれないな。それから隣に座るカーヴェくんに目を向ければ、同じようにこちらに気付き目を見開いて唖然としていた。

「公共の場では、話題を選びましょうね」
「「ッ……!?」」

 わたしの咎める声に、ふたつの頭もこちらに振り返った。彼らの目には笑みを浮かべるわたしと、わたしの背後で縮こまって顔を真っ赤にしているニィロウちゃんが映っていることでしょう。
 直後、三人の男の絶妙な叫び声が酒場にこだました。
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