幸福な彼らと不運の星
 手を引かれ、教令院の入口をふたりで通り抜ける。こうして手を繋ぐことすらも本当は恥ずかしいのだけれど、彼はいつもこういう時は離してくれたりはしない。わたしはともかく彼は有名人だ、これでは否応なしに視線を集めてしまう。だから尚更彼と外で恋人らしいことをするのはどれも恥ずかしい。教令院に属する人たちの大半は、もうわたしたちの関係なんて大体知ってしまっているんだろうな。恥ずかしすぎる!

 彼の家は教令院からとても近い。だからこの公開処刑の様な時間はあっという間に過ぎるのだけれど、家に招かれれば次は彼そのものと戦わねばならない。今の私は羞恥心が振り切れているから、耐えられる自信はない。
「……あいつはいないな」
 広間をうろうろしながらカーヴェくんが帰宅した痕跡がないかを確認したり他の部屋にいないか聞き耳を立てたりしていたアルハイゼンさんは、不在が確認できたようですぐに私の手を引いて寝室まで私を連行した。いや、まって、そっちに行くの!?
「晩御飯もまだですけど!」
「ふむ。俺は誰にも邪魔されない場所で君とゆっくり過ごそうと思っただけだが、君は一体何を想像しているんだ?」
「……はっ!」
 これは墓穴を掘ったというやつか。確かにアルハイゼンさんは何も言ってはいない。とはいえ流れるように彼のベッドの上に誘導されたわけだけど、この状況で何も想像できないほどわたしはピュアな女ではないのだ。というか、この部屋に連れ込まれた時に全く何もしなかったことはないじゃないか!
「こ、この流れできみが手を出してこないのはちょっと想像できませんけど」
「君が望むなら俺は喜んで応えるが」
「ズルいこと言う!」
 まるでわたしの方がやらしいことを求めているみたいに言いながら、その実彼は自然な動作でわたしに覆い被さって押し倒そうとしていた。大きなふかふかのベッドに沈められ、わたしの顔の両側にはアルハイゼンさんの手が置かれている。逃げられるような状況ではないのに、彼はわたしの足の間にご丁寧にも片膝を捻じ込んできた。だめだこれは! 襲われる!
「ええと、あの、ばんごはん……」
「俺は別に空腹じゃない」
「もう! じゃああの、先にシャワーなどを……!」
「先延ばしにした所で状況は変わらないと思う」
「少し落ち着かせて欲しいの!」
 せめてこのバクバク鳴っている心臓が静かになるのを待ってほしいのに! わたしが人前でスキンシップするのが苦手なのはこの人も知っていたはずなんだけど、おそらくはわざとなんだろうな。わたしが恥ずかしがっているのをきっと楽しんでいるんだ。アルハイゼンさんは時々、やけに意地悪な人だなって思う。
 今日のわたしはキャミソールに白衣を羽織っているような格好だ。装備としての防御力はないに等しい。案の定彼の手はわたしの腰に添えられ、それからキャミソールを捲り上げるようにわたしのおなかから上へと手を差し込んできた。くすぐったくて身じろぎすれば、彼はどことなく満足そうな笑みを浮かべた。
「くすぐったい、ですよお……!」
「嫌か?」
「……や、じゃない!」
「そうか」
「い、言わせるの卑怯だ……」
 脇腹をなぞる指の感覚に耐えながら悪態を吐く。彼は私の反応がお気に召したらしく、なんだか大層ご機嫌だ。こんなアルハイゼンさん、絶対ほかの人に見せたくないなあ。
 止まる気のない彼の手は下着の隙間を縫ってそのまま包み込むように乳房に触れた。ふにふにと感触を確かめられ、くすぐったい上にとてつもなく恥ずかしい。大きくも小さくもない平均的な大きさだから、あんまり魅力的な身体じゃないと思うんだけど、な。男の人は大きい方が好きなんて説はあるけどそんなの個人差だろうし、この人はどっちの方がいいんだろうか。いや平均値のわたしにはそんな好みのものをお出しできないけど。なんて、意識を向けると恥ずかしくて暴れそうになるから思考をどこかへ逃がそうとしたのに、そんなわたしに気付いたのか否か、彼はわたしのキャミソールを下着ごと捲り上げてしまった。ま、丸見えなんですけど!
「あんまじっくり見ないでほしい……」
「それは難しいな」
「ううう」
 じっと見られていることに耐えきれなくて顔を逸らす。もうこの空気だと彼を止められないし、止めるのも酷だろう。彼に向き直ってその頬に手を伸ばせば、意図に気付いた彼はゆっくりと顔を寄せてキスをくれた。先程まで感じていた羞恥心は段々と鳴りを潜め、代わりに早く触れてほしいと欲が出てきた。というのに。

 突然寝室の外から聞こえてきた大きな物音にわたしは咄嗟にストップをかけてしまった。とてつもなく、嫌な予感!
「……あの、」
「はぁ……」
 玄関の方から聞き慣れた声が聞こえてくる。まだ帰ってきてないのか、という言葉と共にこの部屋の扉がノックされた。さすがにわたしたちは息を殺してぴたりと動きを止める。押し倒されている上に胸を晒している状態だから、万が一開けられたらおしまいだ。どうしよう泣きそう。涙目でアルハイゼンさんに訴えるような視線を向ければ、囁くような小さな声で「勝手に開けるなと言ってあるから大丈夫だ」と返ってきた。それはそうなんだけど、こんなことしているのに扉一枚向こうに友人がいるのはちょっと、かなり無理かなあ。恥ずかしくて爆発しそう。

 カーヴェくんはアルハイゼンさんが不在だと確認し、扉の前から離れていった。おそらくは自室に行ったんだろうけど、つまりもうこの家にはわたしたち二人きりではないということ。その状況で最後まで出来るほどわたしの肝は据わっていない。彼の上着を軽く引っ張り行為の中断をお願いすると、大きなため息で返された。不服そうな表情を浮かべながらも了承してくれたらしいアルハイゼンさんは、わたしの横に倒れ込みそれからわたしを腕の中に抱き込んだ。いい感じの抱き枕にされている気がする。さすがに胸を丸出しのままにしたくはないのでそっちは自分で整えた。残念なような、助かったような、複雑な気分。
「酷い生殺しだな」
「ごめんなさい……」
「君は悪くない」
 それにしても、カーヴェくんは驚くほどにタイミングが悪い人だ。何回もこういうアクシデントに見舞われている気がする。まあ、わたしたちとの関わりが特別多い人だから仕方ないのかもしれないけど。本人が意図しているわけでもないし、最近はすごく深刻そうに謝罪されたりもするのだ。もちろん私だって別に怒ったりはしていないので、謝罪されること自体が逆に申し訳ないや。 とはいえ、わたしはそう思っていてもアルハイゼンさんはそんなことなくて、今もこうして機嫌が急降下してしまっている。参ったなあ。
 
 その日は結局ふたりで静かにごろごろして翌朝まで過ごしてしまった。晩ごはん、食べそこねたな!
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