包み隠される小さな彼女
 林檎のような、という例えは非常にわかりやすい表現だと思う。見下ろした視線の先、まさに林檎の様な赤色に頬を染めた彼女は、潤んだ瞳で俺を睨みつける様に見上げていた。
「ダメって言ってるじゃないですか……!」
「どうせ誰も見ていない」
 もう一度屈んで、次はその真っ赤に染まった頬に口付けを落とす。怒る割に抵抗をするつもりはないのか、薄く吐息を漏らし彼女は身を捩った。

 二人きりの時であれば彼女はここまで恥じらう事はない。どちらかというと嬉しそうな表情を浮かべて甘えてくる事の方が多かった。まあ、これは最近の話ではあるが。では何故彼女が今こんなに羞恥心に苛まれて俺に抗議の言葉をぶつけているのかというと、ここが互いの自宅などではなく、公共の場である知恵の殿堂の一角だからだ。
「こういうのは、あの、おうち帰ってからにしませんか……」
「俺は恥じらう君の姿が見たい」
「いじわる!」
 周囲の視線を集めない様に、彼女は小声で怒っていた。その様子があまりにも可愛いせいで、こうして彼女を虐めるのを辞められそうにない自分がいる。とはいえこの時間帯の知恵の殿堂はあまり人の姿はない。尚且つ彼女を壁際に追い込み隠す様に覆い被さっているのだから、注視しなければ俺達がこんなところで触れ合っている事など気にも留めないだろう。ちなみに何故公共の場で彼女に手を出しているかというと、なんてことはないただの衝動だ。俺には時々、彼女への加虐願望を止められない時があるとだけ、言っておこうか。
 更にもう一度頬にキスをし、そのまま頬と同じ色に染まった彼女の耳に唇を寄せる。歯を立ててそこを噛んでやれば、彼女は甘ったるい声で鳴いた。これ以上ここで彼女に悪さをしていると、流石に歯止めが効かなくなりそうだ。それでもこうして恥じらう姿は、もう少しだけ見ていたい。耳を攻め立てるのも程々に、首筋に唇を這わせてから一度体勢を戻す。彼女は非常に小柄だから屈まないと届かない。後頭部に手を差し込み、再度屈んで次はようやく彼女の柔らかい唇を奪った。
「んん、っ……も、もう! そろそろ終わりにしてくださいな!」
「君は他者に見られる事に対して極端に羞恥心を感じるんだな」
「当たり前でしょう! きっと皆そうですよ!」
「俺は別に恥ずかしくはないが」
「きみが特殊なんですー!」
 とうとう耐えきれなくなったのか、彼女は今にも泣きそうな表情を浮かべながら、俺の胸元を小さな拳で何度も叩き出した。あまりにも可愛いその様に薄ら眩暈がする。駄目だ、虐めすぎた。本当に歯止めが効かなくなりそうだと感じた俺は、怒る彼女をたしなめながら手を引いて知恵の殿堂を出ることにした。自宅が近くて良かったと思いながら。
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