世は瑞光より目映し
 愚かな私の話をしましょう。
 まず私の何が愚かかと申しますと、要因は二つ。まず一つは呪詛師としての生き方しか見出せなかったこの人生。そして、一人の男性を愛してしまったが故に身を滅ぼす終幕を招いたこの殉情です。

 二〇〇六年、春の時候でした。
 あの人が命を落としたと知りました。
 数年振りに仕事を引き受けた事は存じていましたし、亡くなる三日前に一言二言交わしもしました。恐らくあの人は依頼を成功させてしまうのだろうと予期した、翌日の訃でした。
 信じられませんでした。術師殺しとして界隈ではその異名を知らない者は潜りだと言われる程の強さを持つ彼が並の呪術師に負ける筈がありません。

 けれど彼を討った人物を知れば、悔しくも受け入れざるを得ませんでした。
 その術師は暗殺対象の少女を護衛していた人物であり、呪術高専の学生であり、五条家の次期当主である五条悟です。
 余程の愚鈍でなければ彼を知らない人間はいないでしょう。呪術界においていずれ最強を冠するであろうと広く認知されている少年でありましたから。

 そして七日後。私はその最強の呪術師に愚かにも挑みました。
 理由は自身でさえ分かりませんでした。奇襲したとて勝てる自信など全くありませんでした。しかし何故か彼を殺すつもりで刃を向けずにはいられなかったのです。

 結果は言わずもがなでしょう。手も足も出せずに私は無様に地に臥しました。
 こんな愚か者に意味もなく突然襲われたというのにも関わらず、少年は情けを見せました。致命傷を敢えて外し、その上高専に引き渡そうともせずに立ち去ろうとしているのです。
 ですが私は息が途絶えたとて降参などしません。差し違えてでも彼を殺すつもりで立ち上がりました。
 流石の彼も、死に物狂いで襲いかかってくる人間……それも呪詛師を生かす慈悲までは持ち合わせてはいないでしょうから、当然私は印を結ぶ前に止めを刺されました。

…………痛みの感覚が消えていく間際、漸く理解をしました。なぜ自分はこんなにも無謀な行為に走ったのかを。
 私は。ただ彼と同じ方法で、同じ場所に行きたかったようです。
 余りにも理解し難く馬鹿馬鹿しくて笑う気にもなれません。馬鹿女の我儘に巻き込まれたこの少年に、無駄に殺生をさせてしまい申し訳ない限りです。
 本当に、本当に下らない人生でした。

――ですが。もしも許されるのなら、あの人が地獄を歩まぬよう、その道を変えられる人間でありたかった。

 それだけが、唯一の後悔です。

地獄へ旅立つ餞に
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