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ひどい人 


*なんかラーサー王子が非道になってる



――――――




みんなが私を異質なものを見る目で見てくる。それもそうだろう。理由なんか明確だった。


「どうしてそんな・・・・?」


顔なじみであったお姉さんが、私にやっと声をかけたころには周りの動揺も少しは落ち着いていた。ラバナスタで生まれ育った私が、どうしてラバナスタでこんなにも浮いているのか
、考えただけでも居心地が悪い。


「母を弔いに来た。目立つ格好で来るものじゃないってわかってたけど、どうしても」


どうしても、準備する時間も余裕もなくって。


そう続けた私に、まだ周りは怪訝な目を向ける。それもそうだ、何も知らない人たちには私は変わってしまったように見えるだろうから。しかし私がなぜラバナスタから消えていたのか、どうしてこんな煌びやかな恰好をしているのか、事情を説明している暇はない。

私は、逃げるようにして帝国を出てきたのだから


「お手紙を、ありがとう。母のこと、ごめんなさい。でも、本当に、今この場所にいれることが奇跡だから」


逃げるのだって命からがらだし、いつまでもこんな格好はしていられない。ばれてしまう。一般的な服装に着替えたいのだが、なにせお金も持たずに出てきてしまったものだから困った。服を、買えないのだ。

テレポストーンでラバナスタまでは来れたものの、詰んでしまった。でも母だけはきちんと弔ってあげたい。帝国へ嫁ぐ私に、最後まで味方してくれた母だけは。父の戦死に続き母まで埋葬できないとなってはたまったものではない。

白いローブの帽子をかぶりなおして母の棺桶から離れる。お姉さんに服を借りることはできないかと尋ねたところ、快くうなずいてくれた。



このお姉さんは、小さい時からお世話になっている人だ。母の死を伝えてくれたのも彼女で、唯一手紙だけは帝国からなんの規制もされていなかったから、無事母のことを知ることが出来た。手紙が出されていなければ私は、母のことをこの先ずっと、知ることはなかっただろう。そして帝国から出ることだって、しなかったはず。

何せ今まで怯えていたから。彼から逃れることなど不可能だと、絶対に無理だと。無理やり私を帝国へ連れて行ったかと思いきや、妃にするほどの人なのだから、彼は頭もよければ手段も問わない厄介な男だった。逃げられないだなんて、一体どうしてそう思ったのかわからない。暴力なんて振るわれていないし、強引に婚姻を結ばされた以外は何も、それこそ彼の城に軟禁されている状態ではあったが、不便ではなかった。

でも母がいなくなってしまったとあっては。彼はこんな時でも帝国から出るなというのだろうから。

しかし、彼の涙は毒だ。私がそれに強く出れないことを知っているのか知らないのか、定かではないが、きっと私がラバナスタへ戻ると叫べばラーサーは涙を流しながら私を引き留めるのだろう。

それがいやだったから、黙って帝国を抜けてきた。簡単ではなかった。城から出るのだって、服が目立つし城の中で顔も広くなってしまったものだから、大変だ。唯一助かったのは、ラーサーが私の意思をくみ取って私の顔を民衆に公表していないことが救いになった。町に出ればたちまち私は、見た目が煌びやかなだけの女であった。

しかしこの煌びやかさはラバナスタでは浮いてしまう。だから服が欲しい。

私はお姉さんから借りた服を礼を言いながら着て、代わりに着てきた服をそこらの商人に売りつけた。アクセサリーも全部。とてもじゃないが買い取れるほどの金が今はないといわれたが、出せる分だけでいいとお金もなんとかもらった。これだけあれば洋服くらいいくらでも買える。

余ったお金で豪華な花束を包んでもらい、暗めの服を買ってから着た。借りた服はその日のうちに返しておいた。お礼として、残りのお金も持たせて、葬儀代がかかっただろうから、それで払ってくれと頼んだ。服を買ったり売ったりする際、ずっとついてきてくれたお姉さんはその金額にびっくりしていたようだけれど、余るのであれば是非とも趣味にでも使ってほしい。


「なにがあったの?何も言わずにラバナスタからいなくなっちゃったから、また旅にでも出たのかと思ってたけど・・・・ヴァン達も知らないの一点張りだから、ずっと気にかけてたのよ」

「ごめんなさい」

「謝らないで。こちらこそごめんなさい、ただでさえお母さんが亡くなって、ショックでしょうに・・・・問い詰めるように言っちゃって」

「ううん、私が悪いの。私がいつまでも決心しなかったから、お母さんは一人で死んじゃった。こんなはずじゃなかった。いつかここに戻ってこれるって、バカみたいな頭して願ってたからいけなかったんだ」


足早に葬儀場へ二人で戻る。道中ミゲロさんも見かけたけれど、とても話しかける時間はなかった。

ここにきて数時間は経っているな。ラーサーが捜索命令を出すとすれば、ラバナスタも入るだろうけれど。だがラバナスタに帝国兵が入国することはまず難しいはず。もう既にラバナスタは帝国の傘下ではないのだから、入国するとすれば時間がかかるだろう。

まだ来ない、まだ来ないだろうと葬儀場の重たい扉に手をかけた。無事に葬儀まで終わればよいのだ。連れ戻されるのは嫌だが、本当にあと少しだけ、


「っえ、」


しかしやはり、事はうまくいかず。

扉を開けようと手を伸ばしたものの、それはいとも簡単に誰かの手によって開かれた。自分勝手にドアが開くわけがない。嫌な、予感がした。



「ッ待て!!!」


ドアの隙間から鎧か見えた瞬間だ。私は脱兎のごとく走り出した。

もう既にかぎつけられてるなんて!

ありえない、ありえないとバクバク死にそうなほど異常な音を鳴らす心臓に駆り立てられて、周りの目も気にすることなく、なりふり構わず走ったものの、やはり現役の騎士にはかなわない。

お腹に腕を回されたかと思いきや、そのまま抱えあげられる。


「や、やめてガブラス・・・・・見逃して!おねがいよ・・・・!」

「・・・・・・気の毒だがダメだ」

「母を弔ってあげたいだけなの!!あの人を母に会わせたくなかった!!あの人は母のことをよく思っていないから!!!」


婚姻に最後まで反対していた私の母を、あの人は本当に、好んでいない。私が最後まで駄々をこねたから文通だけは許してもらえていた。でも、顔を合わせる許可すら出してくれない人なのだ。母の遺体にすら、あの人には会ってほしくなかった。だって母は、望まないだろうから。娘を連れて行った男に会うことなんて。

母の死に目にすら合えていないというのに邪魔されては困る!


「“ブリザガ”!!」


氷魔法を展開した私に、ガブラスは慌てる。やめろ、と静止の声を上げる彼に、大きな氷の切っ先を向けた。私がラーサー王の王妃である以上彼は手が出せないのだ。申し訳ないが、彼は悪くないのだけれど、少しダメージを受けてもらわなければ。

凍ればいいのだ、ようは彼が。

そう思っていたが、私の攻撃魔法はどこからともなく出てきた同じ氷によって、打ち消されてしまった。


「そ、そんな・・・・!」


ガシャン!!パリン!

大きな音を立てて砕けた氷塊は光となって消える。ふと逃げてきた道に顔を向けると、そこには一番会いたくないと願っていた人物が立っていた。

その瞬間の絶望といったら!

ガタガタと体が震える。ガブラスに未だ捕らえられたままの私に近づいた彼は、無表情だ。


「自由にさせているとこうなるから駄目なんだ。言ったでしょう?帝国からは出ないでくださいと」


貴方を失うことが死ぬよりも恐ろしいから、僕のそばから離れないでくれとあれほどお願いをしたのに。


「本当にお母様の葬儀だけで帝国へ戻ってくる予定だったのでしょうか?僕にはまるで、帝国から逃げるような出掛け方であるなと、感じているのですが」

「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい」

「僕が贈ったものすべて売りに出されてしまうくらいだから、あなたに愛想をつかされたのかとも考えていました」


そういって手に持っている白いローブと、その他の煌びやかなドレス、アクセサリーを私に見せつけるように持ち上げるラーサー。商人の顔が浮かんだが、さすがに殺されたりなどはされていないだろう。むやみやたらと人の命は奪わないのが彼だから、それだけは良いのだが。

もうどうしようもない。そう察してしまって、涙が視界を悪くする。ひとたび瞬きをすれば涙がぽろりと地面へ落ちた。

あぁ、どうして。こんなはずじゃなかった。彼とそもそも婚姻を結んだのが運の尽きだったか。


「ごめんなさい・・・母の葬儀だけはゆるして、お願い。わたしの、わたしの大切な人なの。もう生きている中で最後のひとなの・・・!」

「だからこそ僕は貴方をお母様に会わせたくはなかったんです。あぁ、でもよかった!これで、このラバナスタには貴方の心残りはなくなりますね。せっかくだから、葬儀を盛大なものにしましょうか?記念すべき日だ、あなたが本当の」


本当の本当に、逃げる場所がなくなってしまった記念すべき日だ。


もう怒りすらわかなくて、私はただただ笑みを浮かべるラーサーを信じられないという目で見つめることしかできなかった。彼はいつからこんな非道な人になってしまったのか。

もし私が逃げることにより彼をそうさせてしまったのであれば、もう私は、どこから選択肢を間違えているのか、わからない。



「ななしさんをこの世へ生みおとしてくださったことに感謝こそすれど、僕から貴方を奪う存在はやはり目に余る」


でも安心ですね。これからは何も考えず、ずっと帝国で、今までどおり一緒に暮らしましょうね。


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