夢現(ゆめうつつ)



夢を見た。
優しくて甘い、残酷な夢。

「巫女様、俺が必ずあなたをお守りしますから」

嘘つき。

「あなたの笑った顔が見たい」

泣いてばっかりだ。

「辛いことでもあったんですか?」

好きになってから辛いことが増えたよ。

「好きですよ」

嘘つき。
お前は、いつも、嘘ばかりだ。
嫌い。嫌いだ。嫌い嫌い…


…違う。
俺も、嘘つきだ。





シェスと出会ったのは、俺が宮殿に押し込まれてから3ヶ月ほど経った、ある雨の日のことだった。
その日、霧のような雨が降るのを、窓辺からぼんやりと眺めていた。自分が生きているのか死んでいるのかも分からなくなっていて、このまま雨に紛れて溶けて消えてしまえればいいのに、と思っていたことを覚えてる。
ゆらゆらとした気持ちをもて余していた刹那、こんこん、と扉が叩かれる。

「…?」

この部屋に客は来ない。
1ヶ月に1度程度、国のお偉いさんが、俺がきちんと飼い殺されているかを見に来る以外は、来客なんてものはない。そして、その訪問はすでに3日前に終わっている。
ぐ、とヴェールを目深に被る。

「…誰?」
「失礼いたします」

扉を開けて入ってきたのは、長身の青年だった。こんな鬱屈した天気の中でも、青年の金色の髪は輝いていて、眩しい、と思った。
色を失っていた世界に、強烈に落とされた眩しさだった。

「…」
「はじめまして、『巫女様』」


呆けてる俺に近寄り、10歩ほど離れたところで青年は跪づいた。笑顔も眩しい…。

「本日より宮殿奥に配属されました。ルーシェス・ユールと申します。以後、お見知りおきを」
「…(騎士だ)」

巫女は神聖でか弱く、武力を持てない存在。そんな巫女を守るのが騎士。この宮殿に配される騎士は、王国の中でも信があり、かつ武力も立ち振舞いも全て秀でている者だけだという。

「では、私はこれで。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。失礼致します」
「…」

青年はスッ、と立ち上がり、一礼をして去っていった。同性の俺から見ても、青年はカッコよくて、涼やかで、ドキリと心臓が高鳴った。

「…男なのに、変だ」

急に生まれた妙な感覚に、ぎゅっと手を握った。3ヶ月まともに人と話していないし、かなり精神的に参ってしまっているのかもしれない。でも、いつも来るお偉いさんとは違って、また会ってみたいと思わせる青年だった。

そしてその出会いから、青年をよく見かけるようになった。青年も俺に気付くと会釈をしてくる。前はあまり気にしていなかったけれど、騎士は結構ぽつぽつと点在していて、交代で見回りをしているようだった。
俺はというと、実は行動範囲が広がった。
お偉いさん曰く、いつまでも閉じ込めておくのも怪しまれるということらしい。日々の巫女の仕事を行って、溶け込むよう上から目線で告げられた。
そもそも男の俺が女の園に溶け込めるわけがないだろ。馬鹿か? ……と思ったけど、決して口には出さず、ただぼんやりとお偉いさんの言葉を聞いていた。

「今日は祈りの時間が長いのか…」

お祈りってやつは嫌いだ。
だって、俺の願いすら叶えてくれない精霊様とやらに、どうして他人の願いを祈らなきゃならないんだ。納得がいかない。

「…あれ」

考えながら足取り重く歩いていたが、はた、と足を止める。

「ここどこだ…?」

どうやら、来たことがないところに足を踏み入れてしまったようだ。ただでさえ宮殿内は同じようなところが多いのに、考え事なんてして歩くんじゃなかった。

「…巫女様?」
「ひわっ」

後ろから急に話しかけられて、ビクッと跳ねてしまった。しかも声が裏返ってしまったので恥ずかしい。

「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか」

そろり、と後ろを振り返ると、あの青年が困った顔をしながら立っていた。

「…だ、大丈夫…」
「何かお困りのようでしたので、不敬を承知でお声を掛けてしまいました。罰はあとで、如何ほどでも」
「そ、そんなことしない」

巫女に声を掛けただけで罰せられるなんて、そんなのその罰則が間違ってるんだ。

「えっと…名前…ルー、シェス?」
「どうぞ、シェスとお呼びください」

たどたどしく名前を紡ぐと、にこ、と涼やかに笑いかけてくれた。近くで見ると、ますます美形。騎士というより、まるでおとぎ話の中の王子様のようだ。

「巫女様…?」

シェスが首を傾げたのを見て、自分がじっ、と見つめてしまっていることに気付いた。慌てて顔を背ける。男だとバレたら一大事だ。

「…道に、迷って…」
「そうでしたか。確か、今は祈りの時間でしたね。では、こちらへ」

シェスは俺の前へ出て、ふわりと笑いながら道を指し示した。ああ、そんな仕草も流麗だ。同じ男なのにこうも違うものなのか。ため息が出てしまう。

「ありがとう…」
「いいえ、当然のことをしたまでです」

微笑みかけられるたびに心臓の音がうるさく響く。容姿が整ってるって得だな、と思う。
「祈りの間」と呼ばれる場所には騎士は立ち入ることができない。だから扉の前で再度お礼を言おうと口を開いて、

「あら?あなた確か…最近宮殿に来た子じゃない?」

俺とは違う、まさに「女の子」という声が聞こえてきた。慌てて振り向くと、俺と同じような巫女の服を来た少女が立っていた。その子の後ろにも同じような子が二人いた。

「ねぇ、あなたに聞きたいことがあったのよ」
「え…」
「どんなに調べても、あなたがどの貴族の娘なのか分からないの。だからもしかしてあなた…」
「…っ」

何を言おうとしているのか分からず、身構える。

「ただの平民なんじゃないの?」
「…、? え、っと…?」

思ったことと違うことを言われ、拍子抜けする。いや、平民育ちっていうのは合っているけど。

「一体どんな手を使って奥の殿に入れたのかしら?」
「献金って噂を聞いたわ」
「その可愛い顔で殿方を誘惑したとも聞いたわね」
「…」

散々な言われようだ。あまりの敵意剥き出しの言葉に、憤りよりも戸惑いを強く覚えた。どうしてこの女の子たちはあからさまな言葉をぶつけてくるんだ?
困惑していると、それまで黙っていたシェスが前に出てきて、俺を庇うように立った。

「…なぁに、まさか騎士の分際で私に意見しようとでも?」
「恐れながら、根も葉もない噂を本人にぶつけるのは品がないかと」

シェスは躊躇うことなく言い切った。その言葉に、リーダー格の女の子が顔を真っ赤にしながら憤る。

「な、なっ、何ですって?!雇われ兵士の癖に!お前は私たちに意見できる身分なんかじゃないのよ!」

…なんだよ、それ…。
こんないい奴も馬鹿にするのか。許せない。

「…っ、シェスは、間違って、ないと思う!」
「はぁ?」
「騎士だからとか、馬鹿にするのはおかしいだろ!」

キッと睨むと、相手は少し怯んだようだった。

「シェスが言うのがダメなら、お…、わたしが、言う。『噂を本人にぶつけるような奴は、品がない』!」
「な、な、な…!」

女の子は、わなわなと震えながら俯いた。
そして、

「ふ、ふん!奥の殿に住んでるからって、調子に乗るんじゃないわよ!」

と言いながら俺に肩をぶつけて去って行った。ちょっと痛い。呆けていた取り巻きの子らも、慌ててそれについていき、その場に静けさが戻ってきた。

「…。…奥の殿って、特別、なのかな」
「そうですね。限られた者が住まう場所ですから。巫女としての力に秀でているもの、特別な者など、奥の殿にいらっしゃる方々は一握りのです。かなりの特別待遇を受けていると聞いたことがあります」
「でも…違う…望んできたわけじゃないのに…違うのに。本当は、来たくなんて、なかったのに」

意識せず、ぽろぽろと涙が零れ落ちてきた。
母さんが生きていれば、きっとまだあの町で質素だけど生きてる実感がある生活をしていて、王族なんて関係なくて、巫女になる必要もなくて、殺される不安なんて感じることもなくて、それで、それで…。

「…巫女様」

あたたかい手が頭を撫でた。目線を上げると、わりと近い位置にシェスの顔。シェスは柔らかく微笑むと、頭をまた撫で、そして涙に濡れた俺の目元を拭った。

「泣いている顔も可愛らしいが…俺は、あなたの笑っている顔も見たいな」

少し砕けた感じでそう呟くと、シェスは頬を優しくなぞった。まるで壊れ物に触れるかのような撫で方に、くすぐったい気持ちになる。

「な、何それ…」
「笑って下さい、…アイル様」
「え、あ、名前」
「すいません。お名前を台帳で見てしまいました」

そうじゃなくて、いや、わざわざ台帳で確認したのも驚いたけど、でも、

「笑わないと、くすぐりますよ?」
「ちょ、なに、その物理的なやり方…っ」

真面目な顔をして言うから、思わずくすくすと笑ってしまった。

「笑った顔も素敵ですね」

シェスは少しいじわるそうな顔をして、笑った。
ああ、そうだ、俺は、この時、シェスのことが好きになったんだ。


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