ルード・ブランシェという男


巫女の1日は意外と忙しい。
まず、お祈りに行くための時間がかかるし、お祈り自体も長い。精霊サマが心地よく過ごせるように、宮殿内の掃除も行う。捧げ物は巫女たちの手で切ったり、調理したものじゃないとダメ。
非常にめんどくさい。
まぁ、金を積んで巫女の地位を得た者は、ひっそりと従者にやらせているみたいだけど。俺はそんな人いないから、自分でやらなければならない。

「昔からやってたから、いいけど」

じゃがいもの皮を剥きながら、ぼんやりと考える。それにしても、相変わらず俺の割り当ては多い。
…分かってる、俺が余計者だからだ。
国王に頼まれて、渋々俺の受け入れを承諾したと聞いている。

「…ってか、材料足りないし」

はぁ、とため息を吐いて俯く。材料の調達は主に女中や騎士の仕事だ。
身分がバレないように、俺付きの女中はいない。つまり、頼むとなると、シェスしかいないわけだ。他の騎士はよく知らないし…ほとんど喋ったこともない。

「…」

…シェスに頼むと、交換条件がついてくるんだ。なるべく、頼みたくない。
調理場から顔を出し、きょろきょろと辺りを見回す。しかし誰もいない。

「…どうしよ…」
「…巫女様?」
「!!」

ばっと顔を上げると、目の前にはいつの間にか青年が立っていた。初めて見る顔だが…勲章を見るに、どうやら青年は騎士のようだ。

「…っ」

ヴェールを目深に被る。
こんなに近くに寄せてしまったら、正体がバレてしまうかもしれない。

「…」
「あ、あの、申し訳ありませんっ。急に声をかけてしまって…」

俯いて黙っていると、青年はばつが悪そうに謝罪をした。巫女には触れることはおろか、本来なら声をかけることも禁じられている。きっと、俺が怒っているのだと勘違いしているのだろう。

「……だれ…」
「え」

聞こえるか聞こえないかくらいのぽそりとした声で、青年に問う。あまり声を聞かれて、男だとバレても困る。

「……なまえ」
「あっ、申し遅れました! 私は、ルード・ブランシェと申します。先月からこちらに配属され、巫女様方をお守りする任に就いております」

青年…ルードは、深々と礼をする。
ずいぶん丁寧な人だなぁと、じっと見てしまう。髪は黒い。さっぱりとした印象を与える髪型だ。つり目ぎみの目は少し強面のように感じるが、口調が丁寧で真面目そう。
…シェスも会った当初は丁寧で素敵な人だったのに…

(って、なんでまたシェスのことを)

自然と赤らむ顔を悟られないよう、服の裾で顔を隠す。

「……ルード」
「はい」
「……なぜ、ここに」
「あっ、見回りです!たまたまこの廊下を通ったところ、扉から顔を覗かせてる巫女様を見つけまして、声をかけた次第です」

ということは、きょろきょろしてるところも、見られたということか。少し恥ずかしい。

「……材料、たりなくて…」
「あっ!そうでしたか。では、私が持って参りましょう。何がご入り用でしょうか?」
「…」

足りないものを書き出していく。
果物も足りない、香辛料ももう少しで無くなってしまう。あとは、あとは…
…でも、こんなに書いても一気には無理だろう。もっと欲しいものはあったが、取り敢えず必要なものを書いて渡した。

「了解致しました。では、少しお待ちください。揃えて参ります!」

そう言うと、ルードは走り去った。
…元気な人だ…
でもこれで安心だ。
シェスに会うこともない。














数刻ののち、ルードが帰ってきた。
早い。

「巫女様、持って参りました!」
「……ありがとう」
「厨房に運びますね」

ルードが、「よっ」という掛け声と共に材料が入った木箱を持ち直し、扉を開けて中に入ってきた。

「ではここに」
「…」
「そうだ!巫女様、お名前をお伺いしてもいいですか?」
「……え」
「皆さん『巫女様』なので、呼ぶときに大変でしょう?ですので、名前を」

…この男は本当に1ヶ月ここで働いていたんだろうか。巫女の名前を聞いてはいけないと教わらなかったのか。
でも、期待した目で答えを待たれ、教えないのも、なんか。

「…………る」
「えっ?」
「……アイリール…」

ルードの目を見ながら、ぽそり、と呟いた言葉はルードに届いただろうか。ルードは、きょとんとしている。

「……きこえなかった?」
「あっ、いえ、聞こえました!アイリール様ですね!」

ルードは何故か頬を赤くしながらあわあわと挙動不審に手を振った。

「美しい名前です、ね」
「……そうかな」
「はい!とても…!あっ、えっと、その…も、もし、また困ったことがあったら言ってくださいね!」

ルードは強面だとさっき言ったけど…
笑顔は太陽のように、きらきらと輝いていた。


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