花を愛でる


「悪魔め!」

そう叫んだ男は、誰だっただろうか。
敬虔な信徒でもないくせに、精霊様が、とか、地獄に堕ちるぞ、とか…様々なことを言っていた気がする。そもそも宗教的なそれが種々混ざってる時点で、一般的な信者とは異なっている。
しかし、そんな些末なことはどうでもいい。
己が掌を見つめる。
その手はどろりとした血にまみれている気がして、自嘲する。そう、俺は確かに、人の道を外れたことをしている。
今まで何人の人間を不幸にしてきたのだろうか。正常な国を取り戻すために、俺は貴族たちを端から粛清していった。両手では足りないくらいの人数を処刑した。俺に反意がある者、国民から搾取していた者、他国と通じていた者…
俺の国には、いらない者たちばかりだ。
恨みも多く買っていることだろう。だが、自分が決めた道を譲る気はない。
きっと俺はこのまま突き進み、怨恨を抱く者に殺されて一生を終えるのだろう。
ふ、と磨きあげられた床に視線を落とすと、疲れた顔が映った。こんな顔じゃダメだな。不安にさせてしまう。
気持ちを引き締め、離宮へと歩を進める。そこはかつて、巫女たちが祈りを捧げていた場所…いや、閉じ込められていた牢。奥の殿。そこには今、巫女はいない。すべて解放して、それぞれの在るべき場所に帰した。現在は数人の神官が祈りを捧げに足を運ぶのみだ。

ひとつの扉の前で立ち止まる。
そして軽くノックをし、中に入った。

「リリー」
「あ、ジェイ。おかえりなさい」

ふわりと、花が綻ぶように微笑む少年が、1人。
可愛らしいことこの上ない。
そっと近寄り、隣に腰かける。

「ただいま。…何事もなかったか?」
「はい、何事も。ジェイは大丈夫でしたか?」
「ああ。だが…」
「!何かあったんですか?」
「…リリーに会えなくて寂しかった」
「!!も、もう…!」

顔を真っ赤にして怒っても、可愛い。
思わず俺も、頬を緩めてしまう。

リリー…本名は、伯岐というらしい。花のような様子から、リリーと呼ばせてもらっている。
城の近くで倒れていた少年だ。異国の風貌をしており、それは東洋の服装と似ていた。しかし、話を聞くとどうやら違うらしく…そもそも聞いたことのない国名を述べてきた。
彼は一体何者なのか。
今となっては、もうどうでもいいことなんだが。

「リリー…俺は君がいるから、まだ生きていこうと思えている」
「私が生きる理由になれているなんて、嬉しいです。…ジェイ、あなたが許してくれるのならば、私があなたに仇なす者を全て片付けるのに…」

リリーが微笑みながら、そんなことを言う。
だが、させられない。

「危ないことはしないでほしいんだ…心配だからな。それに、リリーを他の奴の目に触れさせたくない」
「そうですか?」

ぽ、と頬を赤らめながら、リリーは俺の肩に寄りかかってきた。そっとその髪をすくようになでる。
出会い、会話を重ね、心地よさを感じ、…俺はいつの間にかリリーを愛してしまっていた。それはシェスやアイル、カーミラに向けるのとは違う…あたたかい気持ちだった。それをリリーは教えてくれたんだ。

「不自由はあるだろうが、できるだけ必要なものは揃える。何かあるか?」
「いいえ。私はジェイが会いに来てくれるだけで嬉しいですから…」
「そうか」

ちゅ、と髪に口付けると、くすぐったそうに身をよじった。可愛い。
俺は、リリーをこの離宮に閉じ込めている。
カーミラのように、殺したくなかった。
シェスのように、俺に憎悪を向けてほしくなかった。
アイルのように、逃げ出してほしくなかった。
だから、お互いの想いを確かめあった後に…俺は、扉に鍵をかけた。二度と、失いたくなかったから。

「私は嬉しいですよ」
「不自由なのに、か?」
「だって、愛されてるって感じがするでしょう?」

にこ、と微笑まれこちらも幸せな気分になる。

「…心も身体も…愛し尽くしてやりたい」
「いくらでも。あなたの好きなようにしてください…」

そっと口づけを交わす。
口内に舌を這わせ、ベッドに押し倒す。
俺だけの、ものだ。

もう二度と、大切なものを失ったり、しない。











[ 25/40 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -