本当の気持ち
皆が寝静まったであろう頃、ヴェルスはひとり自室で空を見上げていた。
「月が綺麗だな…」
ぼんやりと夜風に当たりながら見る夜空が好きだ。
自分の悩みなどちっぽけなものだと思えるから。
「…」
いやしかし、と考え直す。
今自分が抱えている問題は決して小さくはないし、むしろどうにもならなくて困っている。出来る事なら解決したい。
そうなると、やることは限られている。
「…」
*
「…」
「…」
「…ええと」
「…」
「…あのさ、王子様?」
「…」
「…そんな見つめられたら照れるなー」
「…」
「…」
ここはエダの居る医療室。
ヴェルスは先ほどから無言でエダを睨みつけていた。眉間の皺も3割増しだ。
「…エダ」
「え、あ、おう!なんだ?」
「お前は、自分がやったことを、覚えているのか?」
「…心当たりが多すぎて、なんのことを言ってるのか…」
「ほう?」
「いや、嘘、冗談。あれだろ?王子様のこと押し倒して最後までセッ」
「そこまで言わんでいい!」
かぁぁぁと顔を赤らめながらヴェルスはぷいっとそっぽを向いた。
「…王子様…無自覚に煽る癖、治していこうな…」
「?そんなことより、だ。お前に聞きたいことがあって来たんだ」
「ん?」
「…ど、どうして、あんなこと、したんだ」
目線は合わせないまま、遠慮がちに口を開き、言葉を紡ぐ。ヴェルスにとってみれば、それはどうしても聞きたいことで、答えによっては医師の資格をはく奪して追い出してやる…とまで考えていた。
「好きだから」
「…え?」
「え、だから、好きなんだよ、王子様、お前が」
「…っ」
ド直球、
という言葉で返され、咄嗟に反応できなかった。好き?誰が、誰を?と頭が混乱する。
「そうか、言葉が聞きたかったのか」
「ちが…っ」
「ああ、わりー、俺さ、結構自分のことでいっぱいいっぱいだったみてーだ。セックス中に言ったまんま終わってたもんな。いや、それもこれも王子様が俺のこと避けまくって口もきいてくれなかったせいもあるんだぜー?」
エダはにこにこしながら、ヴェルスの肩をぐっと引き寄せた。
「わ…っ」
「…なぁ、王子様」
「ひ、わ、耳元で喋るな!」
「…俺のこと、そういう対象で見れるか?」
「え?」
「身体を重ねるカンケイになれんの?」
「…?!」
ヴェルスは大袈裟なほど体を硬直させ、目を見開いた。
…エダを避けていた1か月、何も考えなかったわけじゃない。きちんとそういうこと…肉体関係のことも視野に入れて、エダとの今後を考えていた。
そして出てきた答えに戸惑って、悩んで、それでも答えが出ないからここに来た
ヴェルスは、エダが好きだった。
ただしそれは、恋愛ではなく、親愛。
幼い頃からの顔見知りで、怪我や病気のときに多大な世話を受けた。エダの性格や話し方、考え方に接するうちに、「信頼してもいい人物だ」と思えるようになった。
ヴェルスが心を許していたのはそれまでただ一人―王国内でバケモノなんて称されるが、とても可愛らしく明るい性格の幼馴じみの少女―だけだった。
それを崩し、ヴェルスの信頼を得たエダは、わりとすごい。
…だからこそ、今回の件で動揺した。
「俺がライリィと同列だってのは…かなり衝撃なんだが…そんなに信頼してくれてたのかよ…」
「そうだ。悪いか」
「全く。これっぽっちも悪くねーな。つーか、嬉しくてたまらねー」
「…そうか」
「…それで、俺は王子様のそんな信頼を裏切ったってわけか」
「…」
ヴェルスはじっとエダを見つめ、それから意を決したように口を開いた。
「最初は、」
「ん?」
「陛下にけしかけられたんだろ?」
「あ、あー…まぁ、最初はな?でも別に王子様を指定されたわけじゃ…」
「…。そうだとしても…、面白がって、遊んでるのかと…思ったんだ」
「違う。それはねーよ」
「…っ、お、俺だって、エダが遊びであんなことをするとは、思わない」
「そっか」
「だから…何が言いたいかって言うと…」
「?」
「…あーっ、もう、俺は、こういう時どうすればいか分からないんだ!」
そう言うと、ヴェルスは、ぐいっとエダの胸元を引き寄せ、強引に口づけをした。
がちっと歯がぶつかって、若干眉をしかめたが、それでも目だけは、しっかりとエダを捕えていた。
「親愛だと思ってたのに!お前のせいで違うって分かってしまっただろ!」
「…つまり?」
「うっ」
「つまり、どう思ってんだ?俺のこと」
エダの返しに、困った顔をしてしまう。
でも、
「だから!…っ、好きだ、俺も。エダ…お前のことが、本当は…エダと、同じ意味で…」
「…ヴェルス」
「あ…」
ふわり、と抱きしめられ、心拍数が上がる。
どきどき どくどく
二人の音はほぼ同じ速度だった。
速い。
「…好きだよ、ヴェルス」
「…俺も、好き」
ヴェルスはそっと、目を閉じた。
*
心の中を埋め尽くしてやりたい。
そう、強く想う。
(好きじゃ足りない。愛してるでも足りない。…早く俺に依存して、俺なしじゃ生きられないように、なって)
愛しい相手を抱きしめながら、エダはにやりと微笑んだ。
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