小説 | ナノ

　
昔、の話をしよう。
　俺は中学時代にかなり荒れた生活をしていた。それは事実だ。
何か不満があったわけじゃない。どうしてそうなったのかも、よく分かっていない。でも、俺が引き込まれたのはあの人が居たからで、そして結局俺を突き落したのも、あの人だった。

「詠斗は可愛いなぁ」
「…んなこと言うの、翔さんだけなんすけど」
「いいんだよ、俺がわかってりゃ」
「はは…」

　やんちゃしてるグループのリーダーの翔さんと、俺はお付き合いをしていた。翔さんは当時高校生。２年生か…３年生だったか。
　あ、お付き合いって言っても、なんかこう、愛でられるだけっていうか、どちらかというとペットを可愛がる感じに近いような、そんなものだった。まぁ、そのことを言ってみたら…

「ばっかお前、ペットに欲情するかよ」
「よく…」

　とんでもない答えが返ってきたが。
　しかしそれにしては、翔さんは俺に手を出してこない。抱きしめられたり、腰に手を回されたりはするけれど、それ以上はない。ちなみにキスも数回しかしたことがない。それのどこが俺に欲情してるっていうんだ。
　やっぱりからかわれてるのかなっていうのが、俺の感想だった。

＊

　翔さんのグループは、そこそこ有名で、喧嘩が強かった。実は翔さんに会ったのも俺が絡まれてるときで、その時助けてもらったのが始まりだ。その強さに会った王された。最も、俺はかなり強いと自負するほどで、実際はその絡んできた奴らも適当にぶっ飛ばすこともできたと思う。
　ただ、そこで見た翔さんの豪快な喧嘩の仕方にほれ込んだのは本当だったんだ。
　それからは何かと翔さんにくっついて回るようになり、あるとき「俺と付き合え。…恋愛的な意味でな」と告白されて付き合うようになった。きっかけが何だったかなんて知らないし、冗談だと思っていたんだけど…告白直後に引き寄せられて、密着して、翔さんの顔面がすぐそばまで来て、「あ、」と思った瞬間にはファーストキスを奪われていた。女子じゃあるまいし、はじめてのキスに夢を持っていたわけじゃないが、ムードも何もない、翔さんらしいキスだった。

　転機はいつだったかな。
　俺が中３の、二学期の終わりくらいだったかな。
　喧嘩を、した。
　かなりお互い興奮してしまって、言わなくてもいいことまで言った気がする。
　俺は、別れる、とまで言った。
　原因はくだらないことで、翔さんの束縛がきつすぎることに対してだった。俺が腹を立てたんだ。だって、他の奴と話すなだの、目線も合わせるなだの、挙句の果てには翔さんの部屋から出るんじゃないと…まるで俺が他の奴に浮気することを前提に話すから。
　俺は翔さんが好きだった。他の奴なんて好きになんてならない。信頼されてないことが悔しかった。
　その喧嘩の最中、俺に一向に手を出してこないことや、これじゃあペットを家で飼殺してるのと同じだ、と、余計なことを言ってしまった。
　そして、それが、いけなかった。

「離せ！」
「暴れんじゃねぇよー」
「おい、誰か足押さえろ」
「はいはい、大人しくしようなぁ？」
「いやだっ、やめっ」

　一人で歩いていた夕日道、突然現れたガラの悪そうな奴らに囲まれてしまった。ついてねぇなと思いつつ、その時最高にイライラしていた俺は、返り討ちにしてやろうと構えた。だけど、人数が多すぎた。３人だった相手がいつの間にか４人、５人、と増えていき、結果、頭部に打撃を受け、意識を失ってしまった。
　そして連れられたのは、廃工場の中だった。

「ちきしょう、離せ！」
「だぁめだって」
「そうそう、お願いされてるからさ」
「はぁ？！」
「翔クンに」
「………えっ」
「君らっていつも仲好さそうに見えたんだけどなぁ」
「どういうことだよ！」

　不良はにいっと嫌な笑いを作ると、俺の前髪をぐいっと掴みあげた。

「『飽きたからもういらねー』ってさ」
「な…」
「『別れたいなら勝手にしろ』って怒ってたぜぇー」

　喧嘩をして数日、確かに翔さんからの連絡はなかった。怒ってるんだとは、思ってた。

「でもぉ、ほら、あいつってプライド高ぇだろ？あいつから告白したのに振られたなんて周りに知られたら、すごーく嫌なんだと。つーか、結構知られててさ、それにムカついたらしくってさぁー」
「…何が言いたいんだよ」
「コケにされたから、てめぇのことを慰み者にしてほしーってお願いされたってわけ」
「…！」

　そんな、まさか、というのが最初の感想だった。そもそも翔さんがこんな卑怯な真似はしないと思った。こいつらが何か勘違いしているんだって。
　でも、俺が翔さんと喧嘩してることを知ってる。別れたいと、言ったことも。誰も聞いていなかったはずなのに。こんな、名前も知らない奴が知ってる。
　翔さんが話した？

「ってわけで、」

わからない、考えても、わからない。

「おとなしくしてろよ？」

　そのあとは、よく覚えていない。
　はじめて引き裂くような痛みを味わったけれど、それすら記憶の彼方だ。そういえば、人は耐え切れない記憶には鍵をかけてしまうんだったっけ。
　ただ、今でも、悲しかったことだけを、しっかり覚えてる。
　…そして俺は、過去を捨てる決意をした。

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