くわり。ふわー。


 応接室の外扉でルークを待つジャンヌ。廊下に差し込む光が心地よいあまり、ついつい眠気が襲ってくる。ふわふわと噛み殺した欠伸を少し離れたところにいる白光騎士の一員に見られてしまった。顔は鎧で見えなかったが、きっと苦い顔をしているに違いない。くぐもった声で釘を刺された。


 二年前、白光騎士としてファブレ家に仕え始めた頃。騎士団の面々にはあまり良い目で迎えられた記憶がない。紅一点であることや若さを理由にすれど、さしあたって実力主義である。入団する際、実務試験で難なくその力を露呈させたジャンヌ。敵わないと知りつつ、けれどどこかで納得がいかないといった感情もけしてわからなくもない。ヴァン謡将の贔屓目だとも言われても、それはそれでしょうがないことだと割り切っていたし、深くを考えないことに決めていた。もちろん、全ての白光騎士がそうだということはない。今ではきっとごく一部に過ぎないだろうから。


 二年という歳月は、何よりものごとを軟化させる。じっくりと這うように。



 しばらくして勢いよく開かれた扉から、ルークが飛び出してきた。「わっ! びっくりした。…って、ルークどこ行くの?」


 足早に駆けていく小さな赤毛の主。準備してくるから中庭にいろ、と忙しなく伝えて消えていった。


「……。忙しい子」
「ふ、全くだな」


 どきり。鷹揚とした声に、と胸を突かれて振り返る。そこにいたのはルークが師と仰ぐ、ヴァン・グランツ謡将その人がいた。


「お…お久しぶりです、グランツ謡将。えと、その後お変りないですか?」
「ああ、問題ない。…と言いたいところだがな」


 謡将は目を細めて小さく息を吐く。中庭に向かう足取りを、ジャンヌも同じく追った。


「今回の訪問と何か?」
「ああ、…君には話しておこう。先日、導師イオンが行方不明になったのだ」
「行方不明…ですか?」
「急を要して私も導師捜索の任に就くのでな、忽ち今日帰国する」
「そうだったのですか。あ、それでルーク様さっき…」


 謡将がしばらく来れないことで不満を吐いたルークへの了見なのだろう。出航までの時間で剣舞を教えてくれるらしい。


「そういうことだ」


 くすりと笑う謡将の横顔にどきりとした。それを払うように、足早に中庭に向かった。


 到着したがルークはまだ来ていない。タイミングがいいのか悪いのかペールの姿もない。耳を澄ませばメイドたちの声や足音などが聞こえてきて、それが余計に中庭に流れる静を強調していた。


「しばらくはジャンヌ、君に任せるしかない。公爵や国王、それにルークの」
「みなまで仰らずとも了解しています」
「ふ、それならよい。あの方にも、伝えておいてくれ」
「……。はい」


 謡将と話しをしている時、ふと廊下を過ぎるメイドたちが立ち止まった。なにやらひやかすような暗黙のしぐさをよこしてくる。もちろん謡将からは見えない角度で。彼女たちの口ぶりとジェスチャーのサインをちらりと横目で見て、少しだけうんざりしたように視線を返した。え、なに? …もっと近づけ?


(絶対楽しんでる)


「ジャンヌ、どうした?」
「ふふ、メイドたちはグランツ謡将に夢中なのですよ」
「?」


 ジャンヌの見る先を辿って、メイドたちの方にヴァンは視線を向ける。彼女たちと不意に視線がかちあったことで、謡将は反射的にふと口角を上げてみせた。…きゃー!


 メイドたちは途端に踵を返し、顔を林檎みたく赤く染め上げてはものすごい勢いで退散していった。目が合っちゃった、恥ずかしい、きゃー、でもグランツ謡将ってやっぱり凛々しくて素敵よね!…ここまで声は聞こえないはずなのに、なるほど大体予想ができた。苦い顔をして額に手をあてるジャンヌ。そんな様子に何を思うのか、ヴァンが仄かに微笑んで言った。


「ここに来てもう二年だな。随分慣れ親しんでいるようで安心した」


 労いかあるいは心配か、それとも。ヴァンの言葉に少しだけ心が靄を着る。


「はい、長いように思えてあっという間でしたね」


 そう、短く返事をした。




「師匠! お待たせしましたっ!」


 ルークが木刀を持って中庭にやってきた。嬉々としたその表情に、思わず頬が緩む。


「では謡将、準備ができたようなのでルークをよろしくお願いします。怪我しないようにね、ルーク?」
「へーへー、わーってるよ」


 ジャンヌは場所を譲って、中庭に端に寄る。花壇に揺れる花の香りがよく届く距離だ。ペールからもらった花はなく、今は別の花だろうか、小さな二葉を出しているものがいくつかあった。この花が開くのは一体いつになるだろう。


 木剣の弾く音、その余韻が風に揺れる。技を繰り出すルークの目は活き活きして、傍らで眺める分に飽くことはない。けれど視界に入るそれをぼんやりと眺めていると、不意に通り過ぎる想いがあった。


 彼がいくら剣術を磨いたところで、言ってしまえばそれは杞憂。自分が盾になり守ればいいのだから。事実、自分はそのためにここにいる。


 もちろん稽古としての嗜みならばいくらでも経験を積めばいいし、唯一の楽しみを取り上げるつもりもないからこうして剣舞を磨かせている。ただ、彼が実践に到底向きはしないことは、一緒にいてよくわかっている。


 ルークは、命を背負えない。
 否、背負わせてはいけない。


 無意識に、両方の腰に刺さる二本の剣をそっとひと撫でした。私が守るんだ、漠然とそう心の中で呟いた。







 まるでその心を試すかのように。透き通るような美しい声が微かに流れ込んできたのは、そんな想いを浮かべてしばらくのこと。





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