「やあ、ジャンヌ。そんなふくれっ面してどうしたんだい?」


 きらきらきら。爽やかに笑う。朝日に眩しいその青年は、先ほどメイドたちの噂の中心だった彼。使用人のガイだ。


「出た諸悪の根源」
「は?」
「なんでもない。メイドのみんな探してたよ、ガイ」
「う…。ジャンヌもわかってて言ってるだろ?」


 困ったように笑うガイに思わず視線が向いた。


「んー、うん。まあ…」


 曖昧な返答。自分と噂されていたとは言えるはずもなく、けれどなんとなく記憶に新しいそれは無意識に彼を凝視する形になる。


「?」
「……。…はあ」
「お、おい…溜め息かよ」
「そだ。ガイ聞いた?」


 一度視線を落として話しを変える。


「なに?」
「グランツ謡将がお見えですって」
「……。ヴァン、…様が?」


 ガイはふと周りを気にして声を落とす。


「そう。なんでも急ぎの用らしくて」
「へえ…なるほどな、わかった」


 ガイは憂色な顔をして腕組みをした。ふむ、と何か思案して。その様子を横目で見つめるジャンヌにガイはふと笑って、組んだ腕を解いた。


「そういや、さっきルークにまた例の頭痛が起こったんだ」
「え…!」
「ま、大したことないって本人も言ってたし。気にすることはないと思うけどな。一応ジャンヌには伝えとこうと思って」
「そっか、ありがとう。にしても最近頻繁だね。…心配だな」


 ルークが10歳の時、敵国のマルクト帝国に誘拐されたという話しをジャンヌはガイ伝いに聞いたことがある。東グルニカ平野にある廃墟で発見された時、彼は一切の記憶を失っていたという。頭痛はその名残なのか、こうして時折ルークに襲いかかっては彼を苛んでいた。



「誘拐されて以来だから七年だな、今年で」
「そうなんだ。あー、ごめん…私、あまり詳しく知らなくて…」


 ルークの一番近くにいる護衛のくせに。自分自身にそう思った。どうしようもないことだけれど。
 歯切れの悪い言い方に、心中を察したガイがさり気なく返した。


「気にすることないさ」
「?」
「付き合いの浅い深いに一緒にいた期間はそんな関係ない気がするぞ。ルークだってそんな尺で君を測ったりしてないさ」
「!…」


 何気ないその言葉が胸に広がる。


「どうしたジャンヌ?」


(うっかりガイがかっこよく見えてくるとこだった)


 そんなこと恥ずかしくて言えるはずがなかった。









 ―…


 恥ずかしいやら照れるやら綻びきった顔を立てなおして。コンコン。ノックをニ回。


「ルーク、私。入るよ?」
「…おー」


 そして彼の第一声。


「遅え」


 じとり、と横目で睨まれた。


「む(自分だってうろちょろしたくせに)」
「む、じゃねえ」
「ご…」


「みたのか?例の夢」


 ごめんね、と言いかけた言葉に被ってルークがぶっきらぼうにジャンヌに訊ねた。少し目を丸くしたジャンヌがぽかんとした顔でルークを見やる。やや間があって、ジャンヌはこくんと頷いた。


「うん。今朝、久々に」
「あんま無理すんなよ。お前いないと俺が暇になんだろ」
「ふふ、そうする」


 ルークには、自分が時々見てしまうあの夢の話しをしたことがある。頻繁に幻聴を聞く自分を、頭がおかしくなったようだと自棄になったルークに。気休めでもない、ただ彼がうつむいて吐きだした言葉が苦しかった。同調しようと思ったわけではなかった、けれどルークには聞いていておいて欲しいと思ったのだ。

 こうやって、時折見えにくい優しさをくれる"聖なる焔の光"に―…。


「…ありがとう。ルークだってさっき頭痛起きたって聞いたよ。なのに心配してくれてたんだ?」
「ばっ…してねえ!!」


(照れてる)


 その時。ノック音がしてメイドが扉越しに声をかけてきた。
 ルークは入室の許可をして、メイドが一人部屋に入ってくる。ジャンヌはルークの後ろで目配せ混じりの挨拶を返した。それに気づいたメイドが柔らかく微笑んで、伝言を告げた。


「旦那様がお呼びですので、応接室へお願いします」
「わかった、下がれ」


 丁寧に一礼して、メイドは部屋を出て行った。


「師匠、なんの用事だろ。…ってなにやってんだお前?」


 ジャンヌが手にしているのは凝った細工の花瓶。第四音素が定期的に組み替えられるシェリダン製の小さな音機関だ。飾る物がないそれに、握っていたカランコエを活けた。ペールと話していた、お裾わけの分だ。


「なんだそれ?」
「お花」
「んなの、見りゃわかる」
「かわいいでしょ?」
「別に。花なんか興味ねえ」
「ルーク…かわいくない。あ、これ私の分も一緒に活けさせといてね。後でまた取りにくるから」
「そん時ゃ、自分とこに全部持って帰れ」
「やだ」


 間髪入れずに否定で返せば、ものすごく嫌そうな顔をされた。


「そんな顔しなくても。また押し花にして栞にでもしてよ」
「めんどくさ」
「そこ、うるさいよ」


 ぶつくさと呟くルークの背を押して部屋を出る。つまらない日常に注した、いつもと違う刺激のような出来事に心なしかルークの足取りは軽やかだったような気がする。


 きっとそれは謡将に会えるから。だと思う。






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