帝都ザーフィアス。物語は例のアンチヒーローの投獄から始まる。お馴染み胡散臭さを着たおっさんに投げ入れられた鍵に因って牢から出るのは容易かった。さてここからがまさに破天荒なほど厄介に絡まれていく面白いところ。

 箇条書きにすればこうだ。兵に追われる桃髪の可愛らしい女の子を発見、ユーリの幼なじみフレンに伝えることがあるとかないとか。同じく行動を共にする。フレンの部屋へ、ザギ現る。ザギの標的フレンからユーリに変更。大変面倒。諸々あり脱出。下町へ、ラピード合流。ユーリは魔核泥棒追跡、エステルはフレンを追うべくザーフィアスをあとにする。追記:食堂のカレーはまあまあ。

 と、ルーの登場まで少し足早に進む必要があるのでここは一つ割愛という手段を取ってみた。


「おい、いいのかそんなんで?」


いいのだ。


「開始早々このナレーション…イラッとしねえ?」
「落ち着いて下さいユーリ。直に慣れますよきっと」


エステリーゼ、フォローをありがとう。


「いえ、それより私のことはエステルと呼んで下さい!」


そしてエステリーゼとユーリ、ラピードはデイドン砦に到着した。


「…」
「エステル、気にすんなよ」
「…私、負けません!」
「…あふ」


 ラピードがくわりと一つあくびを溢す。デイドン砦を潜るやいなや、騎士の姿を視認したユーリは訝しげに呟いた。


「たく、目立たないようにしねえとな」
「追っ手でしょうか」
「さあな、それよりさっさと行こうぜ」


 前進するユーリの後にもう一つの足音はついてこない。くるりと振り返れば移動商店の前で本を広げるエステルが。


「置いてくぞ」
「あ、ごめんなさい」


 がもう少し…とページを読み進めるエステルに、店主が快活に話し掛けてきた。


「お二人さん旅人かい?」
「はい、まあそんなところです」
「そうか災難だな。ハルルにでも行くつもりだったなら尚更、今向こう道閉鎖中だとさ」
「ええ!」
「時折地響きがあるだろ。平原の主が暴れてるんだ」
「まじか…のんびりしてる暇はねぇし、他の道探すか」


 こくりと頷いたエステルの手には未だしっかりと握られた本が。店主から貰ったらしい、ほくほくとはにかんでいる。ラピードは耳を器用に脚でポリポリ、暇を持て余している。


「そだ、おっちゃんここにアスピオの研究員とか来なかったか?」
「研究員?」
「ちょっと訳ありでさ、モルディオってんだけど」
「モルディオなら知ってるぞ。アスピオに商品卸す時に会ったから」
「ほんとか! で、そのモルディオってやつどんなやつなんだ?」
「んー。小柄で癖のある紅い服着てたっけな。茶髪の。ちょっと…いや結構変わった女の子で」


 グッジョブおっちゃん店主、幸先のいい見解に顔を綻ばせる両人と一匹だったが。出鼻を挫くようで申し訳ない、そろそろ出番が来たようだ。

 突如起こる地鳴り。
 砦から見渡す先から沸き立つように土煙が舞い上がる。重い濁音を連れて猛進するのは、平原の主とそれに連なる無数の魔物。その塊が砦めがけて来ているのだからたまったものじゃない。辺りは騒然とする。

 ギリギリと閉門を始めた音が同時に心音を駆り立てていく。


「待ちなさい、まだ外に人が…!」


 制止を告げる声に一時留まったが。止むを得ずに閉門を余儀なくするのは、既に尽くす手立てがないことを暗黙に告げていた。ちなみにさっきの声はカウフマンのものである。


「エステルはここで待っ…ちゃくれないか」


 ユーリが言うより早く、エステルは外へ飛び出した。ユーリも後を追う。二人は手分けして逃げ遅れた人を砦へと促した。が、平原を駆ける足音はすぐそこまで来ている。地響きの中に泣き声がこだました。


「エステル、その子連れて走れ!」
「でもユーリが!」
「いいから走れ!」


 罵声にビクリと肩を震わせながら、エステルは唇を噛んでその場を去る。

 どう足掻いても逃げ切れる尺があるとも思えなかった。頬に伝う汗を感じながら鞘を飛ばして中段に構える。急いた全ての感覚は正常で、行動はいつになく機敏だ。


「っ…相手に不足はねえ」

「ほう。その猛進さ、賞賛に値する」



…誰?



振り返ると
そこにいたのは


「が、敵わぬ相手に挑むのは無謀というものだ」
「がふっ」


 赤ずきんと狼

 本当に誰だ。…狼はまだいい。問題はずきんの方だ。どう見ても子ども、ユーリの頭2個分は小さい。紅いずきんと服にかぼちゃのような絞りのズボン、キナリ色の外套がふわふわと游いだ。なんだってまたこんなちびっ子が今の危機的状況で余裕綽々とふんぞり返っているだろう。ユーリの頬が仄かに引きつった。軽い眩暈のような、そうあれだこの感覚は現実逃避に少し似ている。


「嬢ちゃん、いい子だからあっち行ってな。グミやっから」
「おお、これはご丁寧に。どうも」


 尚も悠長にアップルグミを手にした少女は、口に投げ込みムグムグと咀嚼する。それを咎めるように狼が吠えた。心なしかユーリの肩がビクついた。


「わかっておる、レオ。さ、さっさとアレをどうにかしよう。このままでは砦が危ないからな。魔狩りの連中に追いかけられた鬱憤も溜まっておる。いい発散時だ」


 くるりとユーリに向き直ると、少女はニッと笑って言った。


「そこの、少し離れておれよ。あと耳を塞いでおくがいい」
「な…おい!?」


 向かい来るブルータルの勢いは凄まじく、唸りは空気を振動させてやってくる。そこへ突撃するように少女は走る。マッチ棒のように跳ね上がる、そんな走馬灯が過ぎた。
が変わりに
力強い荒々しい猛びが轟いた。


「Arrêt!Le maître de la plaine!」
―止まれ、平原の主!


 覇気がこだまする。凛と高らかに。
助力するように狼が空に向かって吠えた。

 主以外の全てが動きを止める。主が放つ雄叫びに少女が再び口を開いた。


「Chute silencieux」


 弾き出されたように失速する群集は少女の目前ギリギリのところでぴたりと止まった。一連の光景を見たユーリは舞い上がる粉塵から徐々に浮かび上がる少女に息を呑んだ。化粧気のない、どちらかといえば日に焼かれた肌。女性らしさを身に付ける必要性を知らぬ程幼く純真で、ぴんと背筋を伸ばす姿は横から見ていても高潔な雰囲気を纏っていた。


「世の中すげえやつがいんのな。―…ん?待てよ」


 ユーリは先ほどの店主との会話を思い出す。小柄、紅い服、茶髪、変わった女の子…。……。

 吃る鈍い音が地に響く、ひっくり返った魔物らが踵を返して去っていく。彼が歩み寄ると、一仕事を終えた少女は服の埃をハタハタと払っている最中だった。ふと、互いの瞳が交錯した。


ガシッ


 ユーリはその腕を取る。厄介事が多い割にすんなりと事が運ばれているのか、はたまたやはり厄介しか舞込んでこないのかは別にして。ユーリは必然に近しい偶然を掴んだ。


狼座と明星
(モルディオみっけ)
(なにをする。離さんか)

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