松夢 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

強引にmy way



片側三車線、合わせて六車線。都会の道路は車線の数がとても多い。もしも飛び込むなら。どこが一番良いだろう。太陽が沈みきった瑠璃色の空の下で、眩い光が縦へ横へと行き交う。やっぱり成功しそうなのは真ん中だろうか。四方八方逃げ道ナシ。失敗しても歩道に戻るのは困難だろうし、きっと誰も助けてはくれない。
ゴーッともシャーっとも表現できない車のタイヤとアスファルトが擦れる音を聞きながら、車道に指を向ける。

『ど・れ・に・し・よ・う・か ・な』
「な・に・を・し・て・ん・だ・よ」
『うわっびっくり!びっくりしたよ、おそ松!』
「うるせーよ。9時に来るっつったじゃん」

突然耳元で声をかけられ振り返ると、不機嫌な顔をしたおそ松が私と同じように歩道橋の上から道路を覗き込んでいた。くしゃくしゃの髪はまだ濡れているから、きっと銭湯に行った後に急いでもう一度家を出てきてくれたのだろう。

「よし、帰るぞー」
『あっちょっと待ってよ』
「俺はこんな所でお前と話してる時間なんてねーの」
『何よその言い方。でも迎えに来てくれてありがとう、おそ松』
「ん」

両ポケットに手を突っ込んだおそ松は会話もそこそこに、くるっと向きを変え元来た道を歩き始める。小学生からの付き合いで今更照れたわけではあるまい。つまり、私と話し込もうという気がないのだ。



大人になってからおそ松は何だか素っ気なくなった。以前、トト子にも話したことはこんな時に感じる。トト子曰く、「そんな事ないよ。おそ松くんは相変わらず超小学生級の奇跡のバカだもん」らしいけど、私にはどうもそれだけには思えない。間違いなく、おそ松はどこかが変わった。
超小学生級の奇跡のバカは否定しないけど。

「お前こんな時間まで働いてんの?生きてて楽しい?」
『ニートだけには言われたく無いよ、それ』
「晩飯食った?」
『まさか、帰ってから食べるの』

ほら、とついさっき買ったばかりのビニール袋を掲げてみせる。持ってているだけで唐揚げの匂いが充満する。てっきりまた“うまそー食わして!”とか“それで女子かよ”とかって言葉が返ってくるかと思ったのに、おそ松の反応はとても薄い。何も口に出さない代わりにむっすりとした表情でビニール袋をじっと見つめるだけだった。

「なにそれ」
『分かるでしょ。唐揚げ』
「どこで買ったの」
『駅ナカのお店だけど』
「ふぅん」

興味が無いような仕草をしているが、おそ松がこれを狙っているのは明らかだ。ちらりと左隣を盗み見ると、無遠慮な視線が唐揚げに注がれているし、視線をおそ松の顔に移してもおそ松はそれに気づいた様子もなく鼻をぴくぴくと動かしている。

『迎えに来てくれてありがとう』
「お礼なら物でくれてもいーんだぜ」
『すーぐそうやって。でもそう言うと思って、さっきビール買っておいた。どっかで飲んでいこうよ』
「おっいいね、やるじゃん」

さっすがOL様、仕事ができますなぁ……なんて煽りはシカト。選んだのはおそ松が大好きな銘柄のものだ。缶を見るなり分かりやすくおそ松の顔が緩まる。が、なぜかまた直ぐにまた気難しい顔に戻る。ビールはお気に召したようだが、私に対しての警戒はまだまだ解いていないようだ。

「飲むのは家に着いてからな」
『んー、そうだね。うちならおつまみも用意出来るし』
「そうとなったら走ろうぜ」
『へっ』

にんまり笑ったおそ松は迷うことなく私の手を取り、走り出した。

****

『ってここ、おそ松の家じゃない!』
「あーーーー疲れた。母さん帰ったよ。あと名前連れてきた」
『疲れたっていうんなら走らなくても』
「あらいらっしゃい。今日は泊まっていくんでしょう?名前ちゃん用のお布団も敷いてあるから。あ、安心して、ニートたちとは別の階だから」
『えっ、あの……お邪魔します』

にこにこ顔のおそ松のお母さんが来客用のスリッパ片手に出迎えてくれる。非常識な時間に突然やってきただけに申し訳ない。こちとら手土産になるものといえば自分の夕飯のために購入した唐揚げだけだ。
女の子の前でだらしない格好するんじゃない、と背中を叩かれるおそ松を見ながら、私は1人玄関で立ち尽くす。

「おそ松兄さんおかえ……えー名前ちゃん!なんだ、お客さんって名前ちゃんだったんだ。それならそうと言ってよね、もう」
『ト、トド松ひさしぶり』
「うん、久しぶり。元気だった?会うの久しぶりじゃない?」

高校を卒業してから人脈を広げ、一段とリア充感の増したトド松から思わず一歩身を引く。お得意らしいトークで次々と質問を投げかけられるがちょっと勘弁してほしいかも、なんて。かといってどこへ行けば良いのかも分からない。その場凌ぎでへらへらと笑って対応していると、郵便でも取りに行っていたのか、外から戻ってくるなりおそ松がぐいぐいと肩を押し私を部屋の奥へ向かわせた。

「ねぇねぇ、名前ちゃん今日泊まってくんでしょ?一緒にゲームしようよ」
『その予定は特に……』
「そう、泊まんの。だからお前らは部屋から出るな。名前はこんな時間まで働いてて疲れてんだから」
『泊まるってちょっと、どういうこと!私着替えなんて何も持ってきてないのに』
「いーからいーから、一晩くらい履かなかったって別に何にも減ったりしねーんだから」

えーナニを履かなくてもだって!トド松はケラケラと笑っているが、こんな状況でこんな冗談を言われても笑い飛ばせない。
しかしおそ松の方はというとこれまた本気も本気らしい。

「とにかくトド松はついてくんなよ」
「えーヒドいよね。ボクだって名前ちゃんと話したいのに独り占めなんてズルい」
「うっせーオレは選ばれたんだよ。ともかく向こう行ってろ」
「ふーんだ。名前ちゃんがおそ松兄さんに襲われてもボク助けに来てあげないから、自分の身は自分で守ってよね」
『え、襲わ……』

ピシャリと後ろ手で襖を閉めたおそ松がにんまりと口角をあげる。あ、だめだもしかしてバッドエンド……。

『おそ松って……』
「ん?」
『私のことそういう目で見てるんだ』
「見てねーよ」
『だって今トド松が!トド松は……いや冷静にトド松だったわ』
「大体さぁ。ストーカーされてて怖いっつーから俺が迎えに行ってんのに、見送って1人の家にぽんと返すんじゃ意味ねぇじゃん」
『私は……暗い帰り道が怖いから家まで送ってもらうだけのつもりだったんだけど』

まただ。急に真面目な顔を見せるおそ松を見ていると、空気が2度も3度も下がったように感じる。
そんなに気を遣わせていたならごめん。そもそもおそ松がそんなに気遣いできる人だなんて思っていなかったから。たぶんこの場では必要のない言葉は飲み込み、黙っておそ松を見た。
ヨレヨレのグレーのパーカー、走ってくしゃくしゃになった黒髪にいつでも気の抜けた表情。中学生や高校生の頃から全く変わっていない。

「お前のつもりとかはどうでもいいんだよ。とりあえず暫くウチから通えよなー」
『……あれ、今暫くって聞こえたんだけど』
「むさ苦しくてこんな所いられないっていうんだったら別だけどさ。うちは1人くらい増えても変わんねぇし」
『いやちょっとまって、そんなの聞いてないしそんなつもりない!』
「だーかーら、お前のつもりなんてどうでもいいっていってんの。そっれっよっりっ〜」

さすが六つ子の長男と言うべきか。こうと決めたら揺るがない、その言葉に他人には有無を言わせないという意志を感じる。
事の運びについて行けず呆然と立ち尽くす私とは一変して、話は終わったとばかりにおそ松が猫撫で声で私にすり寄ってくる。

「名前ちゃん早くビール出してよ、ビール。俺ずっと我慢してたんだぜ?なぁー俺にくれるんだろ?それ」
『まぁそうだけどさぁ……』
「それから唐揚げも、もーらいっ」
『あっちょっと!』

名前は母さんが筑前煮作ってたからそれ食ってよ。なんて言われたら黙って唐揚げも差し出すしかない。全く至れり尽くせりなご家族だ。誰かの手作りのご飯を食べるのなんて、いつ以来だろう。すっかりおそ松のペースに飲まれている自分に、ため息が出た。

いただけるとなると夜も遅いし早めに……そう思って立ち上がった瞬間、缶の中に閉じ込められていたビールと空気が溢れ出す音と共に太ももに水飛沫がかかる。

『うーわ。何してくれてんの』
「……お前これ振っただろ」
『振ってなんか……あ、おそ松が無理矢理走らせた時かも』
「おまっ、ビールは守って走れよ!」
『あんな突然走り出したくせに、どう守れっていうのよ!』
「いやーそれにしてもこれから名前がうちに住むとなると、毎晩土産でうまいもんが食えるのかぁ」
『住むんじゃなくて少し間借りするだけだし毎日って……ってやだ2本目は私の!』

幼馴染との馬鹿騒ぎならぬバカ幼馴染との大騒ぎ。
気まずかった時間がまるで嘘のように、お酒を入れた私たちを止めるものはいなかった。

翌日、毎日設定していたアラームで辛うじて起きた私は急いで支度をすることになる。その後ろでおそ松は腹をかきながら寝ていた。
自宅に寄ることが出来ず昨日と同じ服で出社し、同僚から朝帰りだの破廉恥だのなんだのって言葉を1日中背中に受けながら仕事をしたのは言うまでもない。






「おそ松兄さん家に女の子連れ込むとか常識的に考えてどうなの?」
「いや、カラ松もしてたけどね」
「なんで呼んだの。確か家まで送ってあげるだけじゃなかった?もしかして2人って……」
「「うーん、ないね」」


[END]
あるといいな。
続きそうです。
[ 2/15 ]

[prev] [next]
back