松夢 | ナノ
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わがままりんごを半分こ


今日はやたらと名前が絡んでくるなと思った。後ろから抱きしめたり腕を掴んでみたり、ちょこまかと動き回る名前は忙しい。特に話しかけてくるでもなく、僕の周りを這い回る名前の行動は、まるで懐いた動物が戯れてくるようで可愛かった。可愛いし、同じ部屋にいるチョロ松兄さんが羨ましそうにしてるのがくそウケる。手元の雑誌なんてほとんどページ進んでないでしょ、あれ。カップルが触れ合っているのを見て、あんなに挙動不審になっちゃうなんてほんと童貞って怖い。真顔でチョロ松兄さんを見ているとふと目が合い、思わず笑みがこぼれた。優越感に浸れるって、まじ最高。

「っお前そのニタニタ笑いやめろよ!」
「なにが、被害妄想でしょ」
「名前も!人がいる前でそうやって一松に……」

自分の言ってることに恥ずかしくなったのか情けなくなったのか、チョロ松兄さんの言葉は尻すぼみして無くなった。一方名前はというと、服を掴んだ手をそのまま止め、いったい何を言われているか分からないといった様子でチョロ松兄さんを見つめ返している。今日の名前はおかしい。薄々と感じながらも、名前の見せる可愛さに僕の思考は停止していた。
チョロ松兄さんに対する優越感から感じるゾクリとした感覚をもう一度味わいたい。そう感じた僕は、名前と手を握ろうと膝の上に置かれた名前の手に自分の手を重ねる。が、なぜかその手はぱしっと払われた。え、なんで。

『ねぇ一松』
「な、なに」
『ちょっとお腹めくって』
「え、」
『めくって』
「言ったそばからなにしてるのかな名前ちゃん、ねぇ!」

チョロ松兄さんの悲痛の叫びにも動じず、名前がパーカーの裾に手をかける。
そんな僕と名前とのやり取りを見て、とうとう部屋にいることが耐えられなくなったらしい。一松、後で覚えてろよと何の意味も持たない捨て台詞を残して、チョロ松兄さんは部屋を去ろうとした。

待っておいていかないで。
名前の様子がおかしい、絶対ヤバイ、嫌な予感しかしない。脳内でうるさいくらいに警報音が鳴り響く。分かりやすいアブノーマルなら大歓迎だった。分かりにくくても正直言って全然余裕。
でも違う、ノーマルとかそうじゃないとかは関係ない気がする。名前の目ぇめちゃめちゃ怖い。


『ねぇ、一松。ダイエットしよっか』
「……」

目の前でチョロ松兄さんがぶはっと噴き出すのが見えた。


****

最悪だ。しかもよりにもよってチョロ松兄さんの前で。ムカつく。
何と返すのが正解なのかも分からず、とりあえず名前を睨むが、名前の顔は真剣そのものだった。どう切り出せばこのおかしな状況から抜け出せるんだ。必死に思考を巡らせるが、適切な言葉が出てくることはなく、なす術もない。
僕は今、なぜか名前の前に正座させられている。

『ダイエット、分かる?走るの、そして君が今身に纏っているこのぶよぶよの肉を落とすの』
「……なんで」
『これが20代前半男子の体かね』

ようやく絞り出した声に対し、名前はめちゃくちゃいい笑顔で、僕に笑いかけた。
名前が相手じゃなければ無視だってしたていただろうし、逆ギレだってしていたかもしれない。これは“僕の”身体なのだ、と。他人に干渉される筋合いはない。でも……相手は名前だ。
僕はこの彼女の有無を言わさぬ態度をどうしても愛することができない。

『さっき下でタンクトップ姿のカラ松が歩いてたんだけど、同じ六つ子なのに全く違うなって思ってさ。最初は姿勢のせいかと思ったんだけど』
「は、アイツなんでそういう格好で家ん中歩き回るわけ」
『シャワー浴びたばっかりっぽかったよ』
「なんでこんな時間にシャワー浴びんの。夜に銭湯行くだろ」
『ねぇ、今カラ松のことはどうでもいいんだよね』

名前に余計な入れ知恵をしたクソ松まじ死ねばいいのに。いつの間に下からみかんのカゴを持ってきたチョロ松兄さんが僕に負けず劣らずのニッタニタ笑いで僕たちのやり取りを見ているのもすっげームカつく。っていうかおそ松兄さんも増えてるし。なんなのまじで。
部屋のど真ん中で正座をさせられている僕はいい晒し者だ。刃向かいたいけれど、どこへ逃げればいいのかも分からないし、何を言えばいいのかもわからない。そもそも体が言うことを聞かない。

「名前、勘弁して」
『トド松とかジム通ってるんでしょ、一緒に行かせてもらいなよ』
「…………いやだ」
『なんで、いいじゃない!最近、最新の機械も入って楽しいらしいよ』

まさか僕がそんなものに惹かれるとでも思ってるの、名前は。バカじゃないの、お前彼氏のことぐらい知ってろよ。僕がそんなものに興味持つとでも思ってるの。っていうかトド松と2人でランニングマシーンなんて使ってたら、それこそ晒し者だ。それに名前は何も分かっていない。ジムに行くような奴らの目的は必ずしも痩せることではない。大半がトド松のようにファッション感覚で行ってるだけだろ。それなのに僕なんかがジムに足を踏み入れたら……。

『まさか、自分なんかがジムに通ってたら目立つとか好奇の目で見られるとか思ってるんじゃないの?周り気にしないからこんな腹になってるくせになんでいっちょまえに周り気にしてんの、なんでジム行くこと恥ずかしがってるの』

名前まじ面倒くせぇ。
微妙に核心ついてくるところもムカつく。その上、容赦もない。けちょんけちょんに言われすぎて、こっちは半泣きだ。話が通じなさすぎて、埒があかない。

こんな前向き志向のキラキラ女と付き合い始めた過去の自分に“身の程”という言葉を教えてあげたい。間違いなく名前の見た目の可愛さに目が眩んだし、そんな名前が僕なんか相手にしてくれるもんだから、調子に乗った。
震える口元に力をいれ、どうにか平静を保ちながら声を出す。
「結局、おれの腹が不満なわけ」
『不満』
「お前もうカラ松と付き合えよ」
『いやだよ、わたし一松が好きなんだもん』
「はっ、お前なに……」
「おおお……」
「いや、“おおお……”じゃねぇよ、おそ松兄さん。しかもこの際だから言うけど、それおれのお菓子だろ」
「いや、この流れでこのポテチがお前のものになる運命は断たれただろ。ねっ、名前ちゃん」

名前が真顔で頷く。何この空間、やってらんない。名前や兄さん達に背を向け、どかっとその場で座り直す。入り口にはおそ松兄さんとチョロ松兄さんがいるし、真後ろでは名前が仁王立ちしてる。僕の逃げ道はもうどこにもない。もう仏像にでもなろう、僕はもう何も聞こえないし何にも反応しない。言いたいだけ言うがいい。


「あれー、なんか一松耳赤くね?」
「えっどれどれ」
「赤くっねぇよ!マジおそ松兄さんとチョロ松兄さん黙っててくんない?」

最っ悪だ。パーカーのフードを被り、赤くなった耳を隠すがもう遅い。ゲラゲラと笑う兄さんたちの声が止まないし、暫くはこのネタでからかわれ続けるだろう。そんなムードの欠片も感じられない場なのに、空気の読めない僕の心臓はバクバクと鳴り続ける。

「やべぇ一松。名前ちゃんに好きって言われただけで真っ赤になってんの。俺ら差し置いて付き合いはじめても所詮童貞だな」
「おそ松……兄さん」
「やー兄ちゃんは安心した」

もう振り向きたくない。振り向きたくないけど、この部屋にもいたくない。パーカーのフードを深く被り直し、足早に3人の間を抜ける。


『ねぇ待って、一松。怒ったの?』
「あぁ、怒ったよ。とっても、ね」

さすがに廊下に出た僕たちを追いかけてくるような事まではしないらしい。
名前はおずおずと手を伸ばし僕のお腹の辺りに抱きつこうとするが、迷った末、大人しくその手を自分の元へ引き戻す。

『だってチョロ松があんなに意地悪だと思わなかった』
「別になんでもいいよもう、それより悪いけどジムは行かないから」
『……そっかぁ』

名前と並ぶのだからカッコイイ彼氏でいたいという気持ちがないわけではない。でもそのために自分を磨き始めるのはカッコ悪い気がしてしまう。何をすればいいのか分からないし、見当違いだったら恥ずかしい。でも、それが怠惰である事も自覚してる。

「名前と一緒に散歩するくらいなら……別にいい」
『本当に?』
「うん、今日夕方行く?」
『そしたらさ!もし痩せたら……』

こそっと耳元に名前の口が近づく。ふわっとかかる息とひっそりと入ってくる声に思わず名前の方を振り向く。まじ、まじで?
名前は口元に手を当て、嬉しそうにくすくすと笑っている。

「えっなになに名前ちゃーん聞こえなーい」
「お兄さんたちにも教えてー。痩せたら一松とナニするのー?」
『意地悪チョロ松とおそ松には教えてやんないよーだ』

いつの間に聞き耳を立てていたのだろう。ぶーぶーと文句を垂れる兄たちに飛び切りの笑顔を向けた名前が僕の手を取り、引っ張る。
兄たちの野次は止まらないが、耳に全く入ってこない。

「ちょっと、まだ昼……」
『いいじゃん、赤塚公園まで行ってピクニックしようよ』
「(暑いの嫌なんだけどな)」

これ以上は名前も聞き入れてくれなさそうだ。
繋がれた手がとても熱い。この熱を離したら多分いけない気がする。そう思った僕は絶対に離れないように名前と自分の指を絡め、握り直した。


[END]
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