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1番上はいつだってその他大勢にはなれない


つつっとヘソのあたりに指を這わせ、そのまま下へ下へと位置を下げる。くっと軽く指で下っ腹を押すと、中からの圧迫感と重なる快感に名前の声が漏れた。

「力抜いて……名前」
『っや、おそま……っ無理』
「無理じゃないの、知ってる」
『……っぁ』
「名前」

額に張り付く髪を振り払いながらこちらを振り向く名前と目があう。涙の滲む目尻に口づけ、ぺろりと舐めるとくすぐったそうに顔を歪ませた。しなる背中は艶やかで、淡く橙色が広がる壁にはぼんやりと二体の影が映る。最後に小さく声を上げた名前は、そのままベットに倒れこむように意識を手放した。


****

「あ、お姫様が起きた」

長い睫毛の乗った瞼がぱちっと開く。まだ覚めきらない重たい瞼の奥で瞳がきょろきょろと動いていると思ったら、その瞳はじっと俺を捉えた。目の前に男の顔があることに驚いたらしい。名前は条件反射のように目を見開き、顔を赤くさせたが、直ぐに俺であることに気づき小さく安堵の息をつく。「寒かった?名前ってば俺のこと抱き枕と勘違いしてんだもん」と更に羞恥心を煽るようなことを言うと、名前は俺に回していた手を慌てて自分の体に引きつけた。
特別に愛おしくは感じないが、真っ白な背中を丸め俺の横に横たわる名前は、とても可愛い。

『……おはよ。私どんくらい寝てたかな、王子様今は何時ですか』
「存じ上げませーん」

我ながら雑な返しだ。むくれた名前は布団に潜り込んだまま、サイドテーブルに放り出した腕時計に手を伸ばす。しかし結局届かず、すぐに諦めた。実際、俺も名前もどれくらい寝ていたのかは分からないが、経験則から“休憩”時間はまだ十分に残っているだろう。

「なぁなぁ俺思ったんだけどさー、セフレって言葉考えたやつすごいよな。だって意味と言葉まんまだぜ?」
『いきなりすぎて全然わからない、なによ突然』

名前と俺の関係の名前は、なんて安直で、なんて分かりやすい言葉だろう。
思えば、名前とは長い長い関係だった。まるで付き合いながらいつまで経っても結婚を決めないカップルのように、俺たちは意識的に“カップル”という概念から自分達を遠ざけ、付き合おうの一言を避けてきた。会えばただ欲望の赴くままに絡み合い繋がり、そして果てる。だから名前と俺はセフレ。名前は働かない俺のことを気にしなくてもよかったし、俺は名前が日中忙しかろうが誰と会おうが気にしない、気楽な関係だった。行為中に名前が何を考えているのかだって、俺には知る由もない。けれども少なくとも俺は今目の前にいる名前だけを見ていたし、たぶん名前も同じなんだろうなと思う。要は自分の瞳に脳に、縫い付けておくべき相手がいないのだ。

『……兄弟たち、まだ私の存在に気づかない?』

ようやく目覚めてきたのか、くるくると毛先を弄び始めた名前がふいに口を開く。

「絶対に知らないね。勘が鈍いんだよなぁ、あいつら」
『おそ松は言うつもりはないの?』
「言わないよ絶対、ていうか名前も言われたら嫌でしょ」
『うん嫌、みんな私にとっては友達だから。私がおそ松とこういう関係にあるなんて知ったら驚かれちゃうよ。驚くっていうよりドン引き、かな』
「やべぇな、チョロ松以外みんなと関係持ってるんだっけ?名前ってばちょービッチ」
『そういうこと言わないでよ。語弊がありすぎる』

友達が自分の兄弟のセフレだったなんて、知られたが最後だぜ?と言って俺は意識的に名前を傷つける。名前はそんな俺に露骨に嫌な顔をするが、決して責めたりはしない。
他の兄弟に言ったらどんな反応をされるかなんて、俺が1番よく知っている。この隠れた関係を知ったところであいつらは驚くだろうが別に誰も気にしやしないだろうし、きっと名前はひどく同情される。俺は俺で、みんなと同調し童貞ぶっていたことは責められるだろうけど、ぶーぶー文句を言われることなんて全く怖かない。
それよりも明かしてしまうことで名前との関係に面白味が無くなってしまう方がつまらない、だから絶対言わねぇ。

「それにあいつら実は俺に隠し事ばっかりしてるんだぜ?俺ばっかりぺらぺら話すのなんてムカつくだけだろ」
『難しいのね、六つ子も』
「だって俺長男だし。俺は、いつだって余裕でいたいんだよ」

そう、俺は六つ子の長男だ。こんな特異な立場を理解してくれる人はいったい世界にどれくらいいるのだろう。しかし所詮同い年、長男扱いされて育ってきたわけではない。
けど、母さんは兄弟を呼ぶ時人より多く俺の名を呼んだし、俺も素直にその役回りを受け入れていた。1番上はいつだってその他大勢にはなれない。

『……おそ松って全然変わらない』
「えっまじ、それ喜んでいいの?」
『うん、変わらないから安心できるの』
「そっかーじゃあ俺喜んじゃおう。でも俺、テクには磨きかかってきてると思うんだよなー」
『別にそういう話してるんじゃなくて』
「なんだかんだ名前だって満更でもないでしょ」
『バカじゃない……』

最後の言葉を言い切る前にかぷっと耳を甘噛みし、耳を愛撫すると名前は身をよじる。
ちろりと舌を挿し入れると空いた口から吐息を漏らす名前に、思わず口角が上がった。もう一回いけんじゃねぇかと調子に乗って名前に馬乗りをする。すると、突然肩に痛みが走った。

それはもうベットから落とされるのではないかと思うくらい、俺は思い切り突き飛ばされていた。突き飛ばした本人である名前を呆然と見ると、名前は俺の視線など気にせずゆっくりと起き上がり、ベットの端まで移動する。側にあったシーツを身に纏った名前の唇は細かに震えていた。


『おそ松、痛くしてごめん』
「いやいやいやなんなの!びっくりしたんだけど俺、名前って口ついてるよね、俺今無理やりしてないよね?」
『おそ松、あのね。私チョロ松の彼女にもなった』
「は、チョロ松?彼女?」

素っ頓狂な声をあげる俺に一切返事をしてこない名前を見て、ようやくその言葉が事実であることを知る。冗談だろという言葉は飲み込んだのか、口から漏れていたのかは分からない。

『今日、最後のつもりできたの……もうこれからはおそ松とこの関係続けられない。今更気づいたんだけど、私、これからの行いで大切な……チョロ松のこと傷つけるようなことしたくないんだ』

名前の唇と共鳴するように、わなわなと震え始めた手が止まらない。なんでそんな勇気振り絞りましたみたいな声出すんだよ。なんだよ、“これからの行い”って。今までのおれとの関係を後悔しているような言い方するなよ。じくじくの熱が集まり、耳がカッと熱くなるのが分かる。

高校生の俺が名前に声をかけたのは他でもない、他の兄弟が知っている女の子を知らないでいるのが単に嫌だったからだ。このことは多分名前だって知らない。いや、勘のいい名前のことだから薄々は気づいているのかもしれない。
俺がトド松の元へ教科書を借りに行けばトド松は名前と楽しそうに談笑し、運動会委員の話し合いが終わるのを待っていれば十四松と名前が一緒に教室を出てくる。カラ松の演劇発表を見に行くと、ほらまた彼女の姿。そんな女の子の修学旅行の班が一松と一緒になったものだから、我が家の食卓ではよく名前の名前が飛び交った。共通の知り合いの話題で4人が盛り上がっている時、拗ねた俺はよくチョロ松に、雑な絡みをしていたものだ。兄弟が話す女の子が気になるわけじゃないけど、所詮自分が友人になり得ることはないと思い込んでいるチョロ松は兄弟の話に耳を傾けながらも、これまた適当に俺をあしらってくれた。
そんなチョロ松が、名前の彼氏になった。
たった一言が上手く飲み込めず頭の中で何度も何度も反芻する。

「ふーん、そっか。じゃあ最後に一回シて終わりだな」
『おそ松、そんな言葉しか出てこないの……』
「な、なんだよ怖い顔して」
『ごめんね』

どうしてそう寂しそうな顔をするんだろう。名前に傷つけられてるのは俺だというのに。だから無意識でそういう顔するのやめろ。許すもなにもないじゃないか。それなのに名前は誰に許しを請いてるんだ。

「シないならこれで終わりか。んじゃあまたね名前」
『……おそ松怒らないの?』
「なんで怒るの、だってセフレってそーいうもんでしょ」

いつも通りへらっと笑い返すと、名前はいくらか緊張を解いたようで、ぎこちなく俺に微笑み返す。それでいい、そうじゃなきゃ、全く、だめだ。

お兄ちゃんなんだから我慢しなさいなんて言われたことはない。いつだって俺達は平等に扱われていたが、それでも理不尽を感じたことがないわけではない。いつだって俺は長男だった。
こんな仕打ちを受けるなら、さっき背中に跡でもつけておけばよかった、なんて冗談とも本気とも取れないセリフは飲み込んだ。名前はせいぜい動揺すればいい。一緒に笑って別れて、明日になったってきっと名前は俺を忘れられない。
縁を切るなら他にも方法があったはずだろう。そうじゃないの、ねぇ名前。
最後と決めてここにきた時点で、俺が笑顔でお前を見送った時点で名前の負けなんだよ。俺への未練の糸はしっかりと掴んでいる自信があった。
遠慮がちに立ち上がって衣服を身に纏ってゆく名前を見て、俺は何故だか笑いがこみ上げてきて仕方がない。


(こんな形では終わらせられない。)

[END]

はなまるぴっぴは良い子だけ。
悪い子はぺけぽん。
失ってからしか女の子の大切さに気付けないおそ松の能天気さと欠陥。
書きたいこと書いてたら読みにくさMAXで暗いお話になってしまいました。またいつか書き直すかも。
[ 8/15 ]

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