僕は小さな頃イケブクロのスラム街に捨てられていたらしい。というのも、当時赤ちゃんだった僕は何も覚えているはずがなかった。この話は僕を拾った父替わり―――天谷奴零さんから聞いたものだった。

僕は零さんに拾われて 後に施設に預けられた。そして今も施設で暮らしいてる。身寄りのないΩ専用の施設。僕は零さんと一緒がよかったけれど、『ここが一番安全だ』と取り合って貰えなかった。その代わりに、週に2〜3回は会いに来てくれている。

「よぉ 元気してるか坊主」
「零さん!!もう僕坊主じゃないよっ、もう18だもん」
「俺からすりゃお前は赤ん坊の時から変わっちゃいねぇよ」
そう言って僕の頭を撫でてくれる 大きな手が僕は大好きだ。撫でて貰えただけでその日一日ニコニコしてしまうくらいには大好きだ。
「ぁ、そういえば零さん…暫く来られないって本当?」
「あぁ。ちょっと仕事で出張が入っちまってな」
「んー。そっかぁ…。ねぇねぇ、零さん 零さんのお仕事って、」
「さぁな。好きな様に思っててくれて構わねぇ」
「む、なにそれ、答えになってないよ…!!」
ムムッてほっぺを膨らまして軽くパンチをしようとすると ひらりと躱されてまた頭を撫でられる。どこまでも子供扱いされてるみたいだ。
「まぁそうむくれんな。お土産買ってきてやるからよ。楽しみにしとけよ、恭」
「!!!!うんっ!!へへ」
――――零さんは優しい。こうやって楽しみを作ってくれるし、名前を呼んでくれるのが好きなんだ。だってこの名前は零さんがくれた、初めての僕へのプレゼントだから。呼ばれる度に嬉しくなってしまう。

「それじゃあまたな。俺と会えない間も良い子にしてろよ?」
「うんっ、良い子にしてる!だから早く帰ってきてね、」
ちくん、と胸が痛くなるのに気付かないフリをしたくて 思い切り抱き着くと 笑い声が聞こえて 今が幸せだなぁって思ったんだ。だからこの幸せが変わり始めるなんて 夢にも思わなかった。

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