『ボーダー本部長、忍田真史だ。君たちの入隊を歓迎する。君たちは本日C級隊員、つまり訓練生として入隊するが、三門市の、そして人類の未来は君たちにかかっている。』
「ふわーあ。」
「…おい、菊地原。」
「はいはい。」
『日々、研鑽し正隊員を目指してほしい。君たちと共に戦える日を待っている。』
菊地原に転生した女の子06 あれから半年後。迅さんからのスカウトということで面接や基礎体力テストなどを免除された私は、正式入隊日の今日、晴れてボーダー隊員となった。怪我はすっかり完治したと言う歌川と共に。
「菊地原はポイント、いくつだった?」
「………。」
歌川に尋ねられ、私は自分の左腕の甲に目を向ける。そこには「2800」という数字が表記されていた。
どうやら私達が正隊員に上がるためには、自分の所持する戦闘用トリガーに設定されたポイントを「4000」まで上げる必要があるらしい。話を聞いた限りではシンプルだけど、割と地味で面倒くさそうなシステムだった。
そして、ほとんどの隊員は「1000」からのスタートだけど、仮入隊時に高い素質を認められた隊員はポイントが上乗せされた状態でスタートするようだ。
私のポイントが初めから高いのは、きっと私のトリオン量が常人より多いことが評価されたんだと思う。
ちなみに私の横で澄ましている歌川は、私よりトリオン量が低いくせに「2950」持っていた。
…………。
「私よりポイントがちょっと高いからって調子に乗らないでよね。」
「いや、別に調子に乗ってるつもりはないけど。」
私が拗ねたように唇を尖らせると、歌川は呆れた表情でそう言った。
担当のボーダー隊員に連れられて私達がやってきた場所は、とても広く、そして真っ白で何もない訓練場だった。
一体、ここで何を始めるんだろうか。不安がる訓練生に、担当のボーダー隊員は愛想の良い笑みを浮かべながら言った。
「まず最初の訓練は、対近界民戦闘訓練だ。仮想戦闘モードの部屋の中で、ボーダーの集積データから再現された近界民と戦ってもらう。」
「え、いきなり戦闘訓練…?」
「嘘だろ?!」
「………うわぁ、めんどくさそう。」
私の不満たっぷりの声は、他の訓練生たちのざわめきによりかき消された。
仮想空間に現れたのは、私たちも見たことのある大型近界民を少し小型化したやつだった。担当のボーダー隊員曰く、これは初心者レベルの相手らしい。
制限時間は一人5分で、こいつを早く倒すほど評価点は高くなる。シンプルだけど、入隊したばかりでろくに戦い方を知らない訓練生には、ちょっと酷な訓練内容だった。
顔を顰めた私の頭に、歌川の大きな掌が乗っかる。何だよ、と彼を見上げれば、歌川は私を真っ直ぐ見つめながら言った。
「早くB級に上がるためにも頑張らないとな。」
「……わかってるよ。」
だから調子に乗るな、と私は彼の膝に蹴りを入れた。……まあ、訓練前だからさすがに手加減してやったけど。
歌川が何か文句を言っていたが、無視して私はモニターへと目を向ける。始めを合図するアナウンスが入ると、一番目の隊員が緊張した面持ちでスコーピオンを構え、大型近界民へと勢い良く飛びかかっていった。
対近界民戦闘訓練、地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練……
「おい、菊地原。なに先に帰ろうとしてるんだよ。」
「うるさいなぁ。別に一緒に帰る約束なんてしてないでしょ。」
ボーダー本部の長い廊下を早足で歩く私と、それを慌てて追いかける歌川。こいつ、入隊式後にすぐさま友達作ってたくせに、なんで私なんかに構うんだよ。
今日行った訓練で歌川に一つも勝てなかった私は、不機嫌な様子を隠しもしないで帰路につく。後ろから歌川の溜息が聞こえた。
「ランク戦はやっていかないのか?」
「やらない。今日は疲れたの。歌川はやって行けばいいじゃん。早くポイント貯めたいんでしょ?」
「……菊地原は、本当にいいんだな?」
「だから、そう言ってるじゃん。」
「…………。」
私が素っ気なく言うと、歌川は少し考えてから「じゃあ、気をつけて帰れよ」と言って、踵を返した。彼の向かう先は、きっとC級ランク戦室だろう。
そうそう。ランク戦したいんなら、最初から一人で行けば良いんだよ。去っていく歌川の後ろ姿をちらっと見てから、私はまた歩を進めた。
「あ、菊地原さん。ちょっといいかな?」
「……なんですか?」
出口に向かっている途中、私達C級アタッカーの指導担当をしていたボーダー隊員に声をかけられた。歌川の次はこの人か。一体、私に何の用だろう。
面倒な用事じゃないといいな、と思いながら、素直に彼の後を着いていけば、連れてこられたのは本部内にある診察室だった。私がここに来たのは、トリオン量を測定するときに来たのを合わせて今回で二回目だ。
「自分はここに君を連れてくるよう、頼まれただけだから」と彼は薄情にもC級隊員一人残して去っていってしまったので、私は仕方なくその扉を自分で開ける。今日は本当に疲れたし、さっさと終わらせて帰りたいんだけどなぁ。
室内にいた医者だと思われる人に、名前を聞かれて答えると、その人は椅子に座るよう私を促した。
そこで私は初めて、自分の並外れた聴覚がサイドエフェクトなのだと知ることになる。
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