「耳が良いって、地味過ぎるだろ。」

「サイドエフェクトって言っても、大したことないな。」



どこから漏れたのか。気がつけば、私が強化聴覚のサイドエフェクトを持っているということは、C級隊員たちの間で有名になっていた。そして、誰もが私の能力をぱっとしない、使えないと蔑視する。



「はっ、盗み聞きとかには使えるんじゃねぇの。」



「……確かに聞こえてるよ。」



ボソッとそう呟いて、私はランク戦室を後にした。





菊地原に転生した女の子07





「強化聴覚のサイドエフェクトを持っているなんて、すごいじゃないか。」



自動販売機で、温かいココアとお茶を買ってきた歌川は、その2つを私に選ばせながらそう言った。ココアは嫌いではないけれど、ここのメーカーのココアは甘ったるくて好きじゃない。私がお茶を選ぶと、歌川は少し意外そうな顔をした。



「別に、全然すごくなんかないよ。むしろ、こんなショボい能力ならない方が良かった…。」

「そんなこと言うなよ。お前のサイドエフェクトだって、きっと使い方次第ではすごい武器になると思うぞ。」

「はあ?何を根拠に。……そんなこと言うの、歌川だけだよ。」



私は貰ったお茶で冷えた両手を温めながら、呆れたようにそう言った。こんなサイドエフェクト、誰だって無能だと思うはずなのに…歌川だけはその考えを否定する。私のサイドエフェクトはすごいと褒めてくれる。ほんと、歌川って変わり者だ。


歌川はもうすぐB級に上がる。同期の才能ある訓練生、奈良坂や照屋と「新人王」の称号を争っているくらい、他の訓練生と比べて歌川には実力があった。
私もそれなりに訓練やランク戦を頑張ってはいるけれど、歌川に比べれば全然で。まだまだB級には程遠い。こいつには負けたくない、だなんて一方的に対抗心を燃やしていたのは初めの頃だけだ。さらにどんどん離されていくポイント数に、根性無しの私が食らいついていけるはずもなく。やっぱりこいつには勝てない、と結構早い段階で割りきってしまった。

このまま歌川がB級隊員に上がったら、誰かと部隊を組むことになるんだろうか。私を置いていって。……そしたら、どうしよっかな、私は。


隣でココアを飲む歌川を尻目に、私は深い溜息をついた。すると、それに気づいた歌川が不思議そうに「どうした?」と尋ねてきたので、私は「別になんでもないよ」と冷たく返して、そっぽを向く。
何かに迷ったりせず、目標に向かって真っ直ぐ突き進んでいくこいつが正直羨ましかった。



「歌川はいいね。悩みとか無さそうで。」

「なんだよ、それ。俺にだって悩みくらいある。」

「ふーん、例えば?」

「………。」



黙り込んだ歌川を、今度は私が訝しげに見つめる。意外。そんな人に言いづらいような悩みが、こいつにもあったんだ。
私からの視線に耐えられなくなったのか。程なくして、歌川は困ったような表情を浮かべながら、重たい口を開いた。



「悩み、と言うか…。」

「……。」

「最近はどうしたら菊地原がB級隊員に上がれるかを考えてる……。」

「……は、なにそれ。」



歌川が言った言葉に、私は目を見開く。どういう意味だよ、それは。ふつふつと湧き上がる怒りを何とか抑えて、「もしかして、喧嘩売ってる?」と尋ねれば、歌川は慌てて異を唱えた。



「いや、そういうつもりじゃなくて…!」

「じゃあ、なんなのさ。」



私が睨みつけると、歌川は歯切れ悪く言った。



「……B級になったら、部隊を組んだりするだろ?そしたら、俺は菊地原と組みたいと思ってる。だから、菊地原には早くB級隊員になってもらわないと困るんだ。」

「はあ?私、歌川と組むなんて一言も言ってないんだけど。」

「そう、だが……俺は菊地原以外と組む気は全く無いんだ。……ずっと言おうと思ってた。」



ついに腹をくくったのか。歌川は、私と目を合わせると真剣な表情で言った。「B級隊員になったら、俺と部隊を組んでくれ。それで一緒にトップを目指そう」と、まるでプロポーズでもしてるかのような口調で。

お茶を持つ両手に力が入った。






「なまえって、ほんと損な性格してるよね。」

「うるさい。」



ラウンジでたまたま会った時枝に、さっきあった出来事を話したら、彼は呆れたようにそう言った。

時枝はボーダーに入って、一番最初にできた友達だ。彼はA級隊員で、訓練生の私には遥か遠い存在だったけれど、中学の委員会で偶々一緒になったことをきっかけによく話をするようになった(あと、佐鳥も)。
いつも眠たそうな目をしている時枝は、とても気配り上手で聞き上手だから、偶にこうやって愚痴やら悩みやらを聞いてもらっている。

すっかり冷たくなってしまったお茶を見つめて溜息をつく私に「幸せ逃げるよ」と、時枝は苦笑を浮かべながら言った。



「やっぱり、今からでも遅くないと思う。自分も歌川と組みたいって、素直に言ってきたら?」

「はあ?言えるわけないじゃん、そんなこと。」

「きっと後で後悔するよ。……もう、してるかもしれないけど。歌川が他の人達と部隊を組んじゃったら、なまえはどうするつもりなの?」

「どうするって、」



どうするんだろう。もし、仮にB級に上がれたとして、私はそれからどうしていけばいいのか。どこかの部隊に入らせてもらう?それとも、A級は諦めてソロでボーダーを続ける?
すっかり一緒にいることが当たり前になっていた歌川がいない世界は、なかなか想像しにくくて、私は眉間にシワを寄せた。

時枝はそんな私に優しく言った。



「俺は、なまえには歌川が必要だと思うし、歌川にもなまえが必要だと思うよ。」

「別にあいつは、私と一緒じゃなくたって…。」

「確かに歌川は愛想が良いし、協調性も十分にあるから、きっとどこの部隊でだってうまくやっていけると思うよ。でも、そうじゃない。」



お茶に向けていた視線を時枝に移す。時枝は相変わらず眠たそうな目で話し続けた。



「歌川が選んだのはなまえなんだ。ボーダー隊員は他にもたくさんいるけど、歌川はなまえがいいって言ったんだから。それをお情けだって勝手に決めつけて、けんもほろろに断るのはかわいそうだよ。」



「私なんかと組んでどうするの?歌川は友達多いんだしさ。もっと、ちゃんと考えなよ。」

「どうせ、誰とも隊が組めなそうな私に同情して言ったんでしょ。そういうの余計なお世話だから、やめてよね。」



「…………。」

「なまえはもっと自分に自信を持っていいと思う。才能あるし、努力だってできるんだから。この際、歌川に不釣り合いだとかそういうのはなしで、自分がどうしたいのか素直に考えてみなよ。」

「私が、どうしたいか……。」



時枝がこくりと頷く。すると、ラウンジの入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。私がそちらへ視線を向ければ、ちょうど入ってきた嵐山さんとばっちり目が合う。軽く頭を下げれば、嵐山さんは爽やかな笑顔を浮かべ、此方に手を振ってきた。

嵐山さんは歌川が入院している間、子犬の面倒を見てくれたという恩があり、時枝や佐鳥が所属する嵐山隊の隊長であることも加え、それなりに親交のある人だ。

私の視線の先を辿り、嵐山さんの存在に気がついた時枝は「じゃあ、俺はもう行くね」と席を立った。多忙な嵐山隊だし、きっとこの後も何か用事があるんだろう。
私が相談料としてあげたミルクティーのお礼をきちんと言ってから、嵐山さんのもとへ向かう時枝を見て、私は「…いいな」と無意識に呟いた。


時枝には時枝の居場所がある。もし、私にもどこかに居場所があるのだとしたら、そこにあいつがいたらいいのに、なんて。

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