この世に生を受けたのは2回目だけど、前世でも今世でも、私は恋というものをしたことがなかった。
あの人を好きだの、彼氏ができただのと盛り上がる同級生達を見ては内心バカにしていたし、恋なんて自分には一生無縁のものだと思っていた。
だから、宇佐美先輩に指摘されるまで、私は歌川へ向けているこの感情が何なのかよくわかっていなかった。

歌川のことが好きだ。そのことに気づいたとき、私の失恋は既に確定していた。だって、あの日、私の無駄にいい耳は歌川の想いを確かに拾ってしまったから。初恋は実らないって言葉があるけど、全くその通りだと私は自嘲した。

歌川には好きな子がいる。それはきっと可愛くて、優しくて、無駄に大人びたあいつを甘やかしてあげられるような、そんな魅力的な女の子なんだろう。私なんかじゃ到底敵わない。
そんなことを考えてはバカみたいに落ち込んで、顔も見たことのない歌川の想い人を羨んだ。彼氏にフラれたと喚いていた同級生の気持ちが、今漸くわかった気がする。


恋をするって、とっても苦しいことだ。

けど、この恋心は多分一生捨てられない。私が誰かを好きになるのはこれが最初で、きっと最後なんだと思うから。


零れ落ちた涙が、頬を蔦って、それから歌川の手を濡らした。ああ、こいつに泣き顔を見られるなんて最悪だ。でも、顔を反らしたくても、あいつが両手で私の頬を抑えているせいで動かせない。くそ。あいつの顔が今までで一番近くにあって、心臓の音がドキドキとうるさい。顔が火照る。

歌川はそんな私を真っ直ぐ見据えると、フッと口元を緩めた。そして、とても優しい声色で言うのだ。好きだ、と。


それは短いたった三文字だけれど、切実に想いを伝える愛の告白だった。





菊地原に転生した女の子14





「……は、はあ?…えっ、は、今なんて!?」

「だから、なまえのことが好きだって。」

「ちょ、なんで名前…!いや、いやいや、意味わかんないんだけど!だって、歌川……っ好きな子がいるって!」

「ああ、それがお前なんだよ。」

「っ、嘘だ!!!」



顔を真っ赤にしながらそう叫べば、歌川は「こんな嘘つくわけないだろ」と呆れたように言った。いや、だって、おかしいでしょ!?ねえ!

歌川が私のことを好き…?そんなことあるはずない。だって、我儘だし捻くれてるし、顔も性格も可愛気ないし、歌川にいつも迷惑かけてるし、私を好きになる理由なんてないじゃんか!ほんと、もう意味分かんない…。

考えることに疲れてしまった私は、はあーっと一度深く溜息をついてから、ジロリと歌川を睨んだ。澄ました顔しやがってムカつく。



「……もし、それが本当なんだとしたら、お前そうとう趣味悪いよ。」

「そうか?俺は見る目ある方だと思うんだけどな。」



しらっとそう言ってのけた歌川に、私はプルプルと震え出す。もちろん、怒りと羞恥から。…それと、まだ半信半疑ではあるけれど、それでも抑えられない喜びから。
ああ、あいつの手が触れている頬に、熱が集中してすごく熱い。心臓が壊れそうだ。私はこれ以上耐えられないとばかりに声を上げた。



「ねえ!もう、いい加減離してよ!!」

「ああ。じゃあ、なまえも俺のこと好きだって言ってくれたら離すよ。」

「は、はあ?!なんで、私がそんなこと言わなきゃなんないの?!」

「なんでって、お前も俺のことが好きだろ?」



何言ってんだ、こいつ。

少し照れくさそうに、視線を逸らしながらそう言った歌川は、自分の発言にかなり自信があるようだ。いや、確かに間違ってはないんだけど…!
その自惚れた思考に腹が立った私は、自分の好意を悟られていたことに対する羞恥と相余って、「バッカじゃないの!?」と、これまでにない罵倒を浴びせた。



「自惚れ過ぎじゃない?!なに調子乗ってんの?歌川のくせに生意気なんだけど!ほんと、バカ!バカ歌川!!」

「うわっ、おい。暴れるなって…!」

「っ、ちょっと!なに、抱きついてきてんの!?変態!解いてよ、もう…!」



頬を包んでいた手がようやく解けたと思えば、今度は歌川の腕が腰へと回る。逃さないとばかりに抱きしめられ、林檎みたいに真っ赤になった私を見て、歌川は楽しそうに笑った。今日の歌川は絶好調だ。



「自惚れじゃないだろ?そんな可愛い反応されたら、誰だってわかるよ。それに勘違いだったけど、『俺が好きな女の子』にヤキモチ焼いてくれてたみたいだし。」

「っ!」

「ほら、言ってくれ。早くしないとチャイムが鳴る。いいのか?この状態のまま、授業をサボることになるぞ。」

「……そんなこと、歌川は真面目だからできないでしょ。」

「いや?なまえとこうしていられるなら、サボるのも案外いいかなって思ってる。」

「………。」



真顔でそんなことを言い出す歌川は、果たして本気なのか。冗談なのか。どのみち、こいつは言わないと私を解放してくれないらしい。なんて強行手段だ。
というか、私の気持ちを知っていながら、それを無理やり言わせようとする歌川はかなり性格が悪いと思う。誰だよ、こいつをジェントルマンとか言ってたの。



「っもう!わかったよ!」



もうどうにでもなれ!やけになった私は、キッと歌川を睨みつけながら叫ぶように言った。



「私も、歌川のことがーーー」


キーンコーンカーンコーン


「「………。」」



告白の最も大事な部分がタイミング良く鳴った予鈴の音によって見事にかき消されてしまった。しばしの沈黙後、プッと吹き出した歌川を、私は呆然とした表情で見つめる。

こうして、私の一世一代の愛の告白は、誰の耳にも届かないまま虚空へと消えてしまったわけだけど…、歌川が今まで見てきた中で一番幸せそうに笑っているから、もう別にいいやと私も微笑を浮かべた。歌川の、その眉尻を下げて笑うとこ、結構好きだったりするのだ。絶対に誰にも言わないけど。



その後、数学の授業にはギリギリ間に合ったけど、問題を当てられて答えられなかったので、腹いせにと歌川のノートを盛大に落書きしてやった。もちろん、マジックでだけど何か文句ある?うん、ないよね。
落書きだらけになったページの端の方に小さくシャーペンで書いた『好き』の2文字に気づかないままだったらどうしてやろうかなぁ、なんて考えながら私は歌川に貰ったお詫びの苺ミルクを口の中で転がした。ああ、甘ったるい。でも、幸せを感じる優しい味だ。


顔を赤らめながらノートを見つめる歌川を視界に入れ、してやったりと私は口角を上げた。

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