「ちょっと良いか。」



あれから数週間後。ランク戦を何試合か終え、ロビーで休憩をとっていると、私より背の低い小学生くらいの男の子が声をかけてきた。ランク戦の申し込みかな、と私は思考を巡らすけど、どうやらそうでは無いらしい。
黒い短髪に赤い目をしたそいつは、小学生にしてはずいぶんと落ち着きのある態度で、「歌川から聞いたんだが」と最近私をよく悩ませるあいつの名前を口に出した。



「おまえ、強化聴覚のサイドエフェクトを持っているらしいな。」

「……だれ?お前、チビのくせに偉そうに。っ、むぅ?!」 



思ったことをそのまま口にすれば、男の子は私の頬を片手で掴み、ぶにーっと押しながら言った。



「風間蒼也、19歳だ。はじめまして。」

「じゅ、じゅーきゅーしゃい…?」



嘘。全然、19歳には見えない!むしろ年下だと思ってたんだけど…!

私はその衝撃の事実に大きく目を見開かせる。そして、寸秒困惑するも、視界の隅に不安そうな顔の歌川を捉えると、すぐさま身を引いて男の手から逃れた。幸い、歌川とはまだ目が合ってない。

あの日、歌川の誘いを断ってから、私はずっとあいつを避けていた。だってあんな断り方しちゃったのに、一体どんな顔をして会えば良いのかわからないし。
それに、時枝にはもっと自分に自信を持てと言われたけど、やっぱりそう簡単に自信を持つことなんてできなかった。
実力もない、サイドエフェクトもショボい私じゃ、歌川と一緒に戦えない。隣りに並べないなら意味がないんだ。例え、歌川が私を選んでくれたとしても…。


多分目の前にいるこの男は、私を己の部隊に勧誘しようとしている。さっき、私のサイドエフェクトについて触れたことと、遠くで歌川が不安と期待の目をこちらに向けていることからして、まず間違いないだろう。ああ見えて、歌川は顔に出やすいから。

歌川がこの男に、どんな話をしたのか知らないけど、残念。私のサイドエフェクトはお前の期待にこたえてあげられないよ。私はそっぽを向いて、自虐的にそう言った。



「私のサイドエフェクトなんて、地味で大したことない。役に立たないよ。」



けれど、この男はそれを簡単に撥ねのけた。「それは俺が決めることだ」と。そして男は、傍に立っていた眼鏡の女子に声をかけた。



「宇佐美。」

「あいあいさー!」



宇佐美、と呼ばれた彼女は「ここじゃあれだし、場所変えよっか」と言って、戸惑う私の手を引いて歩きだす。それから、離れた場所に立っていた歌川も呼んで、私達四人は空いている作戦室へと移動した。





菊地原に転生した女の子08





「え、どうして知ってるの?」

「気味が悪い。」

「いつも聞き耳立ててる。」 
「近づかない方がいいよ。」

「根暗。」

「友達にはなりたくないよね。」




うるさい



「なんで、あいつが歌川と?」

「釣り合わない。」

「調子に乗ってる。」
「歌川くんは優しいから…。」

「まじでうざい。」

「消えてくれないかなぁ。」




黙れ



「菊地原、ボーダー入ったんだって。」

「えー、似合わない。」

「弱そう。」
「協調性ないのに部隊とか組めんの?」

「無理でしょ。あの性格だし。」
 



そうかもね



「は、強化聴覚?」

「しょぼ。」
「耳が良いだけとか使えない。」
「地味なサイドエフェクト。」

「盗み聞きとか趣味悪いよね。」



「やっぱり、あいつさぁ。」






「いらない人間だな。」
「いらない人間だな。」





うん、知ってる。


耳を塞いでも聴こえてくる陰口に、嫌気が差していた。私だって盗み聞きしたくてしてるわけじゃないのに、どこへ行ってもあいつらの下品な嘲笑い声が付き纏ってきて気分が悪い。こんな能力なら、ない方が良かった。

使えない?いらない?そんなこと言われなくてもわかってるよ。私は誰からも必要とされていない、価値のない人間だって。自分自身が一番よく理解している。
そう。わかってないのは、あのバカだけだ。あいつだけが唯一、私のサイドエフェクトをすごいと褒めてくれた。そして、一緒に部隊を組もうと誘ってくれた。ほんと、歌川って変わってる。……でも、本当はああ言ってもらえて嬉しかったんだ。認めてもらえたような、そんな気がしたから。


嬉しくて嬉しくて、同時に申し訳ない気持ちになった。

だって、私はお前に必要とされるほどの人間じゃない。私は他人から憎まれ、嫌われ、それでも別に構わない、なんて意地を張ってしまうような、ちっぽけで捻くれた人間なんだ。サイドエフェクトだって歌川が思ってるほどすごくはないし、一緒に部隊を組んだって足を引っ張るだけで、いいことなんて一つもない。ねえ、そうでしょ?
だから、才能も人望もある歌川みたいな奴は、私なんかとわざわざ一緒にいる必要ないんだよ。

私じゃお前と釣り合わない。隣りに並べるはずがない。そんな価値、私にはないんだから。





ずっと、ずっと、本気でそう思ってた。


でも、





「きくっちーのサイドエフェクトは、"耳"ってとこが良いんだよね。聴覚情報は通信に乗せやすいし、解析もラクだし。なにより、視覚の処理能力を食わないとこが…」

「宇佐美先輩。話を進めてください…。」


「菊地原。お前の聴覚情報を通信を介して共有する。隊員全員がお前の耳の恩恵を受けられる。知覚情報の8割を視覚のみに頼る他の部隊より、遥かに有利だ。」



風間さんは教えてくれた。私のサイドエフェクトは価値があると。私も皆の役に立てると。



「正隊員になったら、俺の作る部隊に来い。おまえの力が必要だ。」



私の力が必要だと。


ああ、どうしてだろう。今日会ったばかりのこの人の話を、信じても良いんじゃないかと考えてしまう。
彼のその赤い瞳が真っ直ぐで、誠実なものだったからか。落ち着きある低音が、見た目にそぐわず大人びていて、頼もしく感じられたからか。何が理由かはわからない。けれど、

私はこの人を信じてみたいと思った。この人の作る部隊でなら、こんな私でも受け入れてもらえるかもしれない。価値を見出してもらえるかもしれない、と期待してしまったから。


私が手を取ると、風間さんは少しだけ口元を緩めた。ずっと無表情だったから、その顔はとても新鮮に感じられた。
宇佐美先輩には熱い抱擁で歓迎され、そこから何とか逃げ出すと、歌川が「これからもよろしくな」と微笑みつつ、頭を撫でてきた。ホッとした表情しちゃって、そんなに私と同じ部隊になりたかったのかと思うと、やっぱり嬉しかった。

なかなか個性的な集団ではあるけれど、まあ居心地は悪くないかな。少し乱れた髪を整える。あの耳障りな嘲笑い声は、どこからも聴こえてこなかった。



その日、私は風間隊に入ることを決意した。

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