「やっぱ、悪魔は黒か赤だろ。」

「え〜。でも、このピンクネイルもデビかわいくな〜い?」

「ちょっ見て、レインボーとかあるよ!ダサ過ぎるんだけど!ウケる!」


ファッション雑誌のネイル特集ページを開きながら、わいわいと盛り上がるギャルーズ達。そんな彼女達の隣りで、私はオペラお手製のお弁当を黙々と食べていた。
どうも先程のクララの様子が気になる。入間のことが大好きで、お昼はいつも彼と一緒に食堂で食べているクララが、今日はなぜか必死な様子で私について行きたがっていた。アネぴさん達と面識があるわけでもなさそうなのに一体どうしてだろう。


「マリーはこの中でどのカラーが好き?」

「もちろん、ピンクっしょ?」

「えっ、わ、私ですか?私は……。」


突然話を振られて、ビクリと肩を揺らす。彼女達に見せられたページにはたくさんの種類のネイルデザインが掲載されていて、とてもカラフルだった。うーん、私が好きな色かぁ…。どれだろう。
実を言うと、私は今までそれほどネイルに興味をもったことがなかった。だって、ずっと引き篭もっていたわけだし。家族以外に誰に会うわけでもないのに、わざわざ爪にまで気を配る必要はなかったから。でも、もう学校に通い始めたわけだし、自分に自信をつけるためにネイルしてみるのもありかもしれない。
そういえば、入間は爪に何も塗ってなかったはずだけど、人間はネイルをしないものなんだろうか。人間のことはよくわからない。後で入間に聞いてみよう。

へー。赤にもいろいろな種類があるんだなぁ、とページをパラパラ捲る。確か、アズくんとクララは紅色で、オペラは紫色の爪をしていたっけ。おじいちゃんはグレーっぽかった気がする。誰かとお揃いにするのもいいけれど、どうせなら私は春っぽくて明るい色のネイルがいいな。
ペラリ、とまた次のページを捲る。そして、一番最初に目に入ったカラーを見て、私はぱっと花が咲いたように笑う彼女のことを思い出した。


「あっ、この黄緑とか、かわいいと思います。」

「え?まじ?マリー趣味悪くね?」

「ウケる。そんな奇抜な色が似合う子なんていないっしょ!」

「え、そうですか…?明るくて、優しくて安心できる、素敵な色だと思いますけど…。それに私は似合わないかもしれないけど、クララなら絶対似合うと思います。」

「クララって、あの『ウァラク・クララ』…?」


クララの名前を出した途端、アネぴさんが顔を顰め、嫌悪感を顕にする。突然どうしたんだろう。先程までと空気が変わり、不安を覚える中、アネぴさんは冷ややかな声色で告げた。


「前々から言おうと思ってたんだけどよぉ。おまえ、ウァラク・クララとつるむのやめろ。」



入間くんの妹はビビリ魔07



「え…。」

「あんな珍獣と一緒に居たんじゃ、おまえがどんなに努力して変わったって周りからバカにされ続けるぞ。いいか?一緒につるむべきなのは、利害が一致する奴か、尊敬できる奴だ。ウァラクはこのどちらにも当てはまらねぇ。
ちなみに言っておくと、あたしらがおまえに付き合ってやってるのも、理事長の孫娘とコネがあった方が何かと便利だからだしな?」

「暇潰しにもなるしね〜。」

「仲良くしてたらアスモデウス様とお近付きになれるかもしれないし!」


ドクンドクン、と鼓動が高鳴る。愉しげに話すギャルーズ達を見て、重苦しい空気を感じているのは私だけだということを知った。硬直して何も言えない私を見て、アネぴさんはニヤリと妖艶な笑みを浮かべる。


「おまえ、変わりたいんだろ? なら、ウァラクにこう言うんだ。『おまえと遊んでもつまんない。迷惑だから関わるな』ってな。」


それは正しく、悪魔の囁きだった。





「あっ、いたいた!マリちー!!」

「ク、クララ…!?」


なんてタイミングだろう。食堂に居るはずのクララの声が聞こえたと思ったら、彼女はドーン!と後ろから私に飛びついてきた。ビックリしすぎて心臓が飛び出るかと思った。目を白黒させながら「お、お昼は?」と聞くと「急いで食べてきた!マリち遊ぼう!」とクララは目をキラキラ輝かせる。どうやら、彼女は私と遊ぶためにここまで探しに来てくれたようだ。


「ウァラクか。ちょうどいいな。」

「っ、」

「マリーがおまえに大事な話があるんだってよ。なあ?」


アネぴさんが私に同意を求める。ゾッとするような凄みのある目だった。歯向かうことは許さない、強者からの圧力。体中の汗が一気に吹き出す。…そうだ。学校生活が楽しくて、すっかり忘れていた。この世界は危険で溢れているということを。
強者は力を誇示し、暴を以て弱者を支配する。大人も子供も、男も女も関係ない。勝てば官軍、負ければ賊軍。そんな冷酷で非道な行為こそが正しいとされるのが魔界であり、私のような……引き篭もりで落ちこぼれの弱者代表みたいな悪魔が真っ当に生きていく術はない。

私は拳をギュッと握りしめ、クララの方へと体を向けた。「なに、マリち」とクララは真っ直ぐな瞳に私を映す。クララには本当に申し訳ないけれど、それでも私は言わなければいけない。例え彼女を酷く傷つける言葉だったとしても、それが危険から身を守るための手段なのだから。


「クララ、あのね…。私、」


声が震えてしまう。私はクララと目を合わせられなくて、彼女の足元を見つめていた。私がもう遊ばないと言ったら、クララはどんな顔をするだろう。泣いちゃうかな。怒っちゃうかな。いや、意外と平然としてるかもしれないな。クララは変わり者だから。

思えば、クララは私の初登校日に初めて声をかけてくれた子だった。やる事なす事ぶっ飛んでて、会話も全然噛み合わないから、始めは苦手意識を持っていたっけ。
でも、クララは悪魔見知りしてなかなかうまく話せなかった私に、根気強く付き合ってくれた。あたたかい笑顔で迎え入れてくれた。私と遊びたいと言ってくれた。私にとってクララは特別な女の子だった。


「私は……、クララと、遊んでもね……」


クララに嫌わたくない。……でも、こうするしかないんだ。私は強者に逆らうことの恐ろしさを知っているから。だからーー






だけど、


「あーーーーーっ!!もう!やめたやめた!!!」

「「「!?」」」

「クララはアホだし、はちゃめちゃで理解できない言動ばっかりだけど!私はクララと遊んでて楽しいし、ずっと一緒にいたいなって思うよ!!それがどうしていけないことなの!?」

「マリち、」


大声を出した私は、ゼエゼエと呼吸を乱しながら顔を上げる。そして、目を見開くクララに向かって手を伸ばした。


「私は悪魔見知りのビビリ魔だし、長いこと引き篭もってたから悪魔付き合いとか下手っぴだけど!それでも良ければ、私とも、お……『おトモダチ』になってくれませんか!?」


伸ばした手が、温かい両手に包み込まれる。キラキラ輝く黄緑の瞳は、雑誌で見たどんなネイルより明るくて、優しくて綺麗な色だと思った。

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