ちょっと一人になりたい気分だった。だから、私は今日の授業のことで先生に聞きたいことがあるから先に帰ってほしい、と三人に嘘をついた。待ってるよ?と言われたけど、何時に終わるかわからないから大丈夫、とわたしは笑顔で応える。遅くなるようならオペラを呼ぶと伝えれば、彼らは渋りながらも納得して帰っていった。

私はバビルスの広い敷地内を、行く宛もなく彷徨い続ける。放課後といえど、師団バトラの活動や自主学習で校内に残っている生徒はちらほら居た。どこかに一人になれそうなところはないだろうか。
フラフラ歩いていると、長い廊下の曲がり角で女子生徒とぶつかってしまった。


「あっ…、ごめんなさ、」

「あぁん?痛ってーな。どこ見て歩いてんだよ。」

「あらら〜。アネぴ大丈夫?」

「てか、この子って特待生の妹じゃね?!ウケる!」


ぶつかった相手を確認した瞬間、私の動きは止まった。バッサバサの付けまつ毛に、たくさん開けられたピアスホール、明らかに地毛ではない派手な金髪に、なかなか見ないルーズソックス。ひええええこの子達不良だ!ギャルだ!ぶつかった女の子の目つき超怖い!殺される!!!
言葉にならない悲鳴を上げて、慌てて彼女達と距離を取れば、ギャルの一人に「噂通りのビビリ魔じゃん!ウケる!」とゲラゲラ笑われた。さっきからずっとウケてるな、この子。

とにかくここは誠意を持って謝罪して、どうにか許してもらうしかない!私は目を合わせることすら怖くて、視線を足元に向けたまま謝罪しようとした。そのとき、ぶつかった女の子ーー仲間からはアネぴと呼ばれていた彼女が、私の顎に手を添えてクイッと上に引き上げた。
至近距離にあった彼女の切れ長の目とバッチリ視線が合う。突然のことに困惑する私に、彼女は淡々とした口調で告げた。


「あのな、おまえは下ばっか見てるからドジんだよ。いいか?ちゃんと前を見ろ。顎を引け。肩の力は抜いて、背筋をきちんと伸ばせ。それから、歩くときは上半身を引き上げるように意識して、歩幅はやや広めに保て。」

「え、ええっと…?」

「なに、アネぴ。アドバイスなんかしちゃって、この子のこと気に入ったわけ〜?」

「は?ちげーよ。こいつが湿気た顔してウザってーからだ。」

「辛辣過ぎウケる。でも、アネぴの言うとおり!特待生妹は可愛い顔してんだからさー。もっと堂々としてたら良いんじゃね?」

「かっ、かわいい!?」


貶されたかと思ったら、急に褒められて、私はポポポと頬を赤くする。私のことを可愛いなんて言ってくれる人はおじいちゃんくらいだったから嬉しくて、「そ、そんな、私なんて…!」と謙遜しつつもニヤける顔を抑えきれない。すると、ギャル達は頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。


「なに照れてんの?女子の褒め合いなんて66.6%以上お世辞っしょ。」

「え。」

「はは〜ん。さてはおまえ、引きこもりだな?おおかた、今まで禄に悪魔付き合いしてこなかったんだろ。」

「うっ。」

「なるほど〜。それで、そんなオドオドして自信無さげなのね。」

「ぐう…。」


ギャル達の言葉がグサグサと突き刺さる。酷い。でも、事実だから何も言い返せない。思わず涙目になっていると、ギャル達はにんまりと笑みを浮かべ、まるで新しい玩具を見つけた子供のような目を私に向けた。


「「「あたしらがイケてる悪魔に大変身させてやるよ。」」」



入間くんの妹はビビリ魔06



「おい…。あれって、特待生イルマの妹だよな…?」

「えー。うっそ、ギャルーズ達と一緒にいるじゃん。タイプ違いすぎ。もしかしてパシられてるとか…?」

「でもさ。あの子最近、何か変わったよな。こう、堂々としてるというか…。」

「わかる。凛としてて立ち姿とか綺麗だよな。」

「やっぱり、特待生の妹ってのは本当だったんだねー。」


知らなかった。姿勢や格好、振る舞いを意識するだけで、こんなにも印象が変わるなんて。遠目にヒソヒソされるのはいつも通りなのに、最近はそれほど苦に感じない。だって、彼らが私に向けているものは、驚きと尊敬の眼差しなのだから。

アネぴさん達に教わったとおりに、最近は軽く化粧を施して、やや目にかかるくらいの長さの前髪は、かわいいヘアピンで留めている。流石にルーズソックスは断ったけど、先生に怒られない程度に制服を着崩せば、周りから地味だなんだと言われることはなくなった。おじいちゃんには、マリーちゃんが不良になっちゃった…!って泣かれたけど。
顎を引いて、目線はやや高く、背筋をきちんと伸ばして。綺麗な姿勢を意識して歩けば、何だか少し自信を持てる気がした。きっともっと頑張れば、ビビリ魔も卒業できるかもしれない。

そうだ。もっともっと変わらないと。


「マリち!お昼なに食べるー?私はでろでろランチ!」

「あ、ごめん。今日は外でアネぴさん達と一緒に食べる約束してるの。」


そう言って持ってきていたお弁当箱を見せれば、クララは眉間に深い皺を寄せ、ハイハイ!と手を高く上げた。その勢いに、思わず1歩後退る。


「私も行く!お昼は購買で買ってくるから、私も一緒に連れてって!」

「えっ、でも、クララはでろでろランチが食べたいんでしょ…?購買だとお金もかかっちゃうし、クララは自分が今一番食べたい物を食べた方がいいよ。」


そろそろ行かないと怒られてしまう。アネぴさんは時間に厳しい悪魔なのだ。時計を確認した私は、「じゃあ、また午後の授業でね」と手を振って、慌てて教室を飛び出す。私の後ろ姿を見送ったクララは、ぷくーっと頬を膨らませ、不満を垂れた。


「ぶー。最近、マリちが遊んでくれないー。」

「入間様。マリー様がこの頃、頻繁に会われている『ギャルーズ』と呼ばれる三人組のことですが…。彼女達はサボり常習犯な上、校則規定ギリギリを攻めた装いに、教員方や生徒会から目をつけられているようです。このままでは、マリー様に悪影響を与え兼ねません!」

「うーん…。でも、アネぴさん達と出会って、マリー前よりも明るくなったしなぁ。」


悪魔見知りでいつも入間にべったりだった妹が、自分から誰かに会いに行くなんて大きな成長だ。その成長を妨げるような行為はしたくない。入間は、困ったなといったように頬を掻いた。

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