放課後、空き教室で









こんなこと、1週間前の私は想像していただろうか。恋焦がれていたはずのあの三井先輩が私の掌に唇を寄せているなんて。目の前で起こっている光景が信じられないまま、三井先輩に掴まれている手に力を込めるけれど、男女の力の差と言うものはどうやら私が思っているよりも凄いらしい。掌に度々三井先輩の舌先が掠めると力を込めているはずの指先がピクリと動いた。体育館の入口から漏れている明かりやシューズと床が擦れる特有の音、バスケ部の人達の騒がしい声が聞こえてくる度に、煩いくらい鳴り響く心臓が飛び跳ねそうになる。酷く悪い事を、しているみたいだ。恥ずかしくて目の前の光景から目を逸らすけれど、目を逸らしたせいで余計に三井先輩の舌先を掌で感じて、指先に向かってなぞってくる三井先輩の舌先が、私の指の間を掠めた瞬間『あっ』と私の声が小さく漏れた。三井先輩が素早く私の手の上に乗せていた手で私の口を覆ってから、確認する様に何度も私の指の付け根を舌でなぞる。私の指が、三井先輩の舌で、ゆっくりと、なぞられていく。考えれば考えるほどゾクッと込み上げてくる何かに身震いすると同時に、何故だか私の視界がジワリと滲んだ。『み、つ...いせんぱ、い』とくぐもった声を漏らしながら三井先輩に視線を移すと閉じていた三井先輩の瞼が微かに開いて、その瞳が私を見つめる。バクバク心臓が煩く鳴り響く中で「三井サン」と聞こえた声にハッとして、三井先輩と共に体育館の入口に顔を向けると「2人で口塞いでなにやってんすか?」なんて宮城くんが眉を寄せてこちらを不思議そうに見つめていた。



『あ...』

「っるせーな。見りゃわかんだろ?叩いて被ってジャンケンポンしてんだよ」

「はぁ?」



「口塞ぐ遊びじゃないですよね?」と首を傾げた宮城くんに向かって『そ、う!そうなの!』と荒くなった息を誤魔化す様に声を張り上げた。宮城くんは納得いかなそうに「ふーん」と片眉を上げてから「体育館、そろそろ閉めますけど自主練してきます?」と三井先輩に問いかける。三井先輩は私の手首と口から手を離して、自分のシャツの袖口で口を軽く拭いてから立ち上がると「おー、どうせ流川たち残んだろ?」と体育館内をチラリと見つめた。三井先輩が宮城くんの近くに寄っていくと何だかいたたまれない気持ちになって、バクバクといまだに煩く鳴り響く心臓の音を落ち着けたくて胸元のシャツをギュッと握りしめながら思わず2人に背を向ける。三井先輩に掴まれていた手首がやけに熱くて、誰も見ていないのに目を泳がせた。「どーする?」と急に後ろから聞こえてきた三井先輩の声に驚いて後ろを振り向いてから『な、何ですか?』と聞き返すと「俺着替えてくるけど、山田は?一緒に部室くんだろ?」と何故だか決定事項の様に問いかけられる。少しだけ疑問が残るけれどここに座って待っていると言うのも何故だか変な気がして『そうですね?』と聞き返す様に返事をすると、宮城くんが「なんか...」とポツリと呟いた。



『...?』

「なんか2人ともやらしーな?」

『え!?』

「はぁ!?」

「男女2人で部室行くとかちょっとやらしくねぇ?」



宮城くんの言葉に思わず三井先輩と私の驚いた声がかぶるけれど、宮城くんはケラケラ笑ってるみたいだから冗談なのかと思いホッと胸を撫で下ろした。「AV見過ぎだ馬鹿野郎」と三井先輩が宮城くんをコツンと小突くと、宮城くんは「はい、セクハラー」なんて三井先輩を指差しながら私を見て小さく微笑んだ。私が釣られてクスクス笑うと、三井先輩が「うるせぇっ!」と眉を寄せてボカっと宮城くんを叩いてるのが見えると余計に笑えた。笑ったせいで細まった目を開くと、宮城くんと目があって「じゃ、山田さんまたね」と軽く手を挙げた宮城くんに『うん、またね』と私も真似して手を挙げる。宮城くんが体育館内に戻るのを見送ると、三井先輩が「じゃあ行くか」とため息混じりに息を吐いて小さく笑った。私は何も言えずにコクリと頷いて、歩いていく三井先輩を少し見つめながら、身長大きい人って歩幅も大きいんだな。とマジマジと観察してしまって「山田?」と振り向いてきた三井先輩にビクッと身体を少し硬直させてから、三井先輩の方へと小走りで駆け寄った。













バスケ部の部室に到着して三井先輩の後をそのまま着いていく様に部室内を歩くと、ガタッと音を立てて部室に置いてあった椅子の足が私の足先に思いのほか強く当たった。『いてっ』と反射的に口から漏れた言葉にあっ、と思わず口を塞ぐと、三井先輩が「いてえ?」と自分のロッカーの取っ手へと伸ばした手を止めて私の方へ視線を移してくる。焦って顔の前で手をブンブンと左右に振って『あ、全然なんでもないです。本当なんでもないです』とついでに首も振ってみせると、三井先輩は「足か?見せてみろ」なんて私の方へ近づいてくるから思わず『大丈夫です!』と声を張り上げた。一瞬、シーンと静まり返った部室内に緊張が走った気がして、まずい、と下唇を噛み締める。「いーから、ほら座れ」と三井先輩が私の近くにある椅子を少しだけ動かして、私の肩を手で押すと無理やり近くの椅子に座らされてしまった。三井先輩が私の足元にしゃがみ込むと「こっちか?」と私の片方の足首を手で掴んだ。『あ...反対の...』と仕方なく足先がジンジン痛む方を指さすと、三井先輩の手が私の反対の足首に移動して、有無も言わさず靴下に手がかけられる。




『え、ちょっ...』

「うるせーな、見るだけだって」

『で、も...私汗が...』

「はぁ?お前俺の汗見えねーのか?お前の汗なんか気になんねーよ」




何故だか三井先輩に強い口調で言われてしまい、思わず私は口をつぐんだ。そんなこと言われても、さっき三井先輩が掌を舐めたせいで身体中の汗という汗が滲み出た様な気がするから恥ずかしかったのに、すでに足首まで靴下が下ろされているんだからもう諦めるしかないのかも。と諦めた様に下唇を噛んでから、三井先輩に靴下を脱がせられる光景が見ていられなくて両手で顔を覆って視界を塞いだ。ドキドキと早くなる心臓の音が煩いのに、布の擦れる音の方が酷く煩く聞こえた気がした。靴下が全て脱げる瞬間に足先にピリッと痛みが走って「あー...割れてんな...」なんて三井先輩の声が聞こえると、そんなに?と思って顔を覆っている手をずらしてから自分の足先を見ると、確かに親指の爪の先が割れて微かに血が滲んでいた。『え...痛そう...』と不意に口から漏らすと「馬鹿、お前の足だろ」と三井先輩がふっと小さく笑みを含んだ声を漏らす。



『あはは、ですね...』

「うっし、ちょっと待ってろ」

『え?』



立ち上がりながら言った三井先輩の言葉に、頭にはてなを浮かべていると、三井先輩はロッカーの上に手を伸ばして"救急箱"と書いてある箱を取り出して再び私の足元にしゃがみ込む。え、待って...と慌てて『自分でできるんで!先に着替えていただいて!大丈夫です!』と声を荒げると、三井先輩は「怪我人は黙ってろ」と言って救急箱から消毒液とガーゼを取り出して私の足首を再び手で掴んだ。『でも...』と口から漏らす頃には、いつの間に用意したんだろうか、三井先輩が私の足先に消毒液の染み込んだガーゼを押し当てていた。ピリッと爪先に痛みが走って『いっ...!』と足をピクッと動かすと三井先輩が「なんで」とポツリと呟きながら、再び私の爪先に消毒液を含んだガーゼを押し当てる。




『え...?』

「なんで今日制服着てんだよ」

『え?なんでって...学校に来るので...』

「...」



三井先輩は私の回答を聞くと少し黙って、私の爪先に押し当てたガーゼ離すと救急箱をガサゴソし始めた。三井先輩が掴んだ1枚の絆創膏が見えて思わず『三井先輩、自分で...』と恥ずかしさと申し訳なさから呟くと、三井先輩は「いいつってんだろ」なんてぶっきらぼうに呟いて私の割れた爪に絆創膏を貼ってから「キツくねーか?」と私を見上げる。途端に近くなった顔にドキッとして、私が何も言えずにこくりと頷いてみせると、三井先輩が私の足首を掴んでいた手をゆっくりと脹脛に向かって滑らせていく。ピクッと動いた足がそれ以上動かせなくて、三井先輩を見つめていた私の瞳がゆらりと揺れる。私の顔を見つめていた三井先輩の視線が私の足に一瞬落ちると、恥ずかしくなって思わずパッと膝と膝を合わせて足を閉じた。『え、あの...三井先輩...?』と少し怖くなって問いかけると、三井先輩は「制服なんて着てくるからだろ」と少しだけ掠れた声で呟いてから、脹脛をなぞっていた手を私の膝へと滑らせる。膝の間に三井先輩の指が入ってくるとビクッと震えた太ももに力が入って、動揺した様に瞼を閉じた。これからされることに期待でもしているのか、バクバクと鳴り響く心臓の音が私の上半身を軽く揺らしていく。不意に「手、」と三井先輩の声が聞こえてくると、閉じた瞼を少しだけ持ち上げて三井先輩の瞳を見つめる。顔を覆っていた両手の間に割って入る様に三井先輩の手が伸びてきて、三井先輩の大きな手が私の頬を包んだ。それを合図に顔を覆っていた自分の両手を下ろすと、頬に収まらなかった三井先輩の指先が流れる様に私の頸を軽くなぞった。ゾクッと身震いしながら一瞬瞼を閉じてから再び瞼を持ち上げると、三井先輩の細まった瞳と目があって思わずごくりと生唾を飲み込んだ。ドキドキしながら三井先輩の左右の瞳を交互に見つめて、キスを求める様に瞼を閉じながら口を軽く開いていく。その口を塞ぐ様にゆっくりと優しく触れた三井先輩の唇がちゅっと私の唇を吸い上げて、何度も角度を変えて三井先輩の唇が私の唇に優しく触れる。唇が離れる度にこれ以上を期待するのに、遠さがかってしまう三井先輩の唇にもどかしさを感じて、舌先を自分の唇の上に押し出すと三井先輩の舌が応えるように私の舌先をなぞっていく。同時に一度だけなぞられた頸を再び指先でなぞられるとゾクッと駆け昇る何かが怖くて頬に添えられている三井先輩の手を軽く掴んだ。部活の後だからなのかいつもよりも香ってくる三井先輩の匂いが汗の匂いと消毒液の匂いと共に鼻を掠めると何故だか酷く私の身体を熱らせる。柔らかい三井先輩の舌で私の舌先が何度もなぞられると堪らなくなって『三井先輩』と口から漏らすと、三井先輩は私から唇を離して瞼を薄く持ち上げて私の瞳を見つめた。はっ、とお互いの荒い息が聞こえて、ゆっくりと瞬きを繰り返すと、頬に触れていた三井先輩の手が移動して私の後頭部に添えられた。それを合図に再び三井先輩の唇が私の唇に優しく触れると、開いた口の隙間から三井先輩の舌が滑り込んでくる。私の膝の間に置き去りになっていた三井先輩の指が太ももの上をなぞってくると、バクバクと煩く響いた心臓の音が加速していく。三井先輩の指が内腿に触れると、反応する様に身体がビクッと震えたと同時にガタンッと音を立てて座っていた椅子の足が床に擦れて音を鳴らした。『待って、』と逃げる様に顔を逸らしたけれど、後頭部に触れている三井先輩の手に力が入ると同時に三井先輩の唇が追いかける様に私の唇を塞いでいく。嫌なわけではないけれど、これ以上触られてしまったら心臓麻痺でも起こしそうで、これ以上をしてしまったら、きっと、とその先を考えるのが怖くて焦った様に三井先輩の手を掴んでいた手で三井先輩の肩軽く押してみるけれど、グッと三井先輩が身体に力を入れてしまえばなんの意味もなさなくて、いつもの様に上顎を舌で優しくなぞられてしまえば塞がれた口の隙間から小さい声を漏らすしかった。堪らなくなってギュッと三井先輩のシャツの肩口を掴むと、三井先輩が唾液混じりの様なリップ音を響かせながら唇を離して、再び私の内腿を数本の指で軽くなぞる。ゾクっと再び身震いする様な感覚に思わず瞼を薄く開くと、三井先輩の細まった瞳と目があって、恥ずかしさから下唇を噛み締めた。何度も内腿がなぞられるたびにビクッと私の身体が反応してジワリと視界が滲んでいく。目の前に見える三井先輩の痛いくらいの視線に瞼を閉じると、三井先輩の荒い息が私の唇にかかって、どんどん早くなる心臓の音に、頭が、身体が、感情が、耐えられなくなる。『み、つい先輩...』と瞼を閉じたまま呟くと、私の内腿をなぞっていた三井先輩の指がゆっくりと、でも確実に私のスカートの中に潜ってきて、内腿の付け根を三井先輩の指がなぞった。三井先輩の指が、私の...触って、る。触って...さわっ、た。と頭ではわかっているのに身体が動かなくて、これ以上瞼を閉じていると三井先輩の指を余計に感じてしまいそうで怖くなる。瞼を少し持ち上げるけれど、私の顔をいまだに見つめている三井先輩の瞳とどうしても目が合ってしまって、堪らずに『だめっ』と眉を寄せながら三井先輩のシャツの肩口を強く握りしめた。途端にゴクリ、と三井先輩の生唾を飲み込む音がかすかに聞こえると、私は『だ、め』と再び震えた声で呟いてから顔を下へ向けて下唇を噛み締める。だけど三井先輩の指が再び私の太ももの付け根を指でなぞると、噛み締めているはずの唇から小さく甘い吐息が漏れた。あっ、と自分で声が漏れていると気づけば羞恥心が私の身体と顔を熱くさせて、誤魔化す様に三井先輩のシャツを引っ張ると三井先輩は「...だよ」なんて小さく何かを呟いていく。聞き返そうと下に向けた顔を持ち上げると、「なんで止めねーんだよ」と眉を寄せて目を細めた三井先輩が私の唇を塞いでいく。聞き返したくても後頭部に添えられている三井先輩の手のせいで顔を引くことはできないし、横を向くこともできなくて、ヌルッと簡単に入ってしまう三井先輩の舌で私の口内をなぞられると気持ちいいし、三井先輩の指は私の足の付け根を、触ってるし。と頭の中はパンク寸前で、三井先輩のシャツを握ることしかできないでいると、三井先輩の指が私の太ももの付け根をスルッと滑ると同時に聞こえた小さな水音に驚いてビクッと身体を強張らせた。その音が聞こえた途端に私の唇を塞いでいた三井先輩でさえもピタリと動きを止めるから、余計に羞恥心が私の身体を渦巻いてパンク寸前な頭の中は沸騰しそうだ。唇を離した三井先輩が「山田?」と言いながらスカートの中から手を引いて私の顔を覗き込む。色んな感情が爆発しそうで怖くなった私はガタッと椅子から勢いよく立ち上がって逃げ出す様に部室の扉へと急いだ。三井先輩が私の名前を何度か呼んでいたけれど、恥ずかしすぎて戻れるわけもなかった。だって、だって、大事なところを触られていたわけでもないのに、濡れた音が響くなんて。恥ずかしいにも程がある。どんな顔をしたらいいのか分からなかったし、どんな反応をすれば正解なのかも分からないかった。急いで靴を履いたけれど、靴下を履き忘れた片方の足がスースーしてしょうがない。やばい、泣きそう。引かれたかも、エッチな子だと、思われているかも。いや、何度もキスしている時点で思われているのかも。どうしよう、どうしたらいいの。なんで、なんで三井先輩とキスしてるんだろう。なんで、三井先輩は私と、キスなんかしてるの。絶望にも似た感情が渦巻いてきて、涙が溢れてきそうな目尻を拭いながら足早にかけていくと、走らせた足がよろけると同時にドンッと誰かの肩にぶつかってしまって『あ、すみませ...』と顔を上げると宮城くんが驚いた顔でこちらを見ていた。あ、無理だ。と思えば思うほどジワリと視界が滲んでくると堪らなくなって下唇を噛んで逃げる様に走り去った。





こんなの恋じゃないのに
(三井先輩はきっと、私に恋なんてしていないのに)




三井先輩が私のことをどう思っているのか、なんでキスするのか、知りたくないのに知りたくて、だけどきっと、きっと三井先輩の答えは、私を好きだとか、私に恋をしているとかじゃなくて、きっと。





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