放課後、空き教室で




「よう」

『あ、え?三井先輩...どうしたんですか?』




昼休みの時間が終わりに差し掛かる頃、友達とお昼ご飯を終えて話していると、教室の扉の近くにいたせいか後ろから声が聞こえて、振り向くと三井先輩の姿があった。動揺している私をよそに三井先輩は「や、特に用はねーけど...何してっかなーって」と教室の扉にもたれかかりながら「宮城とは、進展あったか?」なんてボソッと耳打ちされて、私の耳に三井先輩の吐息が当たる。ボッと顔から火が出そうなほど熱くなって思わず耳を手で押さえると、三井先輩が「おー、宮城。こっち来い」と廊下で見つけたであろう宮城くんに向けて手を上げていた。え、え?と困惑する私をよそに「なんすか?」なんて言いながら口を尖らせた宮城くんが三井先輩の近くに寄ってくる。つまり私の近くにだ。別に宮城くんの事を好きでもないけれど、あまり男子と喋ることのない私はもういっぱいいっぱいで三井先輩に『なんで呼ぶんですかっ!』と小声で抗議をしてみせた。三井先輩は「少しくらい話してみろよ」なんて意地悪そうに笑うと、近くに寄ってきた宮城くんに「宮城、山田って知ってるか?」と私の目の前で問いかける。宮城くんはチラッと私を見つめた後「あー...山田さんね。知ってますよ。図書委員で一緒になった事あるもんね?」なんてニコッと微笑んで見せた。三井先輩はニヤニヤしながら「へぇ、図書委員ね」とチラリと私を見た後に私の肩をペシッと軽く叩いてから「知らなかった」と一言言ってから口端を少しだけあげていく。見惚れてしまうような三井先輩の顔が見ていられなくて、宮城くんに視線を移すとバチッと宮城くんと目が合ってしまってすぐに宮城くんからも視線を逸らした。宮城くんが「三井サン、それセクハラ」と三井先輩が私にした様に三井先輩の肩を軽く叩くと、三井先輩は「うるせーよ!おめぇもそれセクハラだろ!?」なんて言って宮城くんと戯れてから続ける様に「そういや桜木のよ...」と私が知らないであろう話を口にする。宮城くんと三井先輩が話に夢中になっている様なので、2人に背を向けて広げたお弁当を片付けていると午後の授業の予鈴が鳴り響いた。席戻らなきゃ、と思いながら立ち上がると私の肩がトントン、と誰かに叩かれる。振り向くとそこには三井先輩の顔が近くにあって、『わっ!』と思わず声を張り上げると、三井先輩は「そんな驚くなよ」と眉を寄せてから小さく笑って「じゃ、また放課後な」とポンポンッと私の肩を2度叩いた。三井先輩の言葉に返事をする様にぺこりと頭を下げると三井先輩は宮城くんと話の続きをしながら廊下を歩いていって、私はと言うと顔から火が出そうなほど熱いくせに口元が緩んで思わず下唇を噛み締めた。遠のきながら聞こえる「放課後なんかあるんすか?」なんて宮城くんの声と「なんでもねーよ」と照れくさそうに返事をする三井先輩の声が聞こえて思わず頬に手の甲を寄せて冷やすけれど、友達の痛いくらいの視線に気づいてハッと目を見開いた。




『な、なに...?』

「何ってこっちのセリフですけど?」

「青春してますねー」

『や、ちがっ!』

「えー?顔真っ赤だぞー」




「全部話すまで帰さないからね」なんて友達の言葉に『えー?えへへ』と笑って誤魔化すもどうやら誤魔化すことはできないらしい。『実は...』と話し始めた途端に授業の開始のチャイムが聞こえて「後で詳しく!」なんて友達の言葉と同時にバタバタと自分の席へと腰を下ろす。ガラッと教室の扉が開いて先生が入ってくる頃には、バクバク煩かった心臓の音も、火が出てしまうほど熱くなっていた顔の熱もようやく引いた様で、思わずふぅ、とため息まじりに息を吐いた。

















放課後になって空き教室に急いだけれど、どうやら私の方が早かったらしい。SHRのあと少しだけ友達と今の三井先輩との関係を話すとワーワーキャーキャー盛り上がってしまったので、私の方が遅いかと思ったのに。2人だけの秘密を話したせいか、友達に"脈アリじゃない?"と言われたせいか、どうしたって緩んでしまう口元を手で押さえていると、ガラリと空き教室の扉が開いた。扉の方を振り向くと「わりーな、遅くなった」と三井先輩が小さく微笑んだのが見えて『いえ...私も今来たので』と緩む口元が抑えられなくて下唇を少しだけ噛むと、三井先輩が「ようやく話せたな」と一言。『え?』と首を傾げると「宮城とだよ」と小さく笑うから、あぁ、と思って『...ですね...ありがとうございます』なんてお礼を言ったけれど、いまだに口元が緩んでいる恥ずかしさから隠す様に思わず片手で口元を押さえた。




「図書委員で一緒だったって?」

『あ、そうなんですよ。去年...たまたま...』

「...そこから好きなのか?」

『あ...えっと...ですかね...?』




別に宮城くんの事は好きじゃないですけど、なんて言えないまま三井先輩から視線を逸らして気がついた。なんで、そんなに距離が離れているんだろうか。いつもは隣の席だとか、前の席だとかに座ってくるのに。と、いまだに教室の入口に立っている三井先輩を不思議に思って視線を戻すと、三井先輩は「可愛いってよ」なんて言って困った様に小さく笑う。『え?』とドキドキしながら聞き返すと、三井先輩が「山田の事、可愛いって言ってたぜ?宮城が」と言ってから片眉を少しあげて「良かったな」と私から視線を逸らした。三井先輩が、言ったわけじゃないんだ。ときゅうっと胸が苦しくなって『そう、ですか...』と思わず下に顔を向けると、三井先輩の足音が近づいてくる気がした。口元を隠した片手を机の上に置き直すと、ガタンッと私の真横の椅子が音を立てる。何かと思って顔を上げるとどうやら三井先輩が隣の席に座ろうとしている様だった。三井先輩は引いた椅子の背もたれを私に向けてドカッとその椅子に跨りながら腰掛ける。やっぱりこの人距離感変だよな。と思いつつも、近くに三井先輩がいるとどうしようもなくドキドキする心臓の音が身体中に鳴り響いて、三井先輩を見つめる視界が少しだけ揺らいだ気がした。




「んで?」

『...え、なんです?』

「告白は?」

『えっ、え?あはは、告白って...そんな...』

「キスは?」

『...え?』




「セックスは?」と真顔で聞いてきた三井先輩の言葉の意味が分からずに何も言えずにいると、三井先輩が「宮城としてーのか?」と目を細めて問いかけてくる。ドキドキ早くなる心臓の音が煩いし、なんで三井先輩がこんな質問をするのかも分からない。机の上に置いた手で拳を作る瞬間に、私の爪が机の表面に当たってカシャッと小さく音が響いた。嘘が、バレている気がした。本当は三井先輩の事が好きという事を、知られている様な気がして怖くなってくる。バクバク煩くなる心臓の音が三井先輩にも聞こえている様な気がして三井先輩から視線を逸らすと、三井先輩は「どーなんだよ」と追い詰める様な口調で私に問いかけた。三井先輩に幻滅されているのかもしれない事が怖くて、私は何も言えないまま下唇を噛みながら一瞬だけ瞼を閉じる。しばらく沈黙が続いて、三井先輩のため息が聞こえると更に怖くなってきて、拳を作った掌にジワリと汗が滲んでいく。何を言ったら良いのか、この静けさの中で動けるわけもなくて私はただ、黙るしかなかった。ガタッと再び三井先輩の座っている椅子が動いた音が聞こえて、思わず三井先輩の方へと視線を戻すと立ち上がった三井先輩が私を見下ろしながら「協力するっつったよな?」と呟いて屈む様に私の席の机に手を乗せていく。ギシッと三井先輩が机に体重をかけたせいか机の軋む音が聞こえると同時に私の拳の上に、三井先輩の手が乗せられる。『あ、の...三井先輩?』と三井先輩の顔と自分の手の上に乗せられた三井先輩の手へと交互に視線を移していると、三井先輩の顔が近づいてきて「やっぱ出来ねーわ」と三井先輩の片手が私の頬を優しく包んだ。何が起こってるのか分からなくて、本当は三井先輩がこれから何をするのか分かっている癖に、頭が、理解が、思考が、追いつかない。止まったような時間と、目の前に近づいてくる三井先輩の顔に、瞳に、見惚れるように動けなくなった。そのまま柔らかい何かが私の唇に当たって、ちゅっと響いたリップ音と共にその何かが私の唇から離れていく。目の前に見える三井先輩の左右の目を交互に見つめて、瞬きを繰り返した。キス、された。と頭では理解している筈なのに感情も何もかもが追いつかなくて、三井先輩がゆっくりと一度だけ瞬きした事を合図に再び私の唇に柔らかい何かが優しく触れる。信じられなくて、夢を見ているみたいで、思わず机の上に乗せていない片手で三井先輩のワイシャツを掴んだ。それと同時に机の上に置かれた私の手が三井先輩の手で掴まれると『まっ、て』と三井先輩の唇から逃げる様に頭を少しだけ引いていく。まだ、自分の唇の近くにある三井先輩の唇と触れた事が信じられなくて、何も言えずにいる私を、瞼を少しだけ持ち上げたせいで見えた三井先輩の瞳が見つめていた。何秒間お互いを見つめていたのかなんて分からない。息をするのも忘れるくらい長い間だった気がする。だけど、再び三井先輩に唇を押し当てられると何も考えられなくなって、私は瞼を静かに閉じた。"三井先輩"と言いたかったのに口を開けばこの夢の様なキスが終わってしまう様な気がして、何も言えなくて、だけどヌルリと入り込んだ三井先輩の唇よりも柔らかい何かが私の唇に触れた瞬間、ゴクリと私は生唾を飲み込んでおずおずと唇を微かに開いた。唇の間をなぞる三井先輩の舌の動きに堪らなくなって三井先輩のワイシャツを握る手に力を込めると、私の頬に触れていた三井先輩の手が私の後頭部へと移動する。逃げたくないけれど逃げられない状況に戸惑って『せん、ぱ...』と口の隙間から声を漏らすとグッと舌を押し込まれた。頭の中がおかしくなりそうで、こんなの、あり得ない事なのに。なんでこんな状況になったのかも分からないまま、上顎を三井先輩の舌でなぞられると堪らなくなって逃げる様に顔を逸らした。何故だか潤んだ視界で三井先輩を見つめながら『なん、で』と肩で息をしながら呟くと、三井先輩は私を見つめたまま何も言わずに追いかける様に再び私の唇を塞いだ。私の後頭部を掴んでいた三井先輩の手のせいか、先ほどの様にうまく顔を逸らせなくて、上手く持ち上げられない瞼で何度も瞬きを繰り返した。再び入り込んできた三井先輩の舌が私の口の中を優しくなぞる感覚が怖いのに気持ちよくて、でも、嬉しいのに怖くなる。どうしたら良いのかわからないままワイシャツを掴んでいた手で三井先輩の胸を軽く押してみるけれど意味なんてなさそうだ。角度を変えたせいで漏れた私の小さな甘い声が耳を塞ぎたくなるほどに響いて、全身が心臓になった様に煩く脈を打った気がした。





曖昧すぎて壊れやすくて
(これがどんな関係なのか、分からなくなる)




この日を境に、私と三井先輩の秘密の時間が増えていった。





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