流転無窮


ハロウィン2023  






「珍しいね、キミがそんなに悩んでいるのは」

 タブレットを眺めて画面に指を滑らせていれば、そんな声とともに目の前にコーヒーの入ったマグが置かれる。顔を上げると90度の位置にある1人掛けのソファに座るナマエが面白そうにその双眸を猫のように細めていた。セットだからって置いてあるそのソファのせいでナマエが俺の隣に座んねーんだよな。今度撤去するか。

「このソファを捨てるなら私も出ていくからそのつもりで」

 お見通しかよ。
 でも確かにこの家でのナマエは大概このせっまい1人掛けソファか日がよく当たるサンルームに居るもんな。陽の当たるところと狭いところが好きとかマジで猫じゃん。まぁでもサンルームでジャーナル誌を読みながらうたた寝していたり、ソファに身体を折りたたんで収まっている姿は見ててめちゃくちゃ可愛いんだけど。それに90度の位置に座るのは自然とリラックス出来るっつー意味もあったはずだし。

「それで?キミをそんなに悩ませているのはなんだい?」
「ん、あぁ。もうすぐハロウィンだろ」
「あぁそう言えばそうだったかな」

 俺の言葉にナマエはそんなものもあったねとでも言うような反応を見せる。古代ケルトが起源のこの習慣はこっちでは思ったより盛り上がっていない。カボチャは売っているが、日本ほどそこかしこでキャンペーンなどをやっているわけでもなく、意識しないと忘れたまま終わるなんてこともありそうだった。それは彼女も同様で、日本に居た頃からあまり興味が無さそうではあったがそれに拍車が掛かっていた。

「日本がいろいろ取り入れすぎなんだよ。元々は収穫祭と宗教行事だと言うのに」
「企業戦略の一環だしな」
「バレンタインといい商魂逞しいね」
「まぁ稼げるチャンスを逃す手はねーよ」
「さすが御曹司様。それでキミはこちらのハロウィンに商機を見出したと?」
「今回は家じゃなくてクラブの案件」
「キミの?」
「そ。うちのノリのいいヤツらが仮装してチームのSNSに上げるって言い始めて」

 気付いたら全員何かしらやるって話になってた。
 だからその衣装を選んでいる最中だったと説明すれば、ナマエはなるほどと納得したようにマグカップの縁に唇を付けようとしてやめる。猫舌なところもやっぱり猫っぽい。普段人を食ったように笑っているナマエだが、こう言うふとした時に見せる隙が俺だけに許されている特権のようで好きだった。

「どうせやるなら本格的にやりてーよな」
「あれは?キミに似合っていたと思うけれど」
「あれ?」
「キミがプロジェクトに居た頃にやっていただろう。キミの宝物と一緒に」

 ナマエの言葉に最初は何のことかと首を捻っていたが『プロジェクト』『凪と一緒に』とフレーズで思い出した。絵心曰くタヌキじじぃからの指示で計画したと言うブルーロックの配信で俺たちを含む上位三組が仮装したアレ。

「優秀だけれど自信過剰で独善的な面もある博士を選ぶなんてなかなかにぴったりじゃないか」
「それ、褒めてんだよな?」
「ご想像におまかせするよ」
「つか配信見てたんだな」
「キミの観察をするには丁度いい媒体だったからね」

 見てたんなら言えよ。
 こっちで再会してからも入籍してからも暫く経つと言うのに初めて知る情報に思わずそう突っ込まずにはいられない。そういやナマエがこっちに来てからも俺の動向はネットとかで知ってたとも言ってたのを思い出してなんだか複雑な気持ちになる。俺のことを知りたいと思っていてくれたのは素直に嬉しいが、その間のナマエのことを俺は何も知らないんだから。再会した時に「なにしてたんだ」と聞いても「主には勉強とか普通のことだよ」と言われただけ。そこにきっと嘘偽りはないし、そとそも普段からナマエはあまり自分のことを話さない。別にそれが嫌なわけじゃねぇけど俺ばっかり――

「私はいつもに玲王の見ている方を見ているよ」

 だからはキミやりたいことをやったらいい。
 グルグルとダメな思考に陥りそうになっていた俺の耳に響く澄んだ声。核心を突くようにそう言われることで先程までのささくれだっていた心が一瞬にして穏やかになるんだから、悔しいけれど俺はナマエに心底絆されているらしい。たった数年。これからその何十倍も一緒に居ると思えばそれくらい、と思えなくもない、か。気持ちを切り替えるかのように、置かれたマグカップを手に取れば、コーヒーの温度はちょうどナマエの飲めそうな温度になっていた。ちょうどマグカップをテーブルに置くために腕を伸ばしていたナマエの手首を優しく掴んで引き寄せると、軽い体は簡単にこちらへと倒れてくる。そのままナマエに口付けを落とせば先程飲んだものよりも甘いそれが口内に広がった。
 
「あっま……」
「勝手にキスしたのはキミじゃないか」

 嫌ならやめればいい。
 暫くキスを堪能して、ナマエの力が抜けてきたのを確認してから口を離してそう言えば、ムッとしたように言うナマエだけど、少し息が上がって頬が赤くなっている顔で言われても煽るだけだよなと思う。それを言ったらマジで期限を損ねかねないから言わねーけど。

「ちょっと、キミは調べ物の続きを――」
「ナマエが折角リクエストしてくれたならそれで決まりだろ」
「別にリクエストした覚えはないけれど」
「似たようなもんだって。そうだ、ナマエもしようぜ、仮装」
「私が?するわけな、」

 拒否を紡ぐ口なんて塞いでしまえばいい。
 
「他人に変わって欲しければ自ら率先して変化の原動力となるべき、だろ?」 

 理性があるうちは絶対に断られるのはわかっている。それならその理性を飛ばせばいいってことだよな。明日俺はオフだし、ナマエも休みだったはず。口約束でも約束は約束になるんだよな、なんて悪いことを考えながら何かを察して逃げようとするナマエの指を絡め取ってソファベッド縫い付けるのだった。






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