比翼連理


潔世一の分析  




 

 
「ナマエちゃんってなんて言うか、女神みたいだよな」

 無意識にそう零した俺に、忘れ物を取りに店へ戻った千切を待っているナマエちゃんはきょとんとした表情で首を傾げた。

「潔くん酔ってる……?」
「あ、いや、急に変なこと言ってごめん!別に変な意味じゃなくて……!いや、ほらナマエちゃんって寛容って言うか心が広いって言うか、千切の我儘とかも全部受け止めちゃうじゃん?博愛主義だっけ、」

 つまりは優しいよねって。
 言い訳のような言葉を慌てて並べる俺は本当に何を言っているんだろう。ただ、久しぶりに一緒に飯を食うことになった千切とナマエちゃんのやり取りを見ていてそう思ったのは嘘では無い。今回だけじゃなくて、過去に何度か会った時もそう思っていた。俺たちならつい突っ込みたくなるような千切の気まぐれも、横暴さも、ナマエちゃんは苦笑することはあっても大抵のことをなんでもないかのように受け止めている。もちろん千切がナマエちゃんをめちゃくちゃ大事にしてるのも、聞いてるこっちが乾いた笑いしか出ないような重たい感情を仄めかしてくることがあることも承知の上で、そう思ったのだ。 
 そして俺の補足しても結局要領を得ない発言を聞いた上で、ナマエちゃんは一度ぱちりとその目を瞬かせたかと思えば眉を下げて困ったように笑う。

「残念ながら私は女神なんて高尚なものにはなれないし、博愛主義ともはかけ離れた所にいると思う」 
「え、そう……?」
「うん。博愛主義って誰に対しても善意や愛を持って接することでしょう?だって私は――」

 豹馬しか見えてないから。
 ゆっくりと、穏やかに、だけどハッキリと彼女はそう告げた。

「もちろん潔くんたちのことも素敵な人だなと思ってるよ。特に潔くんは豹馬の恩人だし。それに目の前で困ってる人が居たら何とかしてあげたいなと思う。でも豹馬を悪く言う人は許せないし優しくも出来ないよ」
「それは、」
「それにね。私は豹馬を助けるためなら私は他の人からカルネアデスの板を簡単に奪い取れるし、そこにきっと罪悪感は無い」

 だからごめんね、潔くんが思うほど優しい子じゃなくて。
 その言葉には一滴の濁りもなく、千切豹馬のことしか考えていないと言い切るナマエちゃんはどことなく浮世離れしていて思わずその微笑みに目を奪われた。それは決して恋愛的な意味ではなくて、神秘的なものに立ち会った時の感覚に近そうなそれ。人外に例えた俺の考えはあながち間違ってないんじゃねーかな。そう思うほどには眩しくて、綺麗で、少しこわかった。
 きっと先程の例えで、千切と天秤にかける相手が自分だとしても彼女はノータイムで千切を選択するんだろう。ナマエちゃんにとってその選択になんの躊躇も疑問もない。そこにあるのはただ純粋に千切豹馬が好きだと言う気持ちだけ。「恋は盲目」と言うけれど、きっと彼女は千切豹馬と言う一人の男に永遠の恋をしているのかもしれない。
 漠然とそんなことを思っていると「それにね」とナマエちゃんが言葉を続ける。
  
「豹馬って女神とか信じてなさそう」
「あー、まぁそれは確かに。勝利の女神に祈るとかなしなさそうだよな」
「たぶん力技で無理やり振り向かせるタイプ」
「見た目に反してだいぶ漢らしいもんな、千切さん……」
「そこがまた豹馬の良いところなんですよ、潔くん」

 ふふっと笑いながらサラリと惚気を挟んでくるナマエちゃんに先程までの雰囲気は無く、嬉しそうにニコニコ微笑んでいる姿は俺と同い年のごくありふれた一人の女の子だった。




 

 
 


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