比翼連理


潔世一の受難  





「わり、ちょっと抜ける」

 U-20戦を終えてやっと手にした束の間のオフ日のこと。蜂楽たちと待ち合わせをした後、近くに顔馴染みのメンバーを見つけた俺たちは連れ立ってゲーセンへと向かっていた。久々にテレビを見ただとか、好物を腹いっぱい食べただとか、そんな他愛のない話をしながら最後尾を歩いていると、なにかを見つけたらしい千切がそう言い残してふらりと列から離れる。

「抜けるって、相変わらずあいつマイペースだな……」
「ちぎりんこの辺のことわかんないんじゃない?待っとく?」
「あー……そうだな、なら俺が残っとくよ。蜂楽はアイツらと行って万が一場所変更するとかあったら連絡くれ」
「おっけー、まっかせて」

 俺の言葉に蜂楽はそのまま集団に戻り、俺は千切が向かった方へと足を進めた。蜂楽の言ったことに同意したのはもちろんだったけど、千切がそんなに気にするもんってなんだ?と言う純粋な興味が湧いたのも事実。少し歩いた先に人混みでも目立つ赤髪を見つけると同時に、その横に頭一つ分小さな女の子が目に入る。え、千切の用事ってその女の子?いや待て、アイツの出身って確か鹿児島だったよな。こっちには姉ちゃんが居るとは言ってたけど……もしかしてナンパ?いやでも千切に限ってそんな……

「何勘違いしてんだ、バカ潔」
「いてっ!」

 ぐるぐると悩んでいると、急に名前を呼ばれて頭をぺしりと叩かれた。慌てて意識を戻すと、目の前にはいつの間にか移動してきたらしい千切が呆れたような表情で溜息を吐いている。そしてその横には先程の女の子。

「だってお前……」
「こいつは俺の幼馴染みでこの前の試合を見にこっちに来てただけだっつーの」
「あぁ、そう言う……」

 千切の説明でぺこりと頭を下げる姿を見ていると、自分の的はずれな思考がいまさら恥ずかしくなって頬を掻きつつ目を逸らす。そんな俺に冷たい視線を送っていた千切は、あぁそうだ、となにやら思い付いたように手を叩いた。そして隣に立っている女の子と二、三言話すと彼女が頷いてスマホの画面を俺に差し出してくる。なんだ……?

「潔、この店知ってる?こいつが行きたいらしいんだけど、道に迷ったらしくてさ」
「もし分かればで大丈夫なので……」

 どれどれ、と覗き込んでみるとそこにはいかにも女の子が好きそうな可愛らしい店の写真。でもどことなく見覚えがあるその店に記憶を辿ってみると、そこがブルーロックに入る前に母さんが行ってみたいと言っていた店だと気がついた。

「それならそこの角を曲がったら大き目の花屋が見えるんだけど、そこの隣の道を入ったら多分あると思う」
「!!ありがとうございます!」

 俺の説明にぱっと表情を綻ばせたその子の笑顔が可愛くて、思わずときめいてしまったのは男子高校生として仕方がないと許して欲しい。

「本当に助かりました、ありがとうございます。潔くん」
「あ、いや、そこ結構分かりにくいからさ、迷うのも仕方ないと思う」
「豹馬の言ってた通り、優しい人みたいでよかった」
「千切が?」
「豹馬がもう一回サッカーやるきっかけになった人だって聞いてたので。これからも豹馬と仲良くしてくれたら嬉しいです」
「え、あ──」
「ナマエ」

 俺のことを優しいと言って微笑む彼女に思わず見惚れていると、鋭い声が彼女の名前を呼ぶ。それにハッとした彼女の視線は俺から声の主、千切の方へと向けられた。

「ごめん、豹馬。潔くんたちと遊びに行くの邪魔しちゃったよね」
「その店のシュークリーム限定なんだろ?さっさと行った方がいいんじゃねーの」
「そうだった!!潔くん、本当にありがとう!豹馬、また夜にね!」

 
 もう一度ぺこりとお辞儀をしてナマエちゃんがパタパタと人混みに紛れていく。その背中をぼーっと眺めていると、またぺしりと千切に叩かれた。さっさと行くぞと言うことらしい。

「待てって……いいよな、千切。あんな可愛い幼馴染み居てさ」
「潔になんかやんねーけどな」
「はいはい、全く過保護な幼馴染みだな」

 お前、もしかしてナマエちゃんに近付く男全員を牽制してんの?
 なんて軽い気持ちで言ったはずだったのに、俺を振り返った千切の目がマジで冷たくて背筋がぞわりと粟だった。あ、これはそういうこと?それならさっきのカットインのタイミングも、俺に対する視線の意味も納得だ。

「なんだお前、ナマエちゃんのこと──」
「潔」
「?」
「気安く名前呼んでんじゃねーよ」

 そう言い捨ててふいっと顔を逸らす千切。あぁ、そう。なんだよ、ベタ惚れじゃん。

「いいなー……可愛い幼馴染みの彼女……」
「羨ましいだろ」
「彼女ってとこ否定しねぇのかよ、まだ付き合ってないんだろ」

 彼女にだって好きなやつくらい居るかもよ。
 イケメンでサッカーが上手くてあんな可愛い幼馴染みがいる千切が羨ましくて、ちょっとだけひねくれた言葉を言ってしまう。そんな俺に千切は一瞬きょとんとした表情になり、それは大丈夫だろ、と返して来た。なんでだよ。

「だってあいつ、俺のこと大好きだから」
「……さいですか」
「それに俺だって誰にも渡す気ねーしな」

 そう言い切った千切にブルーロックで会った当初の儚げな面影は微塵も無い。目の前にいるのは自信に満ち溢れたエゴイスト。もしかしてこれってただただ惚気られただけなんじゃ……?と、気付いてしまえばある意味試合後よりも感じる疲労。でもまぁ……お似合いの二人ではあるよな、と先程並んでいた様子を思い浮かべてなんとなくそう思った。とりあえず早く蜂楽たちと合流して全部報告しよう。 
 
 


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