PDL短編 | ナノ


マリーゴールドの微笑み  







「速水さんは嫉妬することは無いのか?」

もぐもぐとチョコレートに意識を飛ばしていれば、鏡を片付けた東堂くんが首を傾げる。嫉妬。嫉んで妬む。二重に重ねられたその思いはきっと強く、激しい。

「……なんで?」
「いや、オレが言うのもなんだが隼人もモテるだろう」
「そうだね。一昨日かな、告白されてたよ」
「そうか……いや待て!なぜそんなに落ち着いている?!」

思わず立ち上がった東堂くんのせいで椅子がガタンと音を立てた。思いのほか響いたその音に我に返ったのか、東堂くんは「取り乱した、すまん」と小さく謝罪して座り直す。いつの間にか教室内に残っているのは私たちだけになっているから大丈夫だと言う意味を込めて頷けば、怪訝そうな顔をする彼と目が合った。

「気持ちを伝えるのを止める権利は私にはないよ」

そう、彼女だからと言って新開くんに告白するのをやめろとは言えない。他人の気持ちに口を出す権利はないだろう。そう言えばそれは理解しているのか、東堂くんが言い淀む。

「それに新開くんが人気あるのは付き合う前から知ってたから」

東堂くんのファンクラブほどではないけどね。
揶揄するように笑えば、彼は何かを言いかけてやめた。きっと新開くんの方が真剣な気持ちで好きになっている女の子が多いって言いたかったんだと思う。それを言葉にしないのはきっと東堂くんの気遣いだ。

「……隼人が取られるかもしれないと言う不安はないのか?あぁ、いや隼人が速水さんしか見えてないのは明らかだから心配する必要はないと思うがな」

自分で聞いたことに対してそんなフォローを入れてくれる彼はやはり優しいと思う。
──取られるかもしれない。
たぶん東堂くんは葦木場くんと御園さんのことがあったからそういう不安を余計に強く感じるんだろう。いつもはこちらが溜息を吐きたくなるくらい自信たっぷりの彼は御園さんのことに対してだけはその自信をあまり発揮出来ないでいるらしい。でも彼の方こそそんな心配は要らない筈なのに。長い間素直になれなかったと言う二人の思いが通じ合った今、その間に割って入れる人なんて居ないだろうから。

それなら私はどうだろう。新開くんと付き合って少し経って、特別広めたわけでは無いけれど隠しているわけでもない私たちの関係を知る人は多い。それでもインターハイを終えて部活に一区切りついたいま、彼に想いを告げる子の話は耳に入っていた。最初は新開くんも気にして呼び出しを断ると言ってくれたけど、それに首を横に振ったのは私だった。気持ちを伝えるのは自由だから。そう言った私に納得はしていない表情をしたものの、「彼女が居るから付き合えない」と伝えて断るのを条件させてくれるならと渋々頷いてくれた。

「不安はないよ」

そう言いきった私に東堂くんは驚いたように目を丸くした。
不安なんてない。新開くんからの愛情は勿体ないくらいに注がれている。だから、そこに何かあるとしたらその愛を信じきれない私が弱いだけ。もし新開くんが別の女の子を選ぶなら、きっと彼が与えてくれるものと同じだけのそれを返せなかった私に非があるのだ。

「待て、速水さんと隼人の間に差は、」
「東堂くんのところとは違うから」

いろんな意味を含んだその言葉に東堂くんはなにか言いたそうに口を開いたけれど、廊下から聞こえる新開くんと御園さんの声に口を噤む。

「その髪、御園さんに気付いて貰えるといいね」
「そう、だな」

わざとらしく笑う私に東堂くんはその端正な顔を酷く歪ませていた。

 


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