PDL短編 | ナノ


荒北靖友の受難  







「はは、真波はホント可愛がられてるよな」
「あ、そっか。新開さん苦手意識持たれてますもんね。すみません、オレたち仲良くて」
「でもおめさん後輩枠から卒業できなさそうだし、そこは同情するぜ」
「あはは、そこはこれからですよ〜」

……オイ、ここ部室だよなァ?
夏前のクソ暑い時期だと言うのに、部室のドアを開けて中に入ると聞こえてきた会話のせいで背筋が凍るような感覚に襲われる。なにこれェ……。視線だけで部室を見回せば、額に手を当てて溜息を吐く東堂と、どうすることも出来ずオロオロしている後輩たちの姿。ソイツらの視線の先にはニコニコと笑顔の二人、さっきの会話の発信源である新開と真波が居た。

「手作りのお菓子も美味しいんですよね〜」
「あぁ、オレも今日貰ったよ。うちの学年が調理実習だったからな」
「貰ったんじゃなくて奪ったんじゃないですか。あれオレが貰う約束してたんですよー?」
「そうだったのか?そりゃ悪いことしちまったな」
「ま、その代わり今度オレの好きなの作ってもらう約束したんで良いんですけど」

なーにが「悪いことしちまったな」だ。おめーそんなこと微塵も思ってねェだろーが、と言う表情の新開の言葉にも動じることなく笑う真波。お互い笑顔なのが余計に場を凍らせている。

「おい、東堂……」
「あぁ、荒北か。いい加減止めねばとは思うのだが、今日は生憎フクが部長会議で不在でな……」
「あー……」

こそこそと東堂に話し掛ければ、いつもこうなった時に有無を言わせず終わらせることの出来る福ちゃんの不在を告げられる。因みにオレや東堂が過去に止めに入った時は「どっちの味方なんだ?」と二人に言い寄られたり、よく分からねェお互いの自慢話を延々聞かされたりでオレらのメンタルがズタボロになっただけだった。

「だが、このまま放置するわけにもな」
「っぜ!なんでオレらがこんな気回さなきゃなんねェんだよ!くそっ、おいテメーら!誰でもいい、アイツ連れて来い!」

盛大に舌打ちしてそう叫べば、入口に一番近かった銅橋がそのガタイに似合わない反応速度で飛び出して行ったのが視界の端に見えた。

「これでなんとかなンだろ」
「あぁ。彼女には申し訳ないがな」
「必要な犠牲ってやつだ、仕方ねェ」

オレの言葉に眉間に皺を寄せながらも頷く東堂と一緒に、間もなく銅橋によってここへ連れてこられるであろうヤツの顔を思い浮かべる。悪ィな、速水チャン。恨むならあの魔王と小悪魔に気に入られた自分の運命を恨んでくれヨ。そんなお決まりのセリフを頭の中で呟いてしまう程度にはオレも、この訳のわからない状況に適応してしまっているのかもしれなかった。





「一年、銅橋入ります!速水先輩を連れてきました!」
オレらにとっては長い時間の末、部室のドアが開いて室内に銅橋の大声が響き渡る。その横にはいつもに増して表情筋が仕事をしていない速水チャンの姿。

「志帆さん!」

てめェのアホ毛はレーダーかなんかなのか?と言いたくなるほどの勢いで顔を上げた真波が彼女の名前を呼ぶ。それと同時に吹き荒れていたブリザードも落ち着き、部室に平穏が訪れる。真波の走りよる姿に先程までの小悪魔要素は見る影もなく、よくもそこまで隠せるなと感心した。

「バシくんダメだよ、志帆さんの手握ったら痕になっちゃうから。ほらこっち行きましょ」

すまん銅橋、耐えてくれ……。理不尽な物言いにわなわなと震える銅橋を宥める泉田。アイツには後でベプシでも奢ってやらねェとな。隣りの東堂を見るとどうやら同意見だったらしく、小さく頷いていた。

「速水さん、今日のマフィン美味かったぜ。ありがとな」

真波に手を引かれて部室の端のベンチまで行く間、あの男が黙っているハズもなく、ウインクをしながら速水チャンの肩を抱く新開に嫌な予感がした。せっかく真波が落ち着いたのに煽んじゃねェよ!

「そう?ならよかった」

やんわりその腕を外しながら言う速水チャン、結構強いよネ。だがそんなことであの四番の心が折れるはずが無い。いっそ折れてくれればオレたちがこんなに苦労する必要ないんだけどナァ?!

「おめさん、きっといい嫁になるよ。どうだ、オレとか」
「志帆さんやめた方がいいですよ、新開さんの食欲じゃ食費いくらあっても足りませんって〜。あ、オレこう見えて料理得意なんですよ?」
「そうなんだ。なら私が作らなくても──」
「嫌です」
「ええ……」
「志帆さんが作るもの、オレ好きなんだ。だからこれからも作って?」

ハー、あの不思議チャンこういう時に後輩力アピールするの上手いよねェ。速水チャンがそういうのに弱いってぜってー知っててやってんだろ。ほら、押しに弱い速水チャンが首を縦に振った。ああ言うのはロクな男に出会わねぇんだ。カワイソーに。

「ねぇ、志帆さんオレさ、」
「あ。これ食べる?購買で売ってた新作なんだけど」
「お、美味そうだな」

真波が何か言いかけた時、速水チャンがポケットから取り出したのは一つの箱。それにチャンスとばかりに乗っかった新開が口を開けて待つ。それに違和感なく菓子を運ぶ辺り速水チャンも相当この状況に慣らされてるの気付いてねェんだろうな。話を遮られた真波は少し拗ねたような顔をしていたが、速水チャンに差し出された菓子を食べたのを見ると今日はそれで諦めたらしい。
かくして、一人の犠牲の上に部室の平穏は取り戻されたのだ。





「っは……夢ェ……?」

ハッと目を開けると目の前には見慣れた教室。どうやら授業中に居眠りをしたまま昼休みになっていたらしい。つーか授業終わったんだったら誰か起こせよな、と寝ていた自分を棚に上げて悪態をつきながら教室を出る。ベプシを買いに行く道すがら、先程まで見た夢を思い出して自然と舌打ちが漏れた。速水チャン絡みでうぜぇのは新開だけで十分だってのに、あの不思議チャンもとかマジで地獄じゃねェか。アーほんとマジ夢でよかったぜ……と思って顔をあげれば、噂をすればなんとやら。真波と速水チャンの姿が目に飛び込んできた。会話を交わして速水チャンから何かを受け取った真波がこちらへ向かってくる。

「あ、荒北さんじゃないですかぁ」

こんにちはー、と間延びした声の真波の手元にはなにやら小さな紙袋。つい凝視してしまった俺の視線に気付いたのか、真波がニコニコとその中身について話し始めた。

「これ志帆さんに作ってもらったんですよ。この前、調理実習で作ったお菓子貰う約束してたんですけど、新開さんが食べちゃったらしくて」

酷いですよねー?と拗ねたような表情を見せる後輩に、夢の流れを思い出す。オイ、まさか……

「なァ真波、お前速水チャンのことどう思ってんの?」

無意識に口をついてでた言葉。なんでオレがこんなに焦らなきゃなんねェんだよ。そんなオレの気持ちなんざ微塵も知らないであろう真波は、相変わらず読めない笑顔でへらりとこう告げた。

「志帆さんですか?好きですよー」


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