PDL短編


災い転じて蜂逢わせ  




▽災い転じて

「すいません、ちょっと教えて欲しいんですけど」

この前の連休に帰ってきた隼人くんが家に忘れ物をした。寮に送りつけるか次に帰ってきた時でいいんじゃないのと思っていたのに、多分要る物だろうし来年から通うことになるかもしれないんだからと母親に半ば押し付けられるように家を出されたオレはいま、箱根学園の入口に立っている。

折角自分の部活がオフの休日だったのに。さっさと隼人くんを呼び出して渡して帰ろう。携帯電話を家に忘れて来たことに気付いたのは、そんなことを思った直後だった。さてどうしたものか。寮に行ければいいんだろうけど、生憎ここに来るのは初めてなので場所が分からない。そんなに遠くないだろうから探す?いや、休日の校内を私服で彷徨くのは目立つか……。あーもう、それもこれも隼人くんが忘れ物なんかするからじゃん。イライラの矛先を兄に向けながら辺りを見回す。誰か通ればその人に聞こう。大きい学校だし、一人くらい通るでしょ。そう決めてから、冒頭の言葉を言える人を見つけたのは十五分くらい経ってからだった。



男子寮の場所教えて欲しいんですけど。
オレがそう聞くと、黒髪を緩くまとめた女子生徒は怪訝そうに眉を顰めた。まぁそうか。いきなり私服の人にそんなこと言われると身構えるよね。変に思われて折角見つけた手掛かりになり得る人に立ち去られても困るので、ニコリと人好きのしそうな笑みを浮かべて説明する。

「兄弟がここの寮に入ってるんです。この前帰ってきた時に忘れ物をしてたので届けに来たんですけど、携帯を忘れちゃって」
「……あぁ、そういうこと」

その説明にどうやら納得してくれたらしい彼女は、自分も用事を終えて女子寮に戻る所だからと案内してくれることになった。

「ありがとうございます」
「……」

出来る限りの笑顔でお礼を伝えるオレの顔をじっと見つめる彼女。その視線に居心地の悪さを感じたのが顔に出たのか、彼女は「ごめん、なんでもない」と一言告げて歩き出す。にしても愛想ないなこの人。自分で言うのもなんだけど、顔の作りは良い方だと思う。しかも少しあざとかったかなと思う程度の声と表情で話をしていたのに、彼女の方は割と塩対応。でも何だかそれが新鮮でオレは少し彼女に対して興味が湧いていた。

「先輩は何年生なんですか?」

歩きながら声を掛ければ少し低い位置にある顔が緩慢な動作でオレを見上げる。そしてあまり表情を変えることなく「三年だよ」と返ってきた。ヒュウ、隼人くんと同級生じゃん。隼人くんのこと知ってるのかな。箱学の自転車競技部レギュラーであの見た目だし、有名な気はするけど。

「そうなんですね。オレの兄貴も三年なんですよ」
「そうなんだ」
「誰か分かります?オレ、結構似てるって言われるんですけど」

名前を言ったらこの人の表情も少しは変わるんだろうか。もしかしたらコロッと態度を変えて隼人くんのこと教えてとか言われるのかも。まぁそうなったらもちろん何も教えないけど。そんなことを考えながら返答を待っていれば、彼女は笑顔になるどころか小さく溜息を吐いた。え、なんで?

「……新開くんでしょ」
「え、あ、はい。当たりです」
「やっぱり。君が悪いわけじゃないんだけど私彼のこと苦手なんだよね」

だから気を悪くしたらごめんね。
申し訳なさそうに言う彼女に俄然興味が湧いた。だって隼人くんを紹介して、隼人くんのことを教えてとは数え切れないほど言われてきたけど、苦手だと言う人に会ったことがなかったから。オレが言うのもなんだけど、隼人くん人受けするほうだし。

「……オレも苦手ですか?」

何故だか分からないけど、そんなことを聞いていた。

「?別に新開くんの顔が苦手なわけじゃないからね。それにキミは新開くんじゃないでしょう?」

不思議そうに首を傾げる彼女。その言葉になんだか込み上げてくる気持ちがあった。いつも「新開隼人の弟」として見られて来たオレに「新開隼人とは違う」と言ってくれたことがとてつもなく嬉しくて、口元が緩みそうだった。

「あ、でもキミも兄弟なら『新開くん』ではあるのか」
「そッスね。悠人です、新開悠人」
「ユートくん」

彼女はオウム返しのように名前を呼んだだけで、たぶんそこに大した意味が無いのは分かっていたけれど、オレをオレとして認識してくれたという事実だけで気分が晴れやかになった。なんだ、隼人くんの忘れ物でも役に立つことがあるんだ。

「はい。着いたよ、男子寮」

少し先を歩いていた彼女が止まってオレの方を振り返る。話している間に付いたらしい建物には「男子寮」の文字。なんだ、もう着いたのか。入口に隼人くんの姿が見えて、彼を苦手と言っていた彼女がそれに気付いて立ち去ってしまう前に聞いておかなきゃいけないことがある。それを聞くために隼人くんの姿を自分の身体で隠すように彼女の前に立って、あくまでも自然な流れを装った言葉を選んだ。

「ありがとうございました。あ、そうだ。先輩の名前なんて言うんですか?」
「私?速水志帆だよ」





「悠人!……と、速水さん?」
「あ、隼人くん」
「携帯連絡したら母さんが出て、悠人が忘れて行ったって言うから……なんでおめさんたちが?」
「ごめんね。ここの場所わからなくて困ってたら通りかかった志帆ちゃんに助けてもらったんだ」
「あぁ、そうだったのか。ありがとな、速水さん」
「ううん。ついでだったし。会えてよかったね、悠人くん。じゃあ私は戻るよ」
「ありがとう、志帆ちゃん!またね!」
「また……って待て待て!悠人、速水さんのことなんで名前呼びなんだよ?!しかも速水さんも悠人くんって……!」
「隼人くんには関係ないでしょ」
「大ありだ!」



 


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